音楽そのものになる喜び――東京バレエ団<20世紀の傑作バレエ II > 「スプリング・アンド・フォール」公開リハーサルレポート

ワールドレポート/東京

坂口 香野 Text by Kaya Sakaguchi

東京バレエ団が、古典バレエと並ぶレパートリーの柱として育んできたのが、20世紀の巨匠たちの傑作だ。11月30日に初日を迎える「20世紀の傑作バレエⅡ」は、さながらそのベストアルバム。ノイマイヤーの『スプリング・アンド・フォール』はドヴォルザークの「弦楽セレナーデ」、ロビンズの『イン・ザ・ナイト』はショパンの「ノクターン」、キリアンの『小さな死』はモーツァルトの「ピアノ協奏曲第21番」・「第23番」、そしていわずと知れたベジャールの『ボレロ』はラヴェルの「ボレロ」と、名曲に振付けられた4巨匠の作品は、各々スタイルも世界観もまったく異なる。4つの濃密な世界を、ダンサーとの距離が近い新国立劇場中劇場で堪能できる、ぜいたくな公演なのである。

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柄本弾 Photo:Shoko Matsuhashi

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斎藤友佳理(中央)Photo:Shoko Matsuhashi

1月13日、そのプログラムの1番目を飾る『スプリング・アンド・フォール』の公開リハーサルが、東京バレエ団のスタジオで行われた。同団の初演(2000年)では斎藤友佳理と首藤康之が踊り、以後大切に上演を重ねてきた作品だ。
この日の主役は川島麻実子、柄本弾。この二人を中心に、計17名の男女で踊られる。スタンバイするダンサーたちに、ミストレスの佐野志織が「遠くを見て......」と声をかける。

「弦楽セレナーデ」第一楽章。優しくのびやかな旋律が響く。地平線をなぞるように、腕を水平に伸ばしたダンサーたちが行きかう中、柄本がゆったりと踊りだし、そこに杉山優一と宮川新大が加わる。大地の温度を確かめるように、そっと床に触れる振りが印象的だ。
第二楽章では、川島を中心とする女性グループと男性のグループが交錯する。髪をかきあげるような女性のしぐさがなんともコケティッシュだ。やがてあっちでもこっちでもカップルができていく。男性の腕に女性が飛び込み、首に腕を回し、重なり合い、そしてまたリフト......。息もつかせぬ展開の中で、いつの間にかパートナーがすり替わり、残された方は相手に心を残しつつ行き過ぎる。光と影のように短調と長調が入れ替わるワルツのリズムとともに、いくつもの恋が生まれては消えていくようだ。「ここは街で素敵な女性を見かけて、声をかけようか、どうしようかな...という感じで」「心の中が動いていないと、体と空間の広がりが見えてこないよ」と佐野から注意が飛ぶ。
第三楽章は男性群舞でパワーとテクニックの見せ場、ものすごい運動量である。空中でぶつかりあったり、リフトしあったり相手をひきずって走ったり。個人的には「男しかいない運動部の夏合宿」のイメージで、ちょっぴりおかしさや物悲しさも感じられた。

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Photo:Shoko Matsuhashi

第四楽章はパ・ド・ドゥ。
哀調を帯びた美しいメロディの中を、柄本が先に立って歩く。川島が、彼の腕を取って回しながら、すいと前へ抜けていく。のびやかにアラベスクした川島が後方へ伸ばした手を、引き留めるように柄本が取って......。手の温かみや重ささえ伝わってくるような、情感あふれるシーンだ。川島・柄本が今夏、ハンブルクでノイマイヤー本人に指導を受けた際、何十回もやり直したのがまさにこのシーンだという。リハーサル後、柄本は「手の動きは数センチの差で、印象がすごく変わる。手を取ったあと、いかに二人がつながるか。ノイマイヤーさんの作品は本当に繊細なんです」と語った。
第五楽章は全員による怒涛の展開。「手は矢のように」「後ろにある壁をたたくように」「地平線のかなたまで伸ばして、その先にあるものをつかもうとして」。次々と佐野の指示が飛ぶ。振付のニュアンスを正確に再現することで、独特な手の動きが全身のダイナミックな動きにつながっていく。最後はダンサー全員が舞台を駆け抜け、清新な余韻を残して幕切れ。予定時間を超えて佐野のダメ出しは続き、芸術監督の斎藤は「この作品はどこまで探求してもキリがないんです」と微笑みながら言い添えた。

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Photo:Shoko Matsuhashi

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Photo:Shoko Matsuhashi

リハーサル後の記者懇親会で、川島は『スプリング・アンド・フォール』ついて「自分の年齢や立場、内面の変化を反映することができる。この作品を踊ることができて、すごく幸せだなと感じています。作品を通して、自分なりの<香り>を表現できたら」と語った。
今回、川島・柄本は限りなく繊細なポアント・ワークとサポートが求められる「イン・ザ・ナイト」にも出演。さらに柄本は「ボレロ」でも主演する。スタイルが全く異なる作品をどのように踊り分けるか、ダンサーたちの底力も見ものだ。「主役として、どれだけ背中でみんなを引っ張っていけるか。どれだけ燃え尽きずに集中しきって踊れるかが課題です」と柄本が語る。斎藤は「二人とも、ピークまで実力を出し切った後に、ふっと力が抜けてさらに良くなることが多いので。期待しています」と微笑んだ。

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川島麻実子 Photo:Shoko Matsuhashi

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柄本弾 Photo:Shoko Matsuhashi

好きな音楽を聴くと、手足が自然とリズムを刻んだり、メロディを口ずさみたくなったりする。あるいは、脳内に映像が浮かんだり、その曲にちなむ思い出を再現していることもある。音楽には、聴く人を巻き込み、イメージを喚起する力があるけれど、今回上演される4つのバレエ作品では、選りすぐりのダンサーたちがリズムやメロディ、色彩やイメージそのものとなって、音楽の喜びをさらに鮮烈に伝えてくるに違いない。
古典作品より「難しそう」と思われがちな20世紀のバレエだが、むしろコンサートやライブの感覚で、理屈抜きに楽しみたい。

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柄本弾、川島麻実子、斎藤友佳理 Photo:Shoko Matsuhashi

東京バレエ団〈20世紀の傑作バレエ II 〉
ロビンズ/ベジャール/ノイマイヤー/キリアン
『イン・ザ・ナイト』『ボレロ』『スプリング・アンド・フォール』『小さな死』

●2018年11月30日(金)〜12月2日(日)
●新国立劇場 中劇場
<チケット発売中>
NBSチケットセンター TEL:03-3791-8888
Webサイト:https://www.nbs.or.jp/stages/2018/20ballet/index.html

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