イングリッシュ・ナショナル・バレエの注目作、アクラム・カーン版『ジゼル』がスクリーンに蘇る!

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

タマラ・ロホが芸術監督に就任して以来、積極的な活動が展開されて評価を高めているイングリッシュ・ナショナル・バレエ。その評価を一段と高めたのが、この2017年のローレンス・オリヴィエ賞を受賞したアクラム・カーン版の『ジゼル』だろう。この注目すべき『ジゼル』が、いよいよ映画館のスクリーンに蘇ることになった。
カーン演出・振付の『ジゼル』は、古典的名作バレエの本質に鋭く迫り、観客の心に深い刻印を記す傑作だ。

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Tamara Rojo in Akram Khan's Giselle © Laurent Liotardo

『ジゼル』は、高く微動だにしない厳然たる壁によって隔離された女性たちが踊るシーンから始まる。彼らは移民労働者でアウトカーストという設定。力強い突きあげるような、人間として生きていることを激しく主張する踊り。壁に多くの手形が現れ、ジゼル(タマラ・ロホ)はアルブレヒト(ジェームズ・ストリーター)と手形を合わせたりしている。そしてジゼルが妊娠していることがわかる。ジゼルとアルブレヒトのパ・ド・ドゥ。このジゼルがアルブレヒトの子を妊娠している、という設定は、古典名作を一気にコンテンポラリーのテーマへと掘り下げる重要なアイディアであり、舞踊史上の画期的な発想、と言ってもいいのではないだろうか。
やがて古典作品でヒラリオン(ジェフリー・シリオ)が吹いた角笛を思い起こさせる不協和音が響き、不動だと思われた壁が上がり、裕福な階層の工場の支配者の一行が姿を現す。ジゼルとアルブレヒトの関係が明らかになり、アルブレヒトは虚しく戦うが結局、ジゼルを捨てる。ヒラリオンは黒いハットを被り両方の階級を行き来している。そしてジゼルは、古典作品のようにアルブレヒトに捨てられた衝撃で死んでしまうのではない。殺されてしまうのだ、なぜか? ジゼルは妊娠していたからである。壁は乗り越えることができないものでなければならないのだ。ヒラリオンはあるいはそうした現実の構造を本能的に知っていたのかもしれない。殺されたジゼルへの嘆き踊り。
第二幕は冥界。ミルタ(スティナ・クァジバー)が息絶えたジゼルをウィリとして蘇生させる。ミルタは常に細い棒を持っており、それでジゼルの腹部を衝く。まるでここに因果があったのだ、とでも言うように。ウィリの群舞が現れるがそれぞれがミルタと同じ細い棒を持って、咥えたり担いだりして、ポワントで踊る。
ヒラリオンが冥界への階段を降りてくる。ヒラリオンを取り囲んでウィリたちの猛烈なバッシング。蜂が寄ってたかって小動物を刺し殺すかのよう。それは悲運を背負って死んだウィリの報復というよりも、男という存在への憎悪、全否定を表しているのではないかとも感じられた。
アルブレヒトも冥界に来る。ミルタと対決し、厳しい罰を指摘される。細い棒でアルブレヒトを罰しようとすると、ジゼルが助ける。しかしもちろんミルタは許さず、さらにアルブレヒトを罰しようとすると、アルブレヒトは罰を甘んじて受けようとする。さすがのミルタも怯む。ここで踊られるアルブレヒトとジゼルのパ・ド・ドゥは、身体が失われウィリとなったジゼルの想いと、アルブレヒトの激しく悔いる超絶技巧が織り込まれた見事なもの。ミルタとジゼルが細い棒でお互いの腹部を意識し合うようなシーンもあった。

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Tamara Rojo and James Streeter in Akram Khan's Giselle © Laurent Liotardo

音楽はヴィンチェンツォ・ラマニャで、金属的な現実音を交えた現代的な曲に、アダンの原曲のメロディをライトモティーフのように挿入して効果を上げていた。照明も強烈で天からの強い光りで、個性を消し人間性を否定されている状態を表現していたし、富裕階層の衣装は極端にデフォルメ(衣装・ヴィジュアルデザインはティム・イップ)して見せた。そして彼らは、強烈な逆光の中から姿を現し、異星から人間を支配しているようにも感じさせた。
コール・ドの振付は、古典作品のフォーメーションも時折感じさせ、ソリストとは一定の距離を保って、音楽と共振した。
アクラム・カーンは、『ジゼル』という古典名作に描かれた対立を本質的に掘り下げ、今日の対立の根源へと迫る。そしてさらに、女が子供を産み、男とともに<社会>というものを形成しなければ生きていくことができない、という人間存在の不条理までを明らかにしているのである。

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English National Ballet in Akram Khan's Giselle © Laurent Liotardo

アクラム・カーン版『ジゼル』

【上映劇場】
東劇:11月30日(金)〜12月6日(木)、12月14日(金)〜21日(金)
札幌シネマフロンティア・ミッドランドスクエアシネマ・なんばパークスシネマ
  :12月7日(金)〜12月20日(木)
神戸国際松竹:12月21日(金)〜2019年1月3日(木)
【映画公式HP】https://www.culture-ville.jp/enbgiselle

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