〈第15回世界バレエフェスティバル〉Aプログラム、圧巻の全20作品を観る

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

第15回世界バレエフェスティバル

Aプログラム

3年に一度、世界各国から選りすぐりのダンサーを招いて開催される〈世界バレエフェスティバル〉が、今年で第15回を迎えた。1976年の初回に、英国のマーゴ・フォンテイン、ロシアのマイヤ・プリセツカヤ、キューバのアリシア・アロンソという当時の三大プリマが同じ舞台に立ったことで世界のバレエ界の注目を浴び、以来、それぞれの国やバレエ団を代表する卓越したダンサーたちが至芸を競い合う祭典として評価を得てきた。三大プリマによる伝説の舞台は観ていないが、その後のフェスティバルでのジョルジュ・ドン、パトリック・デュポン、シルヴィ・ギエム、マリシア・ハイデら、きら星のごときダンサーたちの名演は今も目に浮かぶ。
一方で、このバレエの祭典は、古典名作に偏らずに最先端の振付家の作品も積極的に取り上げ、バレエ芸術の豊かさを提示してもきた。3年毎の〈世界バレエフェスティバル〉が、世界のバレエ界の"いま"を映し出す祭典として関心を集めているのも、この実績によるものだろう。
今回は、一度引退して舞台復帰を果たしたアレッサンドラ・フェリが12年振りに参加するのも話題だった。AプログラムとBプログラムで開催され、さらに恒例の一回限りのガラ公演も行われたが、このガラは、フェスティバルを創設した故・佐々木忠次氏の功績をたたえて〈ガラ-Sasaki GALA〉と銘打たれていた。ここではAプログラムに絞り、〈ガラ-Sasaki GALA〉は別項で取り上げたい。Aプロは、パ・ド・ドゥを中心にした全20作品が4部に分けて上演された。

オープニングを飾ったのは、エリサ・バデネスとダニエル・カマルゴによる『ディアナとアクテオン』。パワフルなテクニックの持ち主だけに、バデネスのダブルを入れたフェッテやカマルゴの勇壮なジャンプが冴えた。マリア・アイシュヴァルトは、相手役のマライン・ラドメーカーがケガで不参加になったため、アレクサンドル・リアブコと組み、ウヴェ・ショルツ振付の『ソナタ』を踊った。ラフマニノフのチェロ・ソナタにのせ、リアブコによる滑らかなリフトを交え、二人はしっとりとロマンティックな情緒を紡いだ。深い余韻を残す優れた小品だった。
次は『ジセル』より第2幕のパ・ド・ドゥ。ジゼルのマリア・コチェトコワは繊細な足さばきで軽やかに舞い、アルブレヒトのダニール・シムキンは美しいジャンプやピルエットで応じていた。『アポロ』では、デヴィッド・ホールバーグの逞しい身体やオレシア・ノヴィコワの力強い足先が印象的で、二人は粘り気のある演技でギリシャ神話の世界を表出してみせた。サラ・ラムとフェデリコ・ボネッリが踊ったのは『コッペリア』。ラムはバランスを長く保ち、小技を効かせたフェッテを見せ、ボネッリもしなやかに卒のない演技だった。

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photo Kiyonori Hasegawa

第2部はヤーナ・サレンコの『瀕死の白鳥』で始まった。相手役のセザール・コラレスのケガのため、ソロ作品に変更されたもの。羽ばたくように柔らかく腕を操り、死にゆく白鳥を清楚に演じた。『カラヴァッジオ』は、画家カラヴァッジオが描いた絵をモチーフにしたマウロ・ビゴンゼッティの代表作。メリッサ・ハミルトンとロベルト・ボッレが、鍛え上げた身体を駆使して、緻密に構成された弾力性に富んだ振りを次々にこなし、強いインパクトを残した。
初参加のパリ・オペラ座バレエ団の若手ペア、レオノール・ボラックとジェルマン・ルーヴェが踊ったのは『くるみ割り人形』。ルドルフ・ヌレエフの振付だけに、細かい技がこれでもかと盛り込まれているが、二人とも手堅くまとめていた。そのオペラ座バレエ団の芸術監督を務めながらステージに立つオレリー・デュポンが取り上げたのは、アラン・ルシアン・オイエン振付の『...アンド・キャロライン』。平凡な家庭が崩壊していく様を描いた、アラン・ボールの脚本による映画『アメリカン・ビューティー』を題材にしたデュエット作品だそうで、相手役は初演時に踊ったダニエル・プロイエット。ボールのモノローグが流れ、遠くに銃弾が鳴る暗示的な冒頭に続き、デュポンとプロイエットはしなやかな身のこなしで抱き合い、ユニゾンで踊りと、切ない思いをあふれ出させた。『ファラオの娘』を踊ったのはマリーヤ・アレクサンドロワとウラディスラフ・ラントラートフ。二人でパワフルなジャンプや回転技を連発し、完成度の高いパフォーマンスを見せた。

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photo Kiyonori Hasegawa


第3部は、タマラ・ロホとイサック・エルナンデスによるアルベルト・アロンソ振付の『カルメン』で始まった。ロホの恐れをしらぬ堂々とした演技と、野性味を感じさせるエルナンデスのシャープな踊りが相まって、情熱的なデュオになった。モーリス・ベジャール振付の『ルナ』では、純白のタイツに身を包んだエリザベット・ロスのしなやかな身体が美しかった。
ジョン・ノイマイヤー振付の『アンナ・カレーニナ』からは、アンナが恋人のヴロンスキーと過ごしながら、息子のことを思い出して心が揺れる場面が演じられた。アンナ役のアンナ・ラウデールは、恋人への愛と息子へのいとおしさに引き裂かれて苦しむ様をリアルに伝え、エドウィン・レヴァツォフはアンナの心の葛藤になど頓着しない、わがままな恋人を好演した。それにしても、ノイマイヤーの傑出した演出に感心しないではいられない。『タランテラ』では、アシュレイ・ボーダーとレオニード・サラファーノフが、テンポ感もよく、明るく華やかに妙技を披露した。久々の登場になるアレッサンドラ・フェリはマルセロ・ゴメスと組んで、クリストファー・ウィールドン振付の『アフター・ザ・レイン』を踊った。レオタードやパンツだけというシンプルな衣裳に裸足の二人は、アルヴォ・ペルトの音楽に寄り添い、男女が秘めやかに心を通わせていく様を柔らかなタッチで伝えた。フェリが全身から発する表現力は健在だった。

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photo Kiyonori Hasegawa

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第4部の幕開けは、リアブコとシルヴィア・アッツォーニによるノイマイヤー振付の『ドン・ジュアン』。女を追い回すドン・ジュアンと、その誘惑に決してなびかない女性とのやりとりを描いたものだが、この女性は実は死の天使という独創的な設定である。スリリングなジャンプや回転技に加え、体の正面で女性を片手で水平に保つといった難度の高いリフトが盛り込まれた振りを、リアブコは何とも鮮やかにやってのけた。アッツォーニは、死の天使ながら男のリフトに身を任せ、男に心惹かれてしまうという一面ものぞかせて、謎の女性を好演。最後に女は男を死に追いやって去っていったが、衝撃度の強い作品だった。

アリーナ・コジョカルとヨハン・コボーは、リアム・スカーレットが二人のために振付けた『シェエラザード・パ・ド・ドゥ』を初演した。コジョカルのなまめかしい演技やコボーの高いリフトなど、見せ場はあったものの、官能の匂いはそれほど濃厚に立ちのぼってこなかった。ポリーナ・セミオノワとフリーデマン・フォーゲルが取り上げたのはウィリアム・フォーサイス振付の『ヘルマン・シュメルマン』。二人とも筋肉質の身体を駆使して、鋼のような硬質の動きを難なくこなしていた。ケネス・マクミラン振付の『マノン』より第1幕のパ・ド・ドゥを踊ったのは、ドロテ・ジルベールとマチュー・ガニオ。ベテランの二人だけに演技のやりとりもスムースで、高揚感のある踊りでマノンとデ・グリューの情熱を燃え上がらせた。
締めの『ドン・キホーテ』を務めたのは、ミリアム・ウルド=ブラームとマチアス・エイマン。ウルド=ブラームは一つ一つの振りを端正にこなし、フェッテはシングルでも優雅に回った。エイマンも足先まできれいにジャンプや回転技をこなした。二人の演技に、洗練されたバレエの美しさを改めて感じさせられた。4時間半に及ぶ公演だったが、長いとは感じず満足感で満たされた。

(2018年8月2日 東京文化会館)

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photo Kiyonori Hasegawa

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