〈第15回世界バレエフェスティバル〉のフィナーレを飾った「ガラ ―Sasaki GALA-」を堪能!

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

第15回世界バレエフェスティバル

ガラ ─Sasaki GALA─

〈世界バレエフェスティバル〉のフィナーレを飾る一回限りの恒例の〈ガラ〉公演が、第15回の今回は〈Sasaki GALA〉と銘打って開かれた。フェスティバル創設者の佐々木忠次氏が2016年に亡くなって初めての開催であり、このフェスティバルが海外のバレエ関係者の間ではもっぱら「ササキ・ガラ」と呼ばれてきたこともあり、佐々木氏への追悼をこめて名付けられたもの。そこで今回は同氏へのオマージュとして、親交の深かったモーリス・ベジャールやジョン・ノイマイヤーの作品と、ベジャールの後継者として恩師のバレエ団の芸術監督を務めるジル・ロマンが佐々木氏に捧げる作品を用意した。
これらを含め、全20作品から成る4部構成のプログラムに加えて、第5部(?)として、ダンサーたちのアイデアによる、趣向を凝らした"ファニーガラ"も、いつも通り行われた。

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photo Kiyonori Hasegawa

第1部の幕開けは、レオノール・ボラックとジェルマン・ルーヴェによる『ドリーブ組曲』(ジョゼ・マルティネス振付)。二人がシルエットで佇む姿から美しかったが、ジャンプや回転も丁寧に優雅にこなし、爽やかなデュエットを見せた。『ライムライト』(カタジェナ・コジルスカ振付)では、エリサ・バデネスがタンゴのリズムにのせて弾けるような小気味よいダンスで存在感を示した。『白鳥の湖』より「グラン・アダージオ」では、オレシア・ノヴィコワがデヴィッド・ホールバーグの好サポートを得て、しなやかな身のこなしで、情感を滲ませて踊った。

ヴィエングセイ・ヴァルデスが踊ったのは『アリシアのために ―アリシア・アロンソに捧ぐ』。2010年にアロンソの90歳を祝ってタニア・ヴェルガラが振付けた作品で、初演したのはヴァルデス。彼女はアロンソのイメージを彷彿させようというのだろうが、スクリーンにアロンソの姿が映し出されると、そちらに目がいってしまう。アロンソの最盛期の踊る姿も織り込まれていたため、『ジゼル』での急速の回転などには目を見張った。
次の『タイス(マ・パヴロワより)』(ローラン・プティ振付)は、ロシアの伝説的なバレリーナ、アンナ・パヴロワに捧げられた作品で、マリア・アイシュヴァルトとロベルト・ボッレが踊った。マスネ作曲の〈タイスの瞑想曲〉にのせて、アイシュヴァルトのたおやかな身のこなしが印象的で、ボッレが彼女を高くリフトする様も美しく、詩情豊かなデュエットになった。華麗な技が満載の『グラン・パ・クラシック』を踊るのはマチアス・エイマンとミリアム・ウルド=ブラームの予定だったが、彼女がケガで降板したためドロテ・ジルベールに代わった。ジルベールは安定感のあるバランスや力強いフェッテなどで持ち前のパワーを発揮。エイマンは空中での姿勢や足先を美しく保ったジャンプが冴えるなど、エレガンスを打ち出していた。

第2部は、サラ・ラムとマルセロ・ゴメスが組んだ『ロミオとジュリエット』より第1幕のパ・ド・ドゥ(ケネス・マクミラン振付)で始まった。ラムは見るからに愛くるしいジュリエットで、恥じらいの気持ちから恋する喜びへと変わる心の高まりを初々しく表現し、ゴメスもダイナミックなジャンプで高揚感を伝えていた。マリア・コチェトコワが踊ったのは、今年5月に初演されたばかりのマルコス・モラウ振付の『デグニーノ』。胸に丸い布を当てた黒のシースルーの衣裳で、身体の各部をまるで精巧な機械のように操って踊る姿は刺激的だった。
続いてジョン・ノイマイヤー振付の『タチヤーナ』が、アンナ・ラウデールとエドウィン・レヴァツォフにより上演された。舞台奥の窓辺で手紙を読むタチヤーナと、前方の床を左右に走り抜けるオネーギン。突然、男が窓の外から侵入し、ドラマが始まった。男は女を追いかけ従えようとするが、女は男を激しくはねつけるといった具合。やがて女が男にキスをすると、男は苦しげに左右に走り、去っていき、女は窓辺に座って自分の世界に戻る。二人の熱演もあり、ノイマイヤーの独創的な描写に衝撃を覚えた。
イツィク・ガリリ振付の『モノ・リサ』では、原始的なリズムの鼓動に敏感に反応するように、アリシア・アマトリアンとフリーデマン・フォーゲルは身体を極限まで動かして休みなく踊り続けた。『ワールウィンド・パ・ド・ドゥ』は、ティアゴ・ボァディンがこのガラ公演のために振付けた作品で、ドロテ・ジルベールとマチュー・ガニオにより世界初演された。「ワールウィンド」とは旋風、つむじ風のことで、「慌ただしくも高揚感のある、突然の出会い」を描いたというが、二人のダンサーの滑らかなやりとりが淡い印象を残した。マリーヤ・アレクサンドロワとウラディスラフ・ラントラートフが踊ったのは、『ローレンシア』。二人とも高度なテクニッが詰め込まれた踊りを鮮やかにクリアし、特にパワフルなジャンプは見応えがあった。

「佐々木忠次へのオマージュ」と題された第3部では、まずアレッサンドラ・フェリが登場し、バレエ界における佐々木氏の功績をたたえ、〈世界バレエフェスティバル〉は、ダンサーが「何を差し置いても出演したい」と思うほど重要な舞台になっていると語った。自身が21歳で初めてこのフェスティバルに招かれた時は「まるでダンス界のオリンポスの山の頂上にたどり着いたかのよう」に感じたという。フェスティバルでは、ダンサーたちが何週間にもわたるリハーサルや本公演を通じて互いに触発し合い、視野を広げる貴重な場にもなっているとして、佐々木氏への感謝の言葉で締めた。フェリは2007年に惜しまれて引退した後、2013年に舞台に復帰した。今回は実に12年ぶりのフェスティバル参加。感慨もひとしおだったに違いない。この後、佐々木氏の足跡をたどる映像も上映された。

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photo Kiyonori Hasegawa

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photo Kiyonori Hasegawa

映像に続き最初に上演されたのは、ノイマイヤーが東京バレエ団の委嘱で創作した『月に寄せる七つの俳句』よりパ・ド・トロワ。ノイマイヤーは、元になった俳句とは独立したイメージによる"目で見る俳句"を創ったと書いている。今回は、一茶の「小言いふ 相手もあらば 今日の月」や素堂の「我をつれて 我影かへる 月見かな」によるシーンが、シルヴィア・アッツォーニとアレクサンドル・リアブコ、エドウィン・レヴァツォフにより踊られた。アッツォーニが白いコスチュームを翻して踊る姿が清楚で美しく、全体に静かで神秘的な詩情で舞台を満たしていた。

ガラ公演のみ参加のジル・ロマンが踊ったのは『リーフ(葉)』。元ハンブルク・バレエ団ソリストで、現在は振付家として注目される大石裕香が、ガラ公演で踊るロマンのために、アルヴォ・ペルトの音楽を用いて振付けた新作である。若葉から枯れ葉になって土に還っても、大地の栄養となって新しい命の芽を出す自然のあり方に着想したもので、「この世に存在するすべての命は儚く、そして美しい」とする大石の意欲作。ロマンは宙を舞う木の葉のように手や腕をくねらせ、床に寝そべりもしたが、最後に頭を下げ、腕や身体を折っていった。全体を通して、自分の意志ではなく、何かに操られて踊っているように見えたが、そこに、成長し衰退してゆく自然の摂理が感じられて、寂しく切ない思いがこみ上げてきた。
最後は、ジョルジュ・ドンのカリスマ的な演技が忘れ難いベジャール振付の『ボレロ』で、ベジャールから直接指導を受けた東京バレエ団の上野水香がメロディを踊り、男性陣がリズムを担った。晴れの舞台を意識してか、緊張気味に見えた上野は拍を刻む音楽と一体化し、ひたむきにヴォルテージを上げていった。踊り慣れた作品でも、上野はさらなる深みを求めているように感じられた。リズムの男性陣は上野に拮抗するように力強く踊っており、総じてこなれた舞台だった。

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photo Kiyonori Hasegawa

第4部の幕開けは、ヴァージニア・ウルフの小説に触発されてウェイン・マクレガーが振付けた話題作『ウルフ・ワークス』(2015年)で、アレッサンドラ・フェリの英国ロイヤル・バレエ団への復帰作になったもの。ここではフェデリコ・ボネッリとのデュエットが踊られた。遠くに響く波の音、かすかに流れる音楽にのせるようにしてウルフの言葉が朗読され、デッュトが始まった。フェリはしなやかにボネッリに寄りかかり、繰り返しリフトされるが、その身体の柔軟さはフェリの心の柔らかさでもあるようで、静かな情緒を奏でていた。

『マルグリットとアルマン』(アシュトン振付)からは、田舎で暮らす二人をアルマンの父親が訪ね、幸せな生活が崩れていくシーンが、タイトルローのアリーナ・コジョカルとデヴィッド・ホールバーグと、父親役のヨハン・コボーによりドラマティックに演じられた。コジョカルはマルグリットの喜びや苦悩を振幅の大きい演技で伝えていた。
ローラン・プティ振付の『プルースト-失われた時を求めて』より"モレルとサン・ルー"を踊ったのはロベルト・ボッレとマチュー・ガニオ。共に弾力性に富んだ身体を巧みに操り、複雑に交錯する男の愛憎の世界を、ぞくぞくさせるような緊迫感で表出してみせた。ロマン・ノヴィツキー振付の『アー・ユー・アズ・ビッグ・アズ・ミー?』は、三人のダンサーが互いに技を競い合うコミカルな作品。レオニード・サラファーノフ、ダニール・シムキン、ダニエル・カマルゴは、楽しげにジャンプなどの競い合いに興じたが、中でもシムキンの軽妙さが抜きん出ていた。締めの『ドン・キホーテ』を踊ったのはタマラ・ロホとイサック・エルナンデス。ロホの長いバランスにダブルやトリプルを入れた強靱なフェッテに、エルナンデスのスピード感あふれるマネージュなども加わり、フィナーレを大いに盛り上げて終わった。

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photo Kiyonori Hasegawa

第5部の"ファニーガラ"は評の対象ではないと思うが、50分近くも続き、ダンサーたちの驚異の演技も見られたので、少しだけ触れておきたい。『眠れる森の美女』のオーロラ姫の祝いの席にゲストが乱入し、ハチャメチャに踊るという設定で、男性は女装、女性は男装し、男女が逆転して従来とは異なるパートを踊るのが見ものだった。最初に、アッツォーニの王がガニオの王妃を従えて入場したが、二人の衣裳の豪華なこと。女装したエイマンは一階の通路でアズナブールの曲を歌った。『ジゼル』ではサラファーノフがジゼルのステップを器用にこなし、アイシュヴァルトのアルブレヒトも見事なジャンプで応じた。『カルメンズ』ではルーヴェの力強いポアントが絶妙だった。『眠れる森の美女』の「猫」でのフォーゲルの雌猫とボラックの雄猫のコンビも面白かったし、「青い鳥」で青い鳥のコチェトコワがジャンプする場面では、顔まで布で覆った黒子のレヴァツォフが青い鳥を高々とリフトして笑わせた。『白鳥の湖』の「黒鳥」では、黒鳥のゴメスがダブルを入れたフェッテを鮮やかにこなし、王子のジルベールは黒鳥のサポートやマネージュに果敢に取り組んでいた。舞台からは、参加したダンサーたちが和気あいあいと楽しんで演じていることが伝わってきて、観ている側も幸せな気分で満たされた。だからだろうか、夕方5時に開演し、終わったのは10時半近くだったが、あまり疲れは感じなかった。そして、3年後が楽しみになった。

(2018年8月15日 東京文化会館)

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