娘とお父さんが踊った心を動かされる素晴らしいダンス、伊藤郁女の『私は言葉を信じないので踊る』

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

彩の国さいたま芸術劇場

『私は言葉を信じないので踊る』伊藤郁女:テキスト・演出・振付

伊藤郁女の『私は言葉を信じないので踊る』は、フランス、ベルギー、ドイツなどヨーロッパ諸国からカリブ海まで、既に100回も上演されているのだそうだ。今回、初めて日本語版が彩の国さいたま芸術劇場で上演された。

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photo/Arnold Groeschel(すべて)

舞台下手に今回出演している彫刻家、演出家、舞台美術家の伊藤博史が作った黒い布で覆われた大きなオブジェが置かれ、郁女のダンスが始まる、といっても客入れ時から、娘が後ろ向いて立ち、父は上手の椅子に腰掛けてじっと眼をとじている状態だった。そして娘の質問が機関銃のように速射されつづけている。直接、父への質問もあるし、なぜ日本人は? とか、なぜフランス人は? といったような一般的質問もたくさん混じっている。

そして郁女は「私は五歳からクラシック・バレエを習い始め西洋式の訓練を受けたので、日本人より重心が少し上にあった」「日焼けするとすぐヴェトナム人と間違えられた」などと紹介がナレーションされる。衣装はヴェトナム風だったがさらにイタリアのコメディ風の仮面を着けて踊る。

郁女は、フランスに渡ったまま五年ほど日本に戻らない時があった。そして帰国した際に父と交わした会話で、親子の間に大きな空白を感じたことがあった。そしてそのすぐ後に、東日本大震災が勃発した。郁女はヨーロッパに戻って、その空白について考えるところがあり、それがこの作品を生んだ契機の一つとなった、そうだ。

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やがて父も参加して幼い頃に還ったように踊り、時に歌った。父の伊藤博史は彫刻家、母も彫刻家、弟は画家というアーチスト一家で、公演パンフレットによると、クリスマスには恐竜を飾って楽しんだこともあったという。また、父は若い頃にギリシャ演劇に嵌まっていたことがあり、演出や舞台に立った経験もあり、ギリシャ音楽、特に映画『その男、ゾルバ』の主題曲を良く聴いていた。そうした思い出がダンスの中で再現されていくうちに、娘と父が真剣に向き合いともに踊る時間が訪れた。


ダンス作品では、多くの場合男女を問わず、パートナー同士が一緒に製作したり踊ったりしていることが多い。クラシック・バレエにはあるのかもしれないが、ダンスではあまり親子、娘と父がダンス作品を創って公演した、という話は聞かない。「私の父とそういった会話をしてみたい」といった観客のメッセージを受け取ることもあったそうだ。私にはおかしく少しこそばゆい感じもあった。
しかし、「私は舞台上でお父さんの踊るところを初めて見たとき、なんだか自分自身が踊っているような感覚がしました」と言い、最後に「私とお父さんは、この作品を通して、別れを少しずつ告げているんでしょうね」と結ばれた「言葉」には、深く心を動かされるものがあった。
(2018年7月21日 さいたま芸術劇場小ホール)

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photo/Arnold Groeschel(すべて)

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