クララになりきって一期一会の余韻を残した森下洋子

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子
text by Mieko Sasaki

清水哲太郎演出・振付:『くるみ割り人形』

松山バレエ団

『くるみ割り人形』は年末恒例の行事として定着しているだけに、各バレエ団は演出や装置で個性を競い合っている。松山バレエ団は清水哲太郎の構成・演出。クララが外見に惑わされずに人間や物事の本質を見極められる少女であることを強調し、クララとくるみ割り人形が変身した王子との純真な恋を高らかに謳いあげている。振付家が描くクララ像を最もよく体現すると思われる森下洋子が演じた日を観た。もちろん相手役は清水である。

序曲の演奏中、クリスマスパーティーの準備をするクララの家の様子を紗幕越しに見せ、クララ役の森下のはしゃぐ姿を浮き上がらせた。家の外に最初に現れるのも森下。積もった雪にそっと手を触れ、思わず冷たさに身を縮めるその様は、十代の少女になりきっていた。
クララと両親たちは到着した客たちと抱き合って再会を喜ぶが、一期一会のような喜びようは大仰に映った。清水が物語の背景に設定した度重なる戦争の影が、直接、舞台上で表わされていないためだが、クララが直面することになる得難い体験への伏線としたのかもしれない。清水版では、クララは真夜中にくるみ割り人形を探して居間に来るのではなく、パーティの最中に人形を抱いたままソファで寝入り、目覚めた後、お客を見送る形になっている。

松山バレエ団 清水哲太郎演出・振付:『くるみ割り人形』

また、「雪の国」と「水の国」に続いてクララが訪れるのは、「お菓子の国」ならぬ「神の国」。舞台は白と青の世界から一転、カラフルな装置と極彩色の衣装をつけた道化の神々で埋め尽くされた。これはクララの心の高揚を伝えるものでもあろう。

松山バレエ団 清水哲太郎演出・振付:『くるみ割り人形』

踊りはといえば、クララと王子がネズミとの戦いに勝った後で踊るパ・ド・ドゥでは、清水が森下をリードするように包み込んだ。「神の国」でのグラン・パ・ド・ドゥでは、クララの精神的な成長を表わすように、森下は少女から高貴なプリンセスに変身し、清水と対等に踊った。森下は現在の技量に合った回転技などを巧みに組み合わせ、音楽にのって優雅に舞った。これは清水も同じ。特別に付け加えられた王子とクララの長大な"別れのアダージョ"では、王子に必死にすがる森下と、彼女を抱きながらなだめる清水の心情が絶妙に絡み、独特の世界を築いていた。

夢から覚めたクララは「雪の国」で贈られたショールを身にまとうが、王子との一期一会の出会いを慈しむ森下の演技が余韻を残した。
他のソロや群舞は、要所にベテランが配されていたこともあり、全体によく整っていた。特に複数のペアやグループによるフェッテや跳躍が見事にそろい、気持ち良かった。ただ、「神の国」で各国の舞踊が披露されている時、壁際で大勢の道化の神々がせわしく体をゆすり跳ねていたが、せっかくの民族舞踊を相殺するようで、逆効果なように感じられた。最後に、ドラマの推進役もになうドロッセルマイヤーの役を、鄭一鳴は芝居気も十分に演じ、存在感があったことを付け加えておきたい。
(2009年12月20日、ゆうぽうとホール)

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