09年年末に踊られた『くるみ割り人形』から Part 1

ワールドレポート/東京

関口 紘一
text by Koichi Sekiguchi

THE NUTCRACKER 『くるみ割り人形』

牧阿佐美:振付『くるみ割り人形』/新国立劇場バレエ団
新国立劇場バレエ団の『くるみ割り人形』は、芸術監督の牧阿佐美が新たに演出・改訂振付けを行った。
装置・衣裳にオペラ部門で『タンホイザー』などを手掛けているドイツの美術家、オラフ・ツォンベックを起用し、モダンな感覚を採り入れている。その趣旨はまた、プロローグを現代の東京に設定し、「これはあなたが見ている夢です」、と観客を舞台の世界に誘うこととも繋がり、さらにはサンタクロースのクリスマス・プレゼントともなっている。

牧阿佐美:振付『くるみ割り人形』/新国立劇場バレエ団 撮影:瀬戸秀美

牧阿佐美:振付『くるみ割り人形』/新国立劇場バレエ団 撮影:瀬戸秀美

『くるみ割り人形』は本来、子供向けの小品。それは、チャイコフスキー自身のオペラ『イオランタ』と同時に上演されたという初演の形態からも、音楽の曲想からもごく自然に感じられるが、チャイコフスキーの三大バレエと称され、クリスマスのヒット商品となってほとんどの場合が一晩ものの大作にふくらまして上演されることになった。そして次第にこの作品の最大特徴である子供の世界の視点が曖昧になってしまったのではないだろうか。
クララがイブに見る夢は、子供の心に棲みついている人形の妖精が導く。

クララはこの作品に登場する大人たち、ドロッセルマイヤーや金平糖の精、王子への憧れによって夢を発展させていく。
夢の世界は子供の心に描かれるお菓子の国であり、コーヒーカップから次々とキャンディが出て来て踊る。子供がツンツルテンの中国服を着て踊るから可愛い。デウ゛ェルテスマンはみんな子供が踊ればかわいい振付になっている・・・・。

ツォンベックの美術が効果を発揮した雪の国のシーンは特に美しい。日本画のように淡彩な色調の中に軽やかな雪の乱舞を感じさせる動き、雪の結晶を思わせるようなフォーメーションは使わずに、動きのテンポの軽やかさで雪の情景をを叙する見事な振付である。とりわけクララの黒髪の動きが、まるで雪景色の中を小鳥が舞っているように見えて上品な情趣が感じられた。牧阿佐美の最も得意とするシンフォニックな振付が冴え渡っていた。
金平糖の精を踊った小野絢子は雑音のない踊り。ステップが静かで軽やかだが、アームスにはまだ少し力が入っているのだろうかちょっとかたい印象を受けた。脱力すればさらにいっそう美しくなるはず。
(2009年12月20日 新国立劇場オペラパレス)

牧阿佐美:振付『くるみ割り人形』/新国立劇場バレエ団 撮影:瀬戸秀美

牧阿佐美:振付『くるみ割り人形』/新国立劇場バレエ団 撮影:瀬戸秀美

撮影:瀬戸秀美

熊川哲也:振付『くるみ割り人形』/K-BALLET COMPANY
K-BALLET COMPANYの熊川哲也版『くるみ割り人形』の第2幕は、お菓子の国ではなく人形の国が舞台となっている。クララはイブのパーティでご馳走をたくさん食べたから、というわけではないだろうが、スタールバウム家の広間とクララの夢の中の人形の国とは、時の回路で繋がっている----これはじつに洒落たルイス・キャロルばりのアイディアである。また、純真無垢の少女だけが世界で一番堅いくるみを割ってネズミの呪いを解くことができる、という極めてヴィジュアル化しにくい物語の設定を巧みな舞台表現で見せる。さすが、シェイクスピアの国でプリンシパルをはった振付家というべきだろう。
登場人物の感情はすべてダンスで表されているし、第1幕ではクララたちの子供からお父さんお母さんの世代、さらに車椅子のおばあさんまで様々な世代が一緒になってクリスマスを祝って楽しく踊る。じつに家族的なあたたかい世界が描かれている。
第2幕では人形たちがネズミの呪いを象徴する黒いヴェールを外して本来のすがに戻り、解放された喜びとともにデヴェルティスマンを踊る。
マリー姫に扮した松岡梨絵は気品があり美しいし、フェッテもきれいだった。敢えて言わしてもらうと、細かい動きと大きなのとの流れに柔軟性が欲しい気がする。くるみ割り人形/王子の清水健太は着地がぐっとソフトになった。難しいリフトも手堅く決めていた。ドロッセルマイヤーのスチュアート・キャシディはさすが、ステップがかろやかで音を踏んでいるよう。クララの神戸里奈は一心に子供の心を演じていた。ここまでホフマンの原作をきちんと捉えた『くるみ割り人形』は、世界にも例がないのではないかと思われる。

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