ギエムがカーンと組んで斬新な世界を提示 アクラム・カーン振付『聖なる怪物たち』

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子
text by Mieko Sasaki

Sylvie Guillem & Akram Khan Company
シルヴィ・ギエム&アクラム・カーン カンパニー

Akram Khan: "Sacred Monsters"
シルヴィ・ギエム&アクラム・カーン・カンパニー
アクラム・カーン振付『聖なる怪物たち』
(ギエムのソロは林懐民、カーンのソロはガウリ・シャルマ・トリパティが振付)

シルヴィ・ギエムとアクラム・カーンの初コラボレーション『聖なる怪物たち』は、ギエムの新たな魅力を引き出して、「エマーヴェイユ」(驚嘆)だった。異質な要素を様々に混交させたこの作品は、濃密なデュオを中心に、それぞれのソロを加え、語りや対話も織り込み、75分にわたって展開された。
ギエムはクラシックバレエを学んだフランス人。カーンはイギリス人だが、両親はバングラデッシュの出身で、カタックというインドの古典舞踊も学んでいる。彼は、シディ・ラルビ・シェルカウイと組んで上演した『ゼロ度』で鮮烈な印象を残した、あのダンサーである。今回の作品では舞踊の様式の相違や、伝統と創造、古典と現代、西洋と東洋、男と女の身体性などが対置されていた。ついでにいえば、ギエムはロングヘアで長身だが、カーンはスキンヘッドで小柄なほうだ。

深い亀裂の入った巨大な白い斜面が背後に設置されたシンプルな舞台。半袖シャツに幅広のズボンと、服装もシンプル。冒頭、カーンは鈴の付いたチェーンを手首から足元に提げるギエムの後ろに立ち、ギエムを抱えるようにまとわりついた。続くギエムのソロでは直線的な鋭い動きが際立ち、片膝を曲げて深く沈み込み、高々と片脚を上げてフレックスにするなど、バレエ的でない振りが目立った。それもそのはず、この部分は台湾のクラウドゲイト舞踊団の林懐民芸術監督が振付けたもの。

ギエム&カーン・カンパニー『聖なる怪物たち』 photo: Kiyonori Hasegawa

カーンのほうは、鈴のチェーンを両足首に巻き、腰を落とし気味に保ち、肘や手首を曲げてコマのように鮮やかな旋回をこなした。このソロはカタックの第一人者、ガウリ・シャルマ・トリパティの振付である。

ギエム&カーン・カンパニー『聖なる怪物たち』 photo: Kiyonori Hasegawa

目を奪ったのは、もちろん二人のデュエットだった。向かい合った二人が手をつないだまま身をよじり、相手の腕の中をくぐるなどして踊ると、二人の腕は波打ち、ゴム紐のように滑らかな軌跡を描き続けた。別のデュエットでは、シヴァ神とその妻パールヴァティーの抱擁の構図のように、ギエムがカーンの胴を脚ではさんで体に巻きつき、一体のようになったまま様々にポーズを変化させていったが、その体勢を維持できるギエムの筋力のすごさに、まず驚かされた。二人のやりとりからは不思議なエネルギーが放たれ、神秘的な雰囲気を漂わせもした。郷愁を誘うような音楽のライヴ演奏も魅力的に鳴り響いた。

隋所に挿入された独白や対話も興味深かった。子供時代の思い出や舞踊に対する姿勢や葛藤が語られたが、カーンは髪が後退したためクリシュナ神を演じるのに困ったことをユーモラスに話しもした。ギエムが「エマーヴェイユ」のという言葉を理解してもらおうと、クリスマス・ツリーを前にした時の気持ちにたとえると、カーンは自分はイスラム教徒として育てられたのでわからないと答え、世界には異なる価値観があることをさりげなく指摘した。また、カーンがギエムから受け取った布で顔の汗をふくと、ギエムは「それは床用よ」と注意し、自ら布を床に置き、足に敷いて拭くといった、笑いを誘う一幕も。

それにしても、このように舞台を楽しむギエムの姿は初めて見る気がした。恐らく、カーンや林懐民の振付に、自身の何かが解放される思いだったのだろう。『聖なる怪物たち』は、ギエムとカーンという全く異質な二人が、互いの固有なものを損なわずに相通じるものを探り、新たな形で提示してみせる舞台なのだろう。ともあれ、ギエムが踏み込んだ更に新たな領域は、とてつもなく奥が深そうだ。
(2009年12月19日、東京文化会館)

photo: Kiyonori Hasegawa

ページの先頭へ戻る