ブルメイステルの意図を尊重した完成度の高い舞台、東京バレエ団『白鳥の湖』

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

東京バレエ団

『白鳥の湖』ウラジーミル・ブルメイステル:改訂振付


東京バレエ団が、ブルメイステル版『白鳥の湖』を2年振りに再演した。2016年2月にバレエ団として初演し、極めて高い評価を得たプロダクションだが、この時は装置こそ東京で製作したものの、衣裳はこの版を初演したモスクワ音楽劇場から借りたものだった。レパートリー化を確実なものにしようと、今回は"チュチュもの"以外の衣裳をモスクワで新調して公演に臨んだ。オデット/オディールとジークフリート王子はトリプルキャストで、ベテランの上野水香と柄本弾を筆頭に、前回は異なる相手と主演した川島麻実子と秋元康臣、4月にそろってプリンシパルに昇進したばかりの新鋭、沖香菜子と宮川新大のカップルだった。3組のうち、共にこれが初役という沖&宮川の舞台を観た。

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Photo/Kiyonori Hasegawa

ブルメイステル版では、音楽がチャイコフスキーのオリジナルな意図に添うよう構成し直され、オデットがロットバルトにより白鳥に変えられるプロローグと人間の姿に戻って王子と結ばれるエピローグを付けて物語を分りやすくしている。だが最大の特色は第3幕にあり、各国の民族舞踊を踊るのはロットバルトの手下で、オディールと一緒になって王子を惑わすというドラマティックな演出が施されている。他の版では、民族舞踊を単なるディヴェルティスマンに扱ったり、スペイン舞踊のみロットバルトが率いる形にしたりと様々だが、ブルメイステル版に勝る劇的な展開は見当たらない。

第1幕は、王子と友人の若者たちが酒盛りする森の中。若者たちに引き留められた村娘たちは一緒に楽しく踊るが、王妃と女官たちが登場すると、娘たちは慌てて若者たちの後ろに隠れるものの、王妃に見つかって退場させられる。厳格な身分制度を思い起こさせると同時に、宮殿での窮屈な生活を疎ましく思う王子の心情がさりげなく暗示された。宮川新大は気さくな王子として振る舞い、友人たちと杯を交わし、踊りにも加わるが、儀礼的に処しているという雰囲気を出していた。弓を持ったソロでは快活に踊っていたのが印象的だった。道化役の池本祥真は、第3幕の舞踏会でのシーンと合わせて、ひときわパワフルなジャンプや回転技を披露してみせた。
第2幕の湖畔では、オデットの沖香菜子が一つ一つの振りを丁寧にこなし、しっとりと情感を紡いだ。オデットが王子と心を通わせるやりとりには、沖にも宮川にもまだ硬さが見て取れた。初々しくはあったが、もっと一途さを出して欲しい。白鳥たちの群舞は美しく幻想的で、「四羽の白鳥」なども良く揃っていた。

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Photo/Kiyonori Hasegawa

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Photo/Kiyonori Hasegawa

続く第3幕の舞踏会は最大の見せ場。騎士に変装したロットバルト(柄本弾)が、オディール(沖)と民族舞踊のダンサーたちを引き連れて舞踏会に乗り込んでくるシーンは迫力満点だった。ロットバルトはマントを翻してオディールを見え隠れさせ、民族舞踊のスペインやナポリ、チャルダッシュ、マズルカが強烈なパンチを放つように披露され、合間にオディールを女性ソリストと瞬間的に入れ替わらせるなど、息をつかせぬ勢いでクライマックスのオディールと王子のグラン・パ・ド・ドゥに突き進んだ。沖が演じたオディールは蠱惑的で、鋭い視線で王子を射すくめ、惹き付けては撥ね付けて、巧みに王子の心を絡めとっていった。ロットバルのマントから姿を現わして踊るグラン・フェッテでは、ダブルも入れて力強く回り続け、王子の心を制した。宮川の王子は、目の前の女性が本当にオデットなのか疑惑を抱きながらも結局オディールの魔力に惑わされてしまう役だが、微妙な心の揺れをどう表現するかの演技には、まだ戸惑いがあるように感じた。ただテクニックは確かなだけに、グラン・パ・ド・ドゥでは伸びやかなジャンプをみせるなど面目躍如。ロットバルトの柄本は不気味さを醸しながら、威厳に満ちた態度で王子の心を翻弄していった。ロットバルトは第2幕で湖畔を飛び回ることも、第4幕で王子と激しく戦うこともないので、存在感を示せるのは舞踏会だけだった。民族舞踊では、スペインのソリストの奈良春夏とナポリのソリストの秋山瑛の威圧するような演技が鮮烈な印象を残した。

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Photo/Kiyonori Hasegawa

第4幕では、様々なフォメーションで踊る白鳥たちの群舞が悲しげで美しかった。失意のオデットが王子の元を去り、ロットバルトが王子を湖に飲み込もうと嵐を起こすシーンでは、瞬く間に布が床に広がって大きく波打つという転換が見事だった。必死にあらがう王子の元へ、オデットが死を賭して飛び込むと、愛の力で悪魔は滅び、王子は人間の姿に戻ったオデットを抱きしめて終わった。再演だけに、全体の流れは滑らかで、メリハリの効いた展開が楽しめ、完成度の高い舞台だった。ところで、新調した衣裳だが、第1幕の村娘たちの衣裳は秋色の風景とよくマッチしており、貴族の女性たちのシンプルだがエレガントなロングドレスと対比をなしていた。各国の民族衣裳も見栄えがした。それぞれブルメイステルの意図を尊重したデザインだそうだが、全部合わせてハーモニーを奏でているようで、センスの良さが見て取れた。
(2018年7月1日 東京文化会館)

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