愛を喪失する悲劇を叙情詩のように描いたラトマンスキーの『アンナ・カレーニナ』
- ワールドレポート
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掲載
ワールドレポート/東京
- 関口 紘一
- text by Koichi Sekiguchi
The Mariinsuky Ballt マリインスキー・バレエ団
"Anna Karenina" by Alexei Ratmansky 『アンナ・カレーニナ』アレクセイ・ラトマンスキー:振付
アレクセイ・ラトマンスキーが振付けた『アンナ・カレーニナ』。このトルストイの小説を最初にバレエにしたのは、マイヤ・プリセツカヤだ。彼女はこのロシアを代表する女性像を舞踊化する企画を長い間温めていて実現した。当初はキーロフ・バレエ団(現マリインスキー・バレエ)のヤコブソンにも協力を求めた、という。音楽は夫君のロディオン・シェチェドリン、プリセツカヤは他の二人と振付し、主演した。
ラトマンスキーはプリセツカヤ、シェチェドリンの協力も得て、新しい振付を行っている。プリセツカヤはおそらく、ラトマンスキーの作品が気に入ったのであろう、次の『イワンと仔馬』でも積極的に協力している。この3人の関係では、ロシア・バレエの伝統の継承が順調に行われているようだ。
高級官吏カレーニンの妻アンナが青年将校ヴロンスキーと道ならぬ恋に落ちるが、愛する息子を夫にとられ、社交界から見放される。ヴロンスキーともうまくゆかなくなって鉄道自殺に追い込まれる、という物語である。
バレエはアンナの轢死に衝撃受けた後のウロンスキーの回想として描かれている。舞台美術をほとんど映像とし、駅舎や皇帝が登場する競馬場などは吊り物としてあえてリアリティを与えず、抽象的に表わしている。映像で表されるカレーニン家の居間はびっしりと書籍に囲まれていてそれがカレーニンの家庭への無関心と、冷やややかな非人間性表している。そして物語の起承転結のドラマを際出させて語るのではなく、アンナ・カレーニナのエピソード集のように、速いテンポで物語を進めていく。まるで夢の中に現れているかのような抽象性を帯びた表現である。
撮影/瀬戸秀美
競馬のシーンは男性群舞の歯切れの良い動きで表され、劇中のオペラの場面は、デュオの流麗な群舞で表されるといった具合である。特に、愛する息子セリョージャと別れ難く、ヴロンスキーを一度は拒否する。すると彼は絶望のあまり、ピストル自殺をはかるが失敗。絶対的な愛が証明されて、アンナは彼を許し二人でイタリアに暮らすことになる。そこまでの長いパ・ド・ドゥは、影絵劇のようにゆっくりと大きな形象を描き出しじつに印象的だった。
撮影/瀬戸秀美
また、カレーニンはほとんど実在感を消し、アンナと世間体をつくろうことと、無理やり抑えつけること以外は、ヴロンスキーのパラレルな重しとして存在するだけだった。
プリセツカヤ作品が女性の視点から痛切な愛の孤独を描いているのに対して、ラトマンスキーはヴロンスキーの回想ととして、愛を喪失する悲劇を叙情詩の趣で描いたのだった。
アンナはディアナ・ヴィシニョーワ、ヴロンスキーはコンスタンチン・ズヴェレフ、カレーニンはイスロム・バイムラードフという、マリインスキー・バレエ団初演時のファースト・キャストで観た。
ヴィシニョーワは、どちらかというと攻撃的役は得意ではなく、受けの演技に優れている。それがそのままアンナの悲劇に現れれていた。ズヴェレフも一途な想いをよく表わした。そしてバイムラードフのカレーニンが見事。抑えた演技で妻に捨てられても姿勢を崩さない硬直した夫を上手く描いた。
(2012年11月22日 東京文化会館)