「ハンマーを持つ女性作曲家」に捧げられたコラボレーションによるオマージュ

ワールドレポート/東京

関口 紘一
text by Koichi Sekiguchi

向井山朋子+ニコル・ボイトラー+ジャン・カルマン

『SHIROKURO』世界初演

向井山朋子+ニコル・ボイトラー+ジャン・カルマンの『SHIROKURO』世界初演を、ダンス・トリエンナーレ・トーキョー2012でみた。
暗黒の中、舞台奥にピアノが据えられ、床に細いバーライトが数本ランダムに置かれている。客席から向井山が黒々とした大きなヘアのウィグを付け、上半身裸でさまよいながら登場。「夜がきた」と繰り返し呟いてピアノへと向かう。

ロシアの先鋭作曲家ガリーナ・ウストヴォリスカヤの「ピアノソナタ第6番」と「ピアノソナタ5番」の一部の演奏が始まる。演奏というより格闘とも言うべき豪快なパフォーマンスだ。巨大なマックスの音量でまるで大太鼓を力の限り打ち鳴らしているよう。ピアノが世界に向かってあらん限りの力で抗議を申し立てているかのようでもある。しかし、時にはその対極ようなな優しさも表す。
いつの間にか登場したダンサーがおそらく即興を混じえたソロを踊る。背景に五つの遮光された照明が灯り、舞台は逆光となってピアノとピアニストとダンサーがシルエット風に浮かび上がり美しい。やがて強烈な音楽は向井山自身がアレンジしたシューマンの『ペダル・ピアノのための練習曲(6つのカノン風小品)Op.56』となった。

撮影/塚田洋一

撮影/塚田洋一

やがて天からハラハラと紙吹雪が舞い落ち続ける。とまた豪壮なガリーナの曲がいっそう激しく空間を圧倒。そして極限に達し同時にピアニストはあたかもエクスタシーに至ったかにもみえた。
すると舞台は暗黒となり、ダンサーとピアニストは左右にさがり、舞台奥からフロアを全面覆う白い布を取り出し、二人で両端をもってピアノのうえから舞台全面を覆う。その作業を繰り返し何枚かの白い布を重ねる。作業が終わると、ピアニストはなにやら叙情的な歌を呟くように歌いつつ暗黒の中に消え、朝が来たのか黒と白は完結した。
そこには巨大な音の痕跡が宇宙から地球に辿り着いた隕石でもあるかのように、白い小山となって存在感を放っていた。

この作品は、ミュンヘン出身でオランダのダンスおよびパフォーマンス界で活動し、サドラーズ・ウエルズ劇場や各地のフェフティバルに作品を提供している、演出家・振付家のニコル・ボイトラー、オランダのガウデアムス・コンクールで優勝した後、キリアン、伊藤キムのほか、映画監督やデザイナー、建築家など様々な分野とのコラボレーションを展開しているピアニスト・美術家の向井山朋子、パリ出身の演劇、オペラのデザイナー&照明デザイナー、ジャン・カルマンの3名による、ロシア人作曲家ガリーナ・ウストヴォリスカヤのピアノ曲へのコラボレーションによるオマージュである。ダンサーはスカピノ・バレエ・ロッテルダムで踊っていたこともあるミッチェル=リーヴァン・ロイ。
しかし、これだけの爆発的なピアノの音量に襲われると、ダンスもいささか小さく見える、といわざるを得ない。遮光された背後の光とフロアのバーライトが微妙な、墨絵に感じるような色彩を帯びた光となって、ダンサーとピアニストを照らし、静謐で魅力的な空間を浮かび上がらせ、巨大な音とのコントラスト描いていた。
そして「そこまで行ってはいけない、というところまで連れて行ってくる音楽」と向井山がガリーナの音楽を表した言葉が印象に残った。
(2012年10月13日 スパイラルホール)

撮影/塚田洋一

撮影/塚田洋一

撮影/塚田洋一

撮影/塚田洋一

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