期待にたがわぬ演技で圧倒したエヴァン・マッキーのオネーギン
- ワールドレポート
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掲載
ワールドレポート/東京
- 佐々木 三重子
- text by Mieko Sasaki
東京バレエ団
『オネーギン』ジョン・クランコ振付
東京バレエ団が、プーシキンの原作に基づくクランコのドラマティック・バレエの傑作『オネーギン』を2年振りに再演した。同団のダンサーだけによる初演時と異なり、今回は、ダブルキャストの初日と3日目に、クランコゆかりのシュツットガルト・バレエ団から、オネーギン役にエヴァン・マッキーを、レンスキー役にマライン・ラドメーカーを招くというので期待は高まった。だがラドメーカーは病気のため来日せず、アレクサンドル・ザイツェフに代わる事態となったが、それでもマッキーのニヒルな役作りが傑出していて、感銘深い公演となった。共演は、タチヤーナ役に吉岡美佳、その妹でレンスキーの婚約者のオリガに小出領子、グレーミン公爵に高岸直樹という実力派ぞろいだった。
身長190センチでスリムな容姿のマッキーは、どこにいても目を引く。黒い衣裳で都会的なセンスを漂わせて登場したオネーギンに、田舎の文学少女タチヤーナが一目惚れするのも無理はないと納得させる風貌だ。彼女に対して慇懃に振舞いながら、読んでいる本を見て脇を向いて鼻先で笑うなど、見下した態度を見え隠れさせる演技も心得たもの。
第2幕のタチヤーナの誕生祝いの宴でも、野暮ったいパーティというふうに侮蔑的な態度を露わにし、一人でカードを並べる姿には傲慢さ以上の異様さを感じさせた。タチヤーナに恋文を返すシーンで苛立ちが高じてくる様や、レンスキーとタチヤーナをからかうようにオリガを執拗に踊りに誘うこれ見よがしな行動など、自暴自棄的な心の動きとその振幅の大きさを手に取るように伝えた。
photo:Kiyonori Hasegawa
第3幕でグレーミン公爵夫人となったタチヤーナに再会したときの驚愕を全身で表し、彼女との別れのパ・ド・ドゥには、彼女への烈しい思いや悔恨の念だけでなく、孤絶した生き様から救われたいという身勝手な思いも入り混じっているように感じられた。そんな複雑で屈折した心を持つオネーギンを、マッキーは説得力を持って演じ切った。もちろん踊りも素晴らしかった。シャープな足さばきに加え、ひとつひとつのステップに、その時の心の状態を見事に映し出していた。
吉岡はマッキーの演技に応えるようにタチヤーナの繊細な心を細やかに伝えた。オネーギンへの思いを表すのを躊躇する様や、オネーギンに恋文を破られた後、にこやかに客と接する辛さなど、仕草や佇まいで伝えた。夢の中で鏡から抜け出たオネーギンと踊るパ・ド・ドゥでは、高揚する心のままに勢いよく彼の胸に飛び込んで体をからめ、夫となったグレーミン公爵にエスコートされて優雅に踊り、オネーギンとの別れのパ・ド・ドゥでは、再燃する彼への思いと理性との間で引き裂かれる心をリフトされて舞う振りに込めた。
photo:Kiyonori Hasegawa
オネーギンが走り去った後、幕が下りるまで顔を天上に向けていたが、実際に涙していたのではと思わせた。オリガの小出はきびきびとした踊りと演技で、ドラマの中でスパイスのような役割を果たした。オネーギンに誘われてレンスキーの嫉妬心をからかうように踊る際の悪気のない演技は、実に素直で自然だった。レンスキーのザイツェフは安定感のある演技と踊りを見せたが、切れ味と瑞々しさは今一つ。群舞では、第1幕前半の若者たちの踊りが活気に満ちていた。民族舞踊を採り入れた威勢のよい男性たちのアンサンブルや、男性のサポートで女性たちがジャンプしながら舞台を駆け抜けるところなど、スピート感に溢れていた。
(2012年9月28日、東京文化会館)
photo:Kiyonori Hasegawa
photo:Kiyonori Hasegawa