リアルで説得力があったフォーゲルのジークフリート、クランコ版『白鳥の湖』

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子
text by Mieko Sasaki

Stuttgart Ballet シュツットガルト・バレエ団

John Cranko "Swan Lake" ジョン・クランコ振付『白鳥の湖』

『白鳥の湖』は、クランコが1961年にシュツットガルト・バレエ団の芸術監督に就任して間もない1963年の作品である。ちなみに『じゃじゃ馬馴らし』は1969年の作品。
クランコ版は原作の大まかな流れは受け継ぎながら、ジークフリート王子に焦点を当てており、王子の心の動きがドラマの展開を促すように組み立てられていた。だが、最大の特色は結末にあった。オデットと王子の真の愛により悪魔ロットバルトは滅び、二人は現世か来世のいずれかで結ばれるという、今日よく見られる形は採っていない。クランコ版では、ロットバルトによりオデットから引き離された王子は氾濫する湖で溺死させられ、白鳥の姿に変えられたオデットは、遺体の向こうに穏やかに広がる湖面を漂うのだ。何とも救いようのない幕切れ。だが物語の悲劇性は一層、際立ち、哀切な余韻が尾を引いた。

初日に王子を演じたのは、見るからに貴公子然としたフリーデマン・フォーゲル。王子は普通、颯爽と登場するものだが、クランコ版では老婆の扮装で現れ、娘たちの手相を占ったりした後、マントを脱いで姿を現すという演出。他の版で道化が踊る曲で短いソロも踊ったが、フォーゲルは王子の悪戯っぽい一面を上手く演じていた。パ・ド・トロワの代わりに、王子と町娘たちによるパ・ド・シスが置かれていたが、フォーゲルの踊りからは、成人式を翌日に控えて青春を謳歌しておこうという王子の気持ちが伝わってきた。突然現れた王妃(メリンダ・ウィザム)は宴に興じる王子を厳しくたしなめ、花嫁候補の肖像画を見せ、成人式で花嫁を決めるよう威厳に満ちた物腰で命じる。

シュツットガルト・バレエ団『白鳥の湖』 Photo:Kiyonori Hasegawa

Photo:Kiyonori Hasegawa

王妃は王子がキスしようとした瞬間に差し伸べた手を引っ込め、王子をなじるように見据えたが、その時のフォーゲルの憮然とした態度には凄みさえ感じられた。王子としての務めを果たす気持ちはあるのに、自分を拒否されたように思ったのだろう。一層深まる愁いや気が晴れない様子を伝えるフォーゲルの演技はリアルで説得力があった。第2幕「湖畔」では、特に新奇な演出は見られなかった。オデット/オディールを踊ったのはアリシア・アマトリアン。手足が長くて綺麗だったが、オデットでの顔のメイクが異様に白いため、この世ならぬ存在を感じさせもした。身のこなしはたおやかだが、ポール・ド・ブラはやや硬い。王子に身の上を語るマイムはなく、アダージオでの感情表現も淡泊に思えたが、第4幕との対比を狙ったのかも知れない。王子の友人ベンノ(ウィリアム・ムーア)が白鳥たちに囲まれるシーンは、『ジゼル』のヒラリオンを連想させたが、それを計算しての演出だったのだろうか。

第3幕「玉座の間」では2階建ての壮麗なセット(衣裳・装置:ユルゲン・ローゼ)が目を引き、演出もユニークだった。花嫁候補はスペイン、ポーランド、ロシア、ナポリの4人だけで、姫君たちは自国の民族舞踊で中心となって踊る趣向。その振付に関しては好みが分かれると思うが、少々魅力に乏しく感じた。チャルダッシュがないのも寂しい。オディールは騎士に変装したロットバルト(ニコライ・ゴドノフ)のマントの中から現れるが、毒々しさは強調せず、妖しい雰囲気で王子の心を惹きつける。その王子は黒ではなく白いコスチューム。音楽の入れ替えや挿入は他のシーンでも色々行われていたが、王子のヴァリエーションの曲でオディールが踊るのには違和感を覚えた。王子は最初からオディールをオデットと信じて疑わない様子で、オデットを窓越しに見せる演出はない。王子が結婚を誓った瞬間、嘲笑が響き、オディールは忽然と消え、呆然とする王子を嘲るようにロットバルトはマントをひらめかせて退場した。

シュツットガルト・バレエ団『白鳥の湖』 Photo:Kiyonori Hasegawa

Photo:Kiyonori Hasegawa

第4幕「湖畔」はクランコの独創性が最も顕著だった。永遠の別れの前に束の間の逢瀬を許されたオデットと王子のパ・ド・ドゥが何とも切ない。音楽はチャイコフスキーの「弦楽のためのエレジー」という。過ちを詫びる王子をオデットは許すが、王子に寄り添い体を預けるアマトリアンの仕草から、第2幕では感じられなかった王子との心の通い合いが伝わってきた。波にのまれて崩れ、立ち上がってはまた足をさらわれ、次第に力尽きていく様を演じるフォーゲルは、運命に翻弄されているようで痛々しく映った。遺体の向こうの湖面を白鳥の群れが横切る幕切れは、救われることのないオデットたちの行く末を暗示しているようで、悲しさが募った。

クランコにより世界屈指のバレエ団に育て上げられたシュツットガルト・バレエ団だが、1973年に彼が急逝した後も、レパートリーを増やす一方で、彼の作品を貴重な財産として守ってきた。1996年に芸術監督に迎えられたリード・アンダーソンは、かつてバレエ団に17年間在籍し、クランコの下で踊った経験もある。多彩な国籍の個性豊かなダンサーを擁するバレエ団だが、今回の来演では、クランコの伝統を尊重し、的確に受け継いでいることを改めて印象付けた。
(2012年6月5日 東京文化会館)

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