自由奔放な演技でカルメンを造形し、真摯で無垢な心ものぞかせたシルヴィ・ギエム

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子
text by Mieko Sasaki

東京バレエ団〈シルヴィ・ギエム オン・ステージ2013〉

"Carmen" Choreography by Mats Ek; "Etudes" Choreography by Harald Lander
『カルメン』マッツ・エック:振付、『エチュード』ハラルド・ランダー:振付

天性のバレリーナ、シルヴィ・ギエムは円熟の域に入りつつあると言ってよいのだろうが、そのステージには常に何かしら"発見"があって驚かされる。今回の〈オン・ステージ〉の公演では、マッツ・エック版『カルメン』で、何物にも束縛されない強靭な意志を持ち、逞しく生きるカルメンを造形してみせたが、対照的に、後述するアクラム・カーンとのコラボレーションによる『聖なる怪物たち』では、芸術に対して真摯に臨む無垢な心を保ち続けていることをうかがわせたのが興味深かった。両方の舞台に接して、ギエムの芸術家としての幅広さ、奥深さを改めて知らされた思いがしたのである。

マッツ・エックといえば、『ジゼル』のヒロインを野性的な少女に設定するなど、古典名作に衝撃的な改訂を加えることで知られるが、『カルメン』も独自の視点で構築されていた。音楽はアロンソ版と同じく、ビゼーの原曲をシチェドリンが編曲したものを用いていたが、舞台は死刑執行を待つドン・ホセのシーンで始まり、カルメンに翻弄された人生を回想する形で物語が進行し、最後は処刑シーンで終わるというもの。
物語は短いシーンをつないで手際よく構成され、スピーディーに展開された。振付を別にすると、エック版の特色は登場人物の設定にあるといえよう。カルメンは、情熱的で、男を惑わす魅惑的な女という通常の設定にとどまらず、男はだますし悪事もするアバズレで、何事にも平然と構えて屈しない、男まさりの強い人間として描かれる。彼女は都会育ちで、いわば肉食系。片やドン・ホセは、閉鎖的な田舎で育ち、平凡な結婚と幸せを求める普通人。優しいというより、ちょっと女々しい草食系男子である。このコントラストが効いていた。また、アロンソ版では女性が踊る「運命」が登場するが、エック版では「M」という、死の象徴でもあり、ホセの婚約者ミカエラにも、母にもなる役を設けている。

「カルメン」シルヴィ・ギエム、マッシモ・ムッル Photo:Kiyonori Hasegawa

Photo:Kiyonori Hasegawa

カルメンを演じたギエムが圧巻だった。真っ赤なドレスで悠然と構えて葉巻をふかすだけで、他の人間とはスケールの異なる、ひときわ高く聳える存在感を示した。柔らかい身体を強調するように脚を高く上げ、カーブを描く甲に意志の強さを込め、重心を低くしての激しい動きも見事にコントロールして、パワフルに踊った。カルメンが赤い布を、エスカミリオの胸から、ホセの時はその股間から引き出す演出にはドキリとさせられた。ただ、ホセとのデュエットでも、エスカミリオとのデュエットでも、ギエムには、熱情に押し流されない冷めた視点があるように感じられた。闘牛場のシーンで、カルメンは、正面は裾が短く、後ろはフラメンコの衣裳のように床を引きずる裾の長いドレスで登場したが、それは覚悟を決めた"勝負服"のように思えた。彼女は妥協せずに自分の意志を貫き、誇り高く殺されることを選んだのだ。そんなカルメンの生き方に、ギエムの不屈の精神がダブって見えた。

「カルメン」木村和夫 Photo:Kiyonori Hasegawa

Photo:Kiyonori Hasegawa

「カルメン」高木綾、マッシモ・ムッル Photo:Kiyonori Hasegawa

Photo:Kiyonori Hasegawa

「カルメン」シルヴィ・ギエム、柄本弾 Photo:Kiyonori Hasegawa

Photo:Kiyonori Hasegawa

ホセ役は、ギエムと共演を重ねているマッシモ・ムッル。長身で長い手足を柔らかに動かし、気立てが良く、繊細で受け身的なホセを自然体で演じていた。もちろん、シャープで見栄えのする踊りも披露したが、そのひ弱な性格は、「M」に心地良く抱かれるシーンにも表れていた。カルメンが挑発するように刃物でホセの掌を刺すと、ホセは驚いて声を上げたが、その声は、ホセがカルメンを刺した時に上げた絶望的な声に通底しているように響いた。エスカミリオ役を演じたのは東京バレエ団の柄本弾。力強いジャンプなどで、ホセとは対照的な男の魅力をアピールして遜色がなかった。また木村和夫も、いかめしい態度で高飛車に出るオフィサー役を好演した。けれど、日本人ダンサーで最も光っていたのは「M」役の高木綾だった。マッツ・エック特有の舞踊言語を体得したようで、深く体を反らし、重心を下に移動しての複雑な振りもしなやかにこなした。また、死とミカエラと母の演じ分けもスムースだった。

他のダンサーたちも、勢い良くステップを踏み、走り、エネルギッシュに演じていた。また、葉巻工場の女工たちや、兵士たち、盗人仲間や闘牛場の群集が織り成すシーンには、どこか"現代"が投影されているように感じた。東京バレエ団はアロンソ版の『カルメン』を既にレパートリーに入れているが、強烈なインパクトを持つエック版も取り上げて欲しいと思う。なお、『カルメン』に先立ち『エチュード』が上演されたが、踊り込んでいるだけに、手慣れた展開だった。ただ、きれいに揃っていた女性陣に比べ、男性陣がそろわなかった所が見られたのが惜しまれる。
(2013年11月14日 東京文化会館)

「エチュード」上野水香、梅澤紘貴、松野乃知 Photo:Kiyonori Hasegawa

Photo:Kiyonori Hasegawa

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