ル・コルビュジエの理想をダンスで伝えた『小さな家』

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子
text by Mieko Sasaki

新国立劇場2013/2014シーズン ダンス

中村恩恵×首藤康之 Aプログラム:『小さな家 UNE PETITE MAISON』;Bプログラム:『Shakespeare THE SONNETS』

新国立劇場の2013/14シーズンのダンスのオープニングを飾ったのは、中村恩恵×首藤康之による新作『小さな家 UNE PETITE MAISON』の初演と、同劇場で2011年に初演して高い評価を得た『Shakespeare THE SONNETS』の再演。二人は2009年に初めて共演して以来、刺激的な作品を発表し続けているだけに、今回も注目されていた。

Aプログラムの『小さな家 UNE PETITE MAISON』は、装飾性よりも機能性や合理性を追求し、大規模な都市設計も手掛けた「近代建築の父」として知られる建築家ル・コルビュジエの"最小限住宅"という理念に触発され、その人生や建築との取り組みを掘り下げようとしたもの。上演時間は約65分。この作品のタイトルにもなっている「小さな家」とは、ル・コルビュジエが、両親の終(つい)の棲家としてスイス・レマン湖の畔に建てたわずか18坪の白い家のこと。だが、究極の"最小限住宅"は、晩年、地中海に臨む南仏のカップ・マルタンに愛妻と住むために建てた8畳ほどの「休暇小屋」に象徴されているようで、彼はそこの住み心地を最高だと語り、実際、そこで最期を迎えた。

『小さな家 UNE PETITE MAISON』撮影/鹿摩隆司

『小さな家 UNE PETITE MAISON』
撮影/鹿摩隆司

最初、首藤と中村は現代の建築家の夫とその妻として登場するが、ル・コルビュジエとその妻イヴォンヌになり、中村はさらに彼の年老いた母も演じるという重層的な構造で、ル・コルビュジエの生きた世界が様々な視点から回顧的に描かれた。こうした構成に極めて効果的だったのが、舞台に置かれた白い巨大なボックス型の家。余分なものをそぎ落としたデザインで、ドアや窓は付いていたが、壁のない面があり、室内での夫婦の様子も見えるようになっていた。この"小さな家"は、作業着の男たちの手で前方に後方に、左へ右へと絶え間なく動かされ、また表から裏へぐるりと回されもしたが、動かされるたびに首藤と中村が異なる様相を見せるので、一時も目が離せなかった。さらに、家の外壁はスクリーンとしても活用され、記念となる年号や場所が表示され、ル・コルビュジエの代表的な建築物も投影されたが、ル・コルビュジエのデザインの変遷だけでなく、例えば戦争による当時の緊迫した社会状況なども伝えるよう工夫されていた。紹介されたのは「小さな家」や「休暇小屋」をはじめ、ピロティや屋上庭園などを採り入れたサヴォア邸、マルセイユの集合住宅、カニの甲羅をかたどったユニークなロンシャンの礼拝堂など。いずれもル・コルビュジエが考案した、人体の寸法と黄金比から割り出した数値を建築の基準にする「モデュロール」に依っているそうで、ここにも中村と首藤の意図がうかがえる。

構成・演出・美術原案は中村と首藤の共同だが、振付は中村。その中村は、現代の建築家の妻やイヴォンヌの役では夫に寄り添うように明るく愛らしく振る舞い、対照的に母親の役では峻厳な表情になり、座っているだけで存在感を感じさせるなど、わずかな仕草や身体の動きで豊かに演じ分けたのには感心した。ソロでは内面の葛藤を吐き出すように、厳しく激しく踊ったのが強烈な印象を残した。首藤はコルビュジエの言葉を語ったり、「モデュロール」のデモンストレーションでもあるのか、しきりにメジャーで寸法を測ったり、腕や肘や手など身体のパーツの写真を投影したりして、自身の建築の世界にのめり込んでいく様を伝えていた。首藤のソロは、パワーに訴えるような踊りではなく、研ぎ澄ました動きで精神性を表出していた。時に微笑みを誘うようなコミカルな描写もあったが、心に残るのは折々の二人のデュエット。心のすれ違いを感じさせるようなものもあれば、互いに慈しみ合い溶け合うものもあり、そこに夫婦の来し方が凝縮されていたようで感慨深かった。窓からのぞく二人の顔を見せたまま、"小さな家"が奥のほうに遠ざかる最後は、心地よい余韻を残した。低音を響かせたディルク・P・ハウブリッヒの音楽も効果的だった。
(3013年10月4日 新国立劇場中劇場)

『小さな家 UNE PETITE MAISON』撮影/鹿摩隆司

『小さな家 UNE PETITE MAISON』
撮影/鹿摩隆司

『Shakespeare THE SONNETS』撮影/鹿摩隆司

『Shakespeare THE SONNETS』
撮影/鹿摩隆司

『Shakespeare THE SONNETS』撮影/鹿摩隆司

『Shakespeare THE SONNETS』
撮影/鹿摩隆司

Bプログラムの『Shakespeare THE SONNETS』は、シェイクスピアの詩集「ソネット集」を題材に、彼が創造した作品の世界や人物を通じて人間のあり様や愛の姿を探る作品。下手に執筆用のデスク、奥にロウソクを灯した三面鏡、その横の方に洋裁で用いられるボディーを置いただけの簡素な暗いステージで、全三場が手際よく進められた。それぞれの場の冒頭で首藤がシェイクスピア自身を思わせる詩人として登場して詩集の一節を読み、続いて、様々なキャラクターとその関係性がダンスで綴られた。首藤は詩集で描かれる美青年や戯曲の中のオテロやパックに、中村は詩集の美青年やダークレディのほか、ジュリエットにもデズデモーナにも扮してみせた。最初の場では、ロメオになった首藤とジュリエットの中村が仲睦まじく踊ったかと思うと、次には美青年と彼を誘惑するダークレディになって、秘密めいたダンスを交歓してみせた。

二場では、顔を黒く塗ってオテロに扮した首藤がデズデモーナの中村と組んで踊り、いたずら者のパックとなって、快活におどけたようにステップを踏むと、中村は媚薬をふりかけられたタイターニアになり、人形のボディーをロバに見立てて抱き付きつくといった具合。さらに首藤は、ばら撒かれた金を拾い集める強欲なシャイロックにもなってみせた。とても分かりやすい描写だったが、やや型通りという気もした。三場では、首藤と中村が同じカツラ、同じ衣裳で美青年を演じ、同じ振りを踊ると、尋常ならぬ雰囲気が醸し出され、緊張感を漂わせた。やがて二人はカツラや衣裳を脱いで素の「男」と「女」になったようで、首藤が思索するふうに佇み、中村が奥の三面鏡を閉じて、闇に包まれるようにして舞台は終わった。シェイクスピアの多面性を盛り込んだ、想像力を刺激する作品だった。
(2013年10月9日、新国立劇場中劇場)

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