ノイマイヤーの『ダイアローグ』などで強烈な個性を放ったヴィシニョーワ

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子
text by Mieko Sasaki

【Program A】 "Dialogue" by John Neumeier, etc
【Program B】 "Carmen" by Alberto Alonso, etc

【Aプロ】『ダイアローグ』ジョン・ノイマイヤー振付ほか
【Bプロ】『カルメン』アルベルト・アロンソ振付ほか

ロシア・バレエの殿堂、マリインスキー・バレエのトップ・プリマとして、またアメリカン・バレエ・シアター(ABT)のプリンシパルとして、まさに世界を股にかけて活躍するディアナ・ヴィシニョーワ。古典バレエのほか、近年は精力的に現代作品と取り組んでおり、プレルジョカージュやドゥアトらの斬新な作品を踊っている。そんな進境著しいヴィシニョーワが、自ら《ディアナ・ヴィシニョーワ ―華麗なる世界》と銘打ったプロジェクトを企画した。マリインスキー・バレエやABTをはじめ、パリ・オペラ座バレエ団やハンブルク・バレエ、ニューヨーク・シティ・バレエ(NYCT)などから今が旬のダンサーを招き、古典から現代作品まで多彩な演目を上演したが、自身が踊ったのはノイマイヤーに委嘱した最新作など現代の作品だった。

【Aプログラム】
思いがけず素敵なプロローグが用意されていた。スポットライトの中にヴィシニョーワの姿が浮かび上がると、他のダンサーたちが次々に登場し、彼女と踊ったり、ペアを組むもの同士で踊ったりと入れ替わった。女性は黒のレオタード、男性はタイツやハーフパンツといったシンプルな出で立ち。マルセロ・ゴメスの振付けによる、出演者の顔見世のような洒落た演出だった。
第1部の幕開けは、ハンブルク・バレエのエレーヌ・ブシェとティアゴ・ボァディンによるノイマイヤーの『オテロ』。白いワンピースのデズデモナ役のブシェと、腰に白い布を巻いただけのオテロ役のボァディンが、互いを慈しむように静謐にデュエットを紡いでいく。オテロが腰の布を解いてデズデモナの腰に巻き付け、その首に手をかける所で暗転する最後は、この物語の悲劇的結末を暗示していた。
続いては、パリ・オペラ座バレエ団のメラニー・ユレルとマチアス・エイマンによる『コッペリア』。ケガで休んだエイマンが、軽やかなジャンプや回転技で復帰を果たしていたのが嬉しい。プティの『失われた時を求めて』より"モレルとサン・ルー"を踊ったのはABTのマルセロ・ゴメスとデヴィッド・ホールバーグ。黒い髪のゴメスと金髪のホールバーグが脚をからめ、抱き合い、はじき合い、肉感的な男性デュオを繰り広げていったが、退廃的な雰囲気は今一つに思えた。
NYCBのペアは『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』を踊った。アシュレイ・ボーダーの強靭なフェッテや、ホアキン・デ・ルースの軸足で跳躍しながらのピルエットなど、二人のテクニックには驚かされた。全体に、キビキビとした、何ともスピード感溢れる演技だった。これが本家のバランシンなのだろう。

第2部は、今回、最も注目された、ヴィシニョーワが自らノイマイヤーに委嘱した『ダイアローグ』(2011年)。スペインの作曲家モンポウの「ショパンの主題による変奏曲」を用い、男女の"対話"を描写した30分ほどの作品で、2013年、彼女にロシアで最も権威があるという舞台芸術賞「ゴールデン・マスク賞」をもたらすきっかけになったものだ。パートナーは初演時と同じハンブルク・バレエのボァディンが務めた。後方には黒い壁のようなパネルが2枚、手前にはイスが2脚、そして下手奥にはピアノが置かれただけのシンプルな舞台。赤いワンピースの女と黒いシャツとパンツの男が、互いに寄り添ったり突き放したり、抱きかかえたり、もがきあったりと、一瞬一瞬で変化し、次第に激しさを増していく感情を、身体言語を駆使して表現した。ヴィシニョーワは、男に抱えられながら足先をフレックスにして反発し、手足をバタつかせて抵抗し、一方で心の内と体の動きの不一致も滲ませるなど、微妙に揺れる感情を細やかに表現した。ボァディンは、せわしなく動き回り、イスを倒し、時には床を踏み鳴らし、強く女に迫りながら、逡巡する心をストレートに伝えた。ともあれ、ヴィシニョーワとボァディンという二人の強烈な個性のぶつかり合いが、ドラマを息づかせていた。

『ダイアローグ』ディアナ・ヴィシニョーワ、ティアゴ・ボァディン photo:KiyonoriHasegawa

『ダイアローグ』photo:KiyonoriHasegawa

第3部は『ドン・キホーテ』で始まる予定だったが、デ・ルースが脚を痛めたため、代わりにボーダーがバランシンの『フー・ケアーズ』のソロを、拍を刻むように元気に踊った。次はエイマンが、ヌレエフがバイロンの詩劇をチャイコフスキーの音楽を用いて舞踊化した『マンフレッド』を踊った。美しいアラベスクや複雑な跳躍を優雅にこなしながら、心の葛藤にさいなまされ、精神力が尽きて行く様を、床に倒れて転がる最後まで、緊張感を途切らすことなく演じきった。『ジュエルズ』より"ダイヤモンド"を踊ったのは、ブシェとホールバーグ。端正に優雅に踊ってはいたが、それぞれの持ち味はやや異質に感じた。
締めはヴィシニョーワとゴメスによる『オネーギン』より第3幕の別れを描いたパ・ド・ドゥ。ヴィシニョーワは女盛りの美しいタチヤーナで、オネーギンの手紙で再燃した情熱を鎮めようとする自分と、抑えきれないとする自分のせめぎ合いを全身で表現。ゴメスは白髪交じりでない若々しいオネーギンで、自尊心をかなぐり捨ててタチヤーナにすがった。アクロバティックなリフトも鮮やかにこなし、加熱していく踊りには息を呑んだが、タチヤーナがオネーギンの手紙を破いて返すシーンは唐突に映った。二人が演じたタチヤーナとオネーギンは、いろいろな人生経験を味わったとは思えない、若い時のままに見えたので、年を経た二人の再会に自ずと滲む人生の悲哀を感じるには至らなかった。フィナーレもゴメスの振付で、ピアソラのタンゴにのせて、女性陣、男性陣が踊ったのに続き、ペアで小技を披露するなど、楽しめるショーに仕上がっていた。
(2013年8月18日 ゆうぽうとホール)

『オネーギン』ディアナ・ヴィシニョーワ、マルセロ・ゴメス photo:KiyonoriHasegawa

『オネーギン』photo:KiyonoriHasegawa

【Bプログラム】
ここでもマルセロ・ゴメス振付のプロローグが上演された。Aプロと同じ内容だが、出演者が増えたりしたため、少し変更されていたが、この後、どんなステージが展開されるか期待させた。
第1部の最初に登場したのはメラニー・ユレルとマチアス・エイマンで、演目は、高度な技が散りばめられたマルティネスの『ドリーブ組曲』。エイマンはそんな技をおおらかに、優雅にこなして余裕をみせた。東京バレエ団の上野水香はマリインスキー・バレエのイーゴリ・コルプと組み、プティの『レダと白鳥』を踊った。ギリシャ神話の最高神ゼウスが白鳥に姿を変え、スパルタの王の妻レダを誘惑する物語。コルプは腕の動きで白鳥を模したりしたが、動物的な仕草の中にも威厳を示し、独得の妖しさを放っていて、まさに適役と思えた。上野はいかにも楚々としたレダで、ゼウスに対する心の変化が今一つ伝わってこなかった。
アシュレイ・ボーダーとホアキン・デ・ルースは『タランテラ』を踊った。タンバリンを鳴らしながら、交替で、また掛け合いで、難しい技が織り込まれた踊りを急速なテンポに乗って溌剌と展開していった。アシュトンの『精霊の踊り』を踊ったのはデヴィッド・ホールバーグ。白いタイツだけで上半身裸で佇む姿は彫刻のよう。柔らかい身体を操り、静かなエネルギーを湛えた抒情的な踊りを見せた。エレーヌ・ブシェとティアゴ・ボァディンはノイマイヤーの『真夏の夜の夢』の結婚式の場面を踊った。白く輝くような衣裳で身を飾り、うやうやしくお辞儀をし、静謐な雰囲気の中で展開されたデュエットは一篇の美しい詩のように綴られた。

第2部はヴィシニョーワがタイトルロールを踊るアルベルト・アロンソ振付の『カルメン』(組曲版)。ゴメス、コルプ、東京バレエ団のダンサーが共演した。前半は真っ赤なレースのミニドレス、後半は黒のドレスで登場したヴィシニョーワは、床を突き刺すようにポアントし、つま先に意志の強さを誇示するように高々と脚を振り上げ、艶めかしく品を作り、制覇できない男はいないというふうに演じた。ホセ役のゴメスは、魅入られたようにカルメンに従い、翻弄される様が切なくみえた。彼女を抱きかかえるようにして刺したのも印象的だった。エスカミリオ役のコルプは気取ったポーズも板についており、闘牛の身振りをまねたジャンプなど、卒のない演技。カルメンがホセとエスカミリオとそれぞれ踊るデュオのコントラストも効いていた。ともあれ、ヴィシニョーワの華麗で強靭なパワーが全開したようなパフォーマンスだった。

第3部は、ユレルとエイマンの『眠れる森の美女』(ヌレエフ版)第3幕のパ・ド・ドゥで始まった。ユレルは今一つ調子にのれなかったようだが、エイマンはエレガントな王子そのもので、空中で背を反らしてのマネージュを美しくこなし、模範的といえるような演技をみせた。プティの『チーク・トゥ・チーク』では、ハイヒールを履いた上野が、ベテランのルイジ・ボニーノのおどけたような巧みなリードで、小粋に踊った。

『カルメン』ディアナ・ヴィシニョーワ、マルセロ・ゴメス photo:KiyonoriHasegawa

『カルメン』photo:KiyonoriHasegawa

続いてはノイマイヤーの『ナウ・アンド・ゼン』。赤いレオタードに赤い靴下のアスリートのような衣裳のボァディンが、青いユニタードのブシェと絡み、一筋縄ではいかない緊迫した男女のドラマを濃密に紡いでみせた。『真夏の夜の夢』の演技とのあまりの落差に驚かされた。ボーダーとデ・ルースのペアはワイノーネンの『パリの炎』。ダブルを入れても全く乱れないボーダーのフェッテや、デ・ルースの力強いジャンプと確かな着地に変化をつけた回転技など、超絶技巧をものともせず難なくこなしてみせた。

『椿姫』ディアナ・ヴィシニョーワ、マルセロ・ゴメス photo:KiyonoriHasegawa

『椿姫』photo:KiyonoriHasegawa

締めくくりはヴィシニョーワとゴメスで、ノイマイヤーの『椿姫』第3幕の、病身のマルグリットがアルマンを訪ねる場面のパ・ド・ドゥを踊った。最初は、わだかまりが解けなかった二人だが、いったん情熱に火が付くや、すべてをかなぐり捨てて相手を求める様が、激しいリフトや床を転げる演技で描写された。ゴメスは狂おしい気持ちを相手にぶつけていたが、ヴィシニョーワには、意識したのか病身という儚さが希薄だったように映った。繰り返される荒々しいリフトに臨む時の、タイミングを合せようとるす合図のような息遣いが気になりはしたが、それだけに高揚感ももたらした。フィナーレはAプロの時とほぼ同じスタイル。皆がレオタードなどカジュアルな衣裳だったのに対し、最後にボニーノがタキシード姿で現れるという趣向。センスの良いフィナーレだった。こうして《ディアナ・ヴィシニョーワ ―華麗なる世界》は幕を閉じた。多彩な逸材を集め、ヴァラエティに富んだ演目を並べた公演に、彼女の手腕がうかがえた。終わってみると、改めてヴィシニョーワの並外れた個性を感じずにはいられない。作品が何であれ、相手が誰であれ、自分を貫き通してしまう強さを感じたのである。
(2013年8月22日 ゆうぽうとホール)

ページの先頭へ戻る