熊川哲也と英国気鋭の振付家 リアム・スカーレットが新作を同時世界初演

ワールドレポート/東京

関口 紘一
text by Koichi Sekiguchi

K-BALLET COMPANY

『ベートーヴェン 第九』熊川哲也:演出・振付、
『Simple Symphony』(世界初演)熊川哲也:振付、
『Promenade Sentimentale』(世界初演)リアム・スカーレット:振付・衣裳デザイン

K バレエ カンパニーの熊川哲也の新作『Simple Symphony』(音楽:ベンジャミン・ブリテン)、英国ロイヤル・バレエ団の新進気鋭の振付家、リアム・スカーレットの新作『Promenade Sentimentale』(音楽:クロード・ドビュッシー)、そして熊川が振付に手を加えたという『ベートーヴェン 第九』を観た。私はリアムには関心を持っていたので、その新作が見られるということで、このプログラムは嬉しかった。

余談になるが、英国ロイヤル・バレエ団では、創設者のニネット・ド・ヴァロワのもとからアシュトン、マクミランが現れ、それに続いてピーター・ライト、デイヴィッド・ビントレーが活躍し、さらにはクリストファー・ウィールドン、そしてこのリアム・スカーレットはロイヤル・バレエ団のファースト・アーティストとして踊りながら、20代前半の若さで振付の才能を認められ、英国バレエ関係者の大きな期待をになっている。しかし私たちには、優れてクリエイティブなプロパーの振付家に、未だ恵まれない。クラシック・バレエ受容の歴史を比べれば、時代的にはそれほど遅れをとっているわけでは決してないのに。
もっとも私たちのような実作の舞踊家ではない、研究、評論に携わっている者がいたずらにスター性をあげつらい、コレクションをバレエの品質と勘違いしているばかりで、こうした疑問に一向に気付こうとしないことのほうが、もっと重大かつ深刻な問題である。
ビントレーは言った。「私はすぐ身近にアシュトンやマクミランがいる環境に恵まれて幸せだった」と。つまりその伝でいえば、私たちはバレエのじつに貧しい環境にいることになる。
そうした環境を改善する希望を与えてくれるのが、Kバレエカンパニーの存在である。現に、リアム・スカーレットの新作を熊川の新作と同時に世界初演するプログラムを組んでくれた、と私は喜んだわけだ。

「ベートーヴェン 第九」撮影/瀬戸秀美

「ベートーヴェン 第九」撮影/瀬戸秀美

まず、熊川哲也振付の『Simple Symphony』が上演された。英国の最も著名といっても良い音楽家、ベンジャミン・ブリテンの同名の曲に振付けている。ブリテンは周知のように『パゴダの王子』の作曲家であり、今年、生誕100年を迎えて種々のイベントも行われた。また、能の『隅田川』に触発されてオペラ『カーリュー・リヴァー』を作曲しているなど、日本とも関わりがある。『Simple Symphony』は、早熟の天才的音楽家が少年時代に抱いた曲想を、20歳の頃に完成させた曲だという。4楽章の構成で、第1楽章がブーレ(舞曲)、第2楽章がピチカート、第3楽章サラバンド(舞曲)、愛4楽章フィナーレとなっている。
熊川は、この4楽章構成のシンフォニーを荒井祐子/西野隼人、日向智子/佐々部佳代、橋本直樹/伊坂文月という3組のカップルにより振付けた。
背景には赤の濃淡を加えたレンガ色を基調とした三角形を変則的に組み合わせた幾何学模様を配し、「3」という奇数を活かしたシンメトリーのフォーメーションを巧みに変幻させ、3組のカップルを活き活きと踊らせた。女性は深いグリーンをあしらった黒いチュチュとダークグリーンのトップ、男性は黒い総タイツという衣裳も洒脱で、抽象的で静止した図形と有機的な動く衣裳の色彩感覚が、じつに良くマッチしていた。作曲者の若さを映したかのように、軽快な舞曲やピチカートのリズムにのせたダンスには爽快感が感じられ、明るくおおらかでピュアな美しさを表わした楽想を、軽いスタッカートの動きを構成し、清潔な抒情性を漂わせたダンスによって見事に表わしていた。(舞台美術デザイン/鈴木俊朗、衣裳デザイン/前田文子)

「Simple Symphony」撮影/瀬戸秀美

「Simple Symphony」撮影/瀬戸秀美

「Simple Symphony」撮影/瀬戸秀美

「Simple Symphony」撮影/瀬戸秀美

一方、熊川作品とは異なったテイストのダンスを、という注文がつけられたリアム・スカーレットの『Promenade Sentimentale』は、クロード・ドビュッシーの『小組曲』と『ベルガマスク組曲』を使って振付けられた。『小組曲』からは「小舟にて」「行列」「バレエ」、『ベルガマスク組曲』から「パスピエ」と「月の光」が選ばれ、振付家により編成されている。
オープニングからして流れるように優美な情感が溢れるシーンが踊られた。こちらも神戸里奈/宮尾俊太郎、白石あゆ美/遅沢佑介を中心に、カップルにより踊られる。装置はないが、濃密な濃い紫がかったほのかな光に満たされたような空間に、振付家自身のデザインによる淡い藤色の色調の衣裳を纏ったカップルが踊る。品の良いセンスである。
ドビュッシーのメロディとゆったりとした動きが、調和して流麗なアンサンブルを織り成す。水彩画のような軽い筆使いのタッチで描いているが、じつはそこには秘められた激しい情熱が密かに燃えているようにも感じられる作品だった。とりわけ、神戸と宮尾のスクリーンに光を映して踊る「月の光」が美しかった。女性の脚を大きく上げるリフトが全体の流れにアクセントを付けていた。ラストもあまりスピード感や凝ったこれ見よがしの技巧に走らず、花畑の花がそよぐような柔らかく魅力的なアンサンブル。夢幻のなかで美しさに酔いしれているかのように、時間を忘れれさせるひと時だった。K バレエ カンパニーのレパートリーに新しい花園が一つ加わった。

「Promenade Sentimentale」撮影/瀬戸秀美

「Promenade Sentimentale」撮影/瀬戸秀美

「Promenade Sentimentale」撮影/瀬戸秀美

「Promenade Sentimentale」撮影/瀬戸秀美

『ベートーヴェン 第九』はバラエティに富んだ4楽章構成。第1楽章の男性ダンサーによる、地下の脈動、第2楽章の海のからの創世では女性ダンサーによる生命が誕生する以前の有機的な組成、第3楽章生命の誕生では命が生まれるドラマ、第4楽章母なる星では命が継続発展していくことの歓びを、活力に満ちた合唱と歌曲とともに描いている。そして熊川のダイナミックなダンスが、歓喜のドラマを締めくくった。
(2013年4月11日 Bunkamura オーチャードホール)

「ベートーヴェン 第九」撮影/瀬戸秀美

「ベートーヴェン 第九」撮影/瀬戸秀美

「ベートーヴェン 第九」撮影/瀬戸秀美

「ベートーヴェン 第九」撮影/瀬戸秀美

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