「中国の役人」になりきって木村和夫が好演、踊り納めになるのが惜しまれる

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子
text by Mieko Sasaki

東京バレエ団

「ベジャール・ガラ」『ドン・ジョヴァンニ』『中国の不思議な役人』『ギリシャの踊り』モーリス・ベジャール:振付

東京バレエ団が、〈モーリス・ベジャール没後5周年記念シリーズ〉の第2弾として、年末の『くるみ割り人形』に続き、〈ベジャール・ガラ〉を2日にわたって行った。記念の年にかかわらず、同バレエ団はしばしばベジャール作品を取り上げている。この偉大な振付家の作品を継承し、若い世代に伝えることは、ベジャールから直接指導を受けた日本で唯一のバレエ団としての責務でもあるからだろう。3演目からなる今回の公演は、『中国の不思議な役人』と『ギリシャの踊り』のほか、初日は『火の鳥』、2日目は『ドン・ジョヴァンニ』を組み合わせたものだった。その2日目の公演を観た。

最初の演目は『ドン・ジョヴァンニ』。モーツアルトの同名のオペラから「奥様お手をどうぞ」を主題にしたショパンの変奏曲にのせて、ドン・ファンの気を引こうと、ピンクの稽古着の女性ダンサーたちが、自分の魅力をアピールして張り合う様をユーモラスに活写した作品だが、なぜかシルフィード(吉川留衣)が何度かステージを横切るという不思議な構成。男は実際には現れず、照明や椅子によって暗示されるだけだが、最後に梯子を持った裏方が舞台を横切り、彼女たちをがっかりさせるというオチつき。弾けるような音楽に合わせて、乾友子や奈良春夏、渡辺理恵らが、悩ましげにポーズを取り、高く脚を振り上げ、品を作るなど、切れのよい踊りが楽しめた。

『中国の不思議な役人』は、グロテスクなパントマイムのためにバルトークが作曲した音楽に基づき、フリッツ・ラングの『M』の映像世界を採り入れてバレエ化された。娘に寄ってくる男たちから金品を奪い取る無頼漢らの世界を、刺されても首吊りにされても、蘇っては娘を求める中国の役人に焦点を当てて描いた作品である。男を誘う無頼漢の娘を女装の男性に、餌食にされる2番目の男を男装の女性に演じさせることで、ベジャールは底知れぬ魔窟の世界をほのめかしているようにも思う。けれど一方で、後半に黒い下着姿の女性の一群を入り込ませ、艶めかしく肢体を操ってセクシーに踊るシーンを挿入してもいる。

東京バレエ団〈ベジャール・ガラ〉 「ドン・ジョヴァンニ」渡辺理恵 Photo:Kiyonori Hasegawa

「ドン・ジョヴァンニ」
Photo:Kiyonori Hasegawa

これは倒錯の世界の裏返しなのだろうか。舞台は、無頼漢の首領の森川芙央が率いる仲間たちの荒々しい群舞で始まった。第二の無頼漢の「娘」を演じたのは小笠原亮。マスキュリンな感じはせず、太ももも露わに力の備わった妖艶さで、全体を通して存在感を示した。柄本弾が演じた最初の犠牲者は、英雄のイメージもあるジークフリートという名だが、いとも簡単に料理された。毛皮のパンツとレッグウォーマーだけの場違いの恰好で現れたのは、無知で無防備な状態を表すものだったのか。

東京バレエ団〈ベジャール・ガラ〉 「中国の不思議な役人」木村和夫 Photo:Kiyonori Hasegawa

「中国の不思議な役人」Photo:Kiyonori Hasegawa

圧巻は、木村和夫が演じた中国の役人。顔には感情を出さないが、瞳は虚ろなようでいて不気味な情念を湛えていたように見えた。体を硬直させたまま飛び跳ね、首領と対峙し、手下たちに抑えられても屈せず、執拗に娘を求める執念の深さで、娘を観念させた。娘とのバトルの描写は実にあからさまだったが、これを木村と小笠原は緊迫感を途切らすことなく演じ切った。役人が娘のカツラの上に身を横たえて果てる最後は、ニジンスキーの『牧神の午後』のラストにダブってみえた。
なお、木村は今回でこの役を踊り納めにした。前日の公演では『火の鳥』のタイトルロールを踊り納めにしている。まだ演じられそうで惜しいと思うが、本人の意志なのだろう。だが、最後だからといって変な力みは感じさせず、むしろ、役になりきった誠実な演技が際立っていた。

最後は『ギリシャの踊り』。潮騒の音と明るいブルーの背景が波打ち際を思わせる舞台で、白いパンツの男性ダンサーと黒のレオタードの女性ダンサーによる、波を模した整然とした群舞で幕を開けた。バックは黒い幕で閉じられるが、お馴染みのテオドラキスの懐かしさを感じさせる音楽に乗せて、多彩なダンスが繰り広げられた。エネルギーを発散させた後藤晴雄のソロや、瑞々しい宮本祐宜と岡崎隼也のパ・ド・ドゥ、小出領子と梅澤紘貴の表情豊かで親密なパ・ド・ドゥと、対照的にクラシカルな上野水香と高岸直樹の堂々としたパサヒコなどなど。多少、手慣れた感もあったが、明るく爽やかに公演を締めくくった。
(2013年1月20日 東京文化会館)

東京バレエ団〈ベジャール・ガラ〉 「中国の不思議な役人」小笠原亮、木村和夫、森川茉央 Photo:Kiyonori Hasegawa

「中国の不思議な役人」Photo:Kiyonori Hasegawa

東京バレエ団〈ベジャール・ガラ〉 「ギリシャの踊り」後藤晴雄 Photo:Kiyonori Hasegawa

「ギリシャの踊り」Photo:Kiyonori Hasegawa

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