今年はいくつかの『くるみ割り人形』のニュー・プロダクションが登場して、いっそう賑やかなクリスマスになった

ワールドレポート/東京

関口 紘一
text by Koichi Sekiguchi

『くるみ割り人形』

スターダンサーズ・バレエ団、小林紀子バレエ・シアター、NBAバレエ団、牧阿佐美バレヱ団

鈴木稔:演出・振付、スターダンサーズ・バレエ団『くるみ割り人形』

スターダンサーズ・バレエ団の『くるみ割り人形』は、鈴木稔の新振付による新作。オープニングはクララ一家のツリーを飾り付けるシーンだった。クララは姉と弟がいる3兄弟の真ん中だ。ツリーの飾り付けが終わると一家みんなで外に出かける。広場では賑やかなクリスマス・マーケットに人々が集まっている。するとドロッセルマイヤーがやってきて、手品を見せたり子供たちの人気を集める。やがて大きな屋台が登場し、吊り人形劇が始まる。ドロッセルマイヤーが、クララが持っていた女の子の人形を借りてくるみ割り人形と二人の芝居始める。そして芝居が終わるとクララにくるみ割り人形のほうを返す。クララは驚いて芝居の中に自分の人形を探しに入る。そこにはいろいろな人形たちがネズミに捉えられ吊されていた。ネズミが姿を消した時、クララはすべての人形の吊り糸を切って解放する。するとネズミたちが戻って人形たちを捉えようとするが、くるみ割り人形がおもちゃの兵隊を集めて闘う。クララがくるみ割り人形のピンチを助けると、くるみ割り人形が変身して美しい王子になる。

王子とクララは、解放された人形たちと屋台に乗って雪の国に行き、雪の精たちの歓迎を受けて人形たちの王国へと向かう。
人形の王国では、王子の帰還と人形たちの解放を手助けしたクララを歓迎する宴が開かれ、様々のデヴェルティスマンが踊られる。
宴が終わるとクララは「そうだ、家にからなければ]とわれに返る。パパもママもお姉さんも弟も待っているはず。王子や人形たちと別れて、家に戻るとパパもママもお姉さんも弟も喜んで、いよいよクリスマスパーティが始まる。するとドロッセルマイヤーがクララにあの女の子の人形を返してくれる。クララは懐かしい人形を抱きしめるのだが......。

スターダンサーズ・バレエ団『くるみ割り人形』 (c)A.I Co.,Ltd.

(c)A.I Co.,Ltd.

クララを大人と子供の間の、大人でも子供でもないところにいる女の子に設定し、理にかなった物語展開とダンスの構成は見事。ダンサーたちも物語展開を良く理解して、しっかりと踊っていた。特にクララの林ゆりえは、活き活きと踊って良かったし、女の子が成長していく身体表現もうまく表わしていた。
話の設定をクリスマス・マーケットにしたことは素晴らしいアイディアだった。ちょっと『ペトルーシュカ』風の雰囲気となって、ミステリアスな展開にもなるし、話自体にも解放感があって、子供たちにも興味が沸くのではないだろうか。
(2012年12月24日 テアトロ・ジーリオ・ショウワ)

スターダンサーズ・バレエ団『くるみ割り人形』 (c)A.I Co.,Ltd.

(c)A.I Co.,Ltd.

スターダンサーズ・バレエ団『くるみ割り人形』(c)A.I Co.,Ltd.

(c)A.I Co.,Ltd.

小林紀子:振付・プロダクション(プティパに基づく)、小林紀子バレエ・シアター『くるみ割り人形』
小林紀子バレエ・シアターの『くるみ割り人形』は、カンパニー創立40周年を記念して、小林紀子自身が新たに振付け演出した。非常にオーソドックスな改訂で、ドロッセルマイヤーがクララの夢を使って物語全体を演出して、王子をネズミの呪いから解放し、本来の姿を取り戻すことに成功する、というもの。ドロッセルマイヤーはカーテンコールまで、しきりにガッツをして、その点を強調していた。
小林紀子の演出、振付は非常に丁寧で、表現すべき点も妥当なものだった。まさに数ある『くるみ割り人形』の王道を行くプロダクションである。ただ、バランスや表現のクオリティを気にしてだろうか、効果的に表したいポイントがよくみえないところもあった。さまざまに配慮しすぎているのかもしれない。
それにしても金平糖の精を踊った島添亮子の踊りは完璧だった。マクミラン作品などのような屈折した表現を観客に伝えなけらばならない、というしばりから解放されたからか、リラックスした身体が自在に動きピタリと決まる。ゲストに呼ばれ王子を踊ったたミラノ・スカラ座のプリンシパル、アントニーノ・ステラもサポートはほとんど手を添えるだけ。島添が自立して踊ってしまうからだ。ステラも彼女のパーフェクトな踊りには瞠目させられたのではないか。
ステラはアーバンな雰囲気のダンサーで、島添とのコンビネーションも合っていたが、少し表情が不安定だったのが残念だった。 高橋玲子は、雪の女王とアラブの踊りを踊った。彼女も余裕綽々で極めて安定感のある演舞だった。クララの谷川千尋も落ち着いて少女らしい素直さが感じられた。要所要所を小林紀子バレエ・シアターのダンサーがしっかりと踊って、なかなか厚みのある素敵な『くるみ割り人形』に仕上がった。
(2012年12月26日 メルパルクホール)

久保綋一:演出・振付、NBAバレエ団『くるみ割り人形』
NBAバレエ団は『くるみ割り人形』を新たに就任した芸術監督の久保綋一が演出・振付けたヴァージョンとした。美術などは一部以前のものを使っているようだが、やはり、イワノフ版に基づいているので物語には大きな変更はない。ただ、第2幕の金平糖の精とグラン・パ・ド・ドゥを踊るのはカバリエールとなる。物語の全体の流れがじつにスムーズで、観客にも納得のいく展開だった。また何人かの外国人の男性ダンサーが出演していたが、それぞれみんなスタイルがよく才能がありそうだったので期待したい。
くるみ割り人形と王子を踊ったジョン・ヘンリー・リードは、ヒューストン・アカデミーで学び、シンシナティ・バレエやドミニク・ウォルシュ・ダンス・シアターなどでも踊った。ベン・スティーブンス振付の『ペールギユント』の主役も踊っているという。落ち着いた安定感のある踊りで、きちんとパートナーを引き立てていてケレン味がなかった。金平糖の精の峰岸千晶も堂々としっかり踊っていたので、おそらく初めてパートナーを組んだと思うが、安定感がありお互いの良さを引き立てるマナーの良い踊りで好感がもてた。あし笛を踊ったオリバー・フォークスが可愛らしく魅力的だった。
私は上記のキャストしか観られなかったが、3組の金平糖の精とカバリエール、クララと王子が踊った。バレエ団全体のレベルが上がってきているように感じられ、今後に期待が持てる。
(2012年12月15日 なかのZERO 大ホール)

三谷恭三:演出・改訂振付(プティパ/イワノフ版による)、牧阿佐美バレヱ団『くるみ割り人形』

牧阿佐美バレヱ団の『くるみ割り人形』は三谷恭三版だが、私は久しぶりに伊藤友季子が金平糖の精を踊り、菊地研の王子、中台ちよりのクララというキャストで観た。
伊藤友季子の踊りを観るのは久しぶりだったが、以前より力が抜けてゆったりとして見えた。エレガントな感じにもうちょっとだけ柔らかな感じが出てくるといいな、と思った。伊藤友季子にはマーゴット・フォンテーンのような気品があって物語が語れて、しかもスケールの大きな踊り手を目指してほしい。そのような力が備わっているはずだ。
菊地研は安定した踊りでクララを優しく巧みにリードし、伊藤とも見応えのあるグラン・パ・ド・ドゥを踊った。
そしてなによりこのヴァージョンは、美術と照明が素晴らしい。大きくなったクリスマスツリーをそのまま雪の国へとスリップさせ、室内から自然の中へと展開して行くファンタジーを表わす効果を大いに上げた。また、第1幕も良かったが、第2幕の黄金色の光りが、幻想のお菓子の国すべてを包む照明は圧巻だった。観客を、夢の中で天国を眺めているような素晴らしい気持ちにしてくれた。
(2012年12月15日 ゆうぽうとホール)

牧阿佐美バレヱ団『くるみ割り人形』 撮影:山廣康夫

撮影:山廣康夫

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