1年間に450回ほどショーを行いますが、その日に一番美しい『キュリオス』を作ります

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

『キュリオス』アーティスティック・ディレクター:
レイチェル・ランカスター=インタビュー

――イギリスのラバン・センターでダンスを学ばれたそうですが、卒業するとすぐ現場で仕事ができるものですか。

ランカスター もちろん、個人によって違います。トレーニングはカンパニーに入るためのものですが、カンパニーとしてはもっと経験のある人を欲しがります。でもラバン・センターを出たということは、私は、そのスキルを持っていると思っています。

1806kurios09.jpg

開演間近なビッグトップで

――ラバン・センターではダンスそのもの以外にはどんなことを教えているのですか。

ランカスター 通常はバレエやモダンダンスのテクニカルなことを学びますし、コンディショニングのためのサポートといったこと、怪我をどうやって防ぐか、などを学びます。その他にはダンスのソサエティか、ダンスのフィロソフィーです。また、ダンスサイエンス、振付、ラバンの教育法、そういったものを学ぶことができます。

――マネージメントは教えてはいないのですか。


ランカスター ヨーロッパのダンサーは個人事業者ですので、マネージメントは教えていないです。どちらかというとカンパニーのためのビジネスとか、個人をどのようにマネージメントしていくか、といったスキルは教えてくれます。
今、私が関わっているようなチームとか企業といった中でのマネージメントのスキルということになると、私の場合は振付のような個人で学ぶものから始めて、どんどん段階を踏んで3年のうちに20人の人たちとパフォーマンスをしなければならない、というレベルまで上がっていきます。そうやって個人でやっていたものを大きな団体に適応していくようになります。そこでマネージメントを学ぶことになりますね。

1806kurios02.jpg

エアリアル・バイシクル Photo: Pierre Manning / shootstudio.ca © 2014 Cirque du Soleil

――マシュー・ボーンもラバン・センター出身だと思いますが、何もないところから自分のメソッドを作って新作を発表し、世界中をツアーして回るような、ビジネスとしても大きなものを作りましたが、それはラバン・センターとは関係ありますか。

ランカスター ラバンの経験は生きていると思います。ラバンは振付にフォーカスして教える学校なので、私がその学校を選んだ理由もそれです。いろいろな難しいことに挑戦する機会の多い学校なのですが、入学してすぐに何か一つ振付を考えてきなさい、と言う宿題をもらいます。次の日は二つ目の振付を考えてきなさい、と言われます。宿題が多く、自分自身が振付のためにもっと厳しい目でものを見なさい、といったことも教えられます。そうしたことがすごく大変で怖かったこともあるのですが、何度も繰り返すうちに、私と先生だけでなくて最終的には20人になる仲間の中でステップアップしていかなければならない。そういう中でハイレベルなスキルを得ることができました。

――ラバン・センターは卒業しても役に立つ教育を行っているのですね。

ランカスター 他の学校も素晴らしいところはあるのですが、学生時代にいろいろなオーディションを受けた中で、ラバンでの学生との関わり合いや交わり合いの印象がすごく良かったのです。それで他の学校も合格していましたが、私はラバン・センターを選びました。

――卒業後、いろいろなイギリスのカンパニーで踊られていましたが、やはり、マシュー・ボーンのニュー・アドヴェンチャーズが一番良かったですか。

ランカスター 私の好きなカンパニーの一つです。マシューがニュー・アドヴェンチャーズの振付をしており、彼とは学生時代から交流がありました。けれど彼が振付をしていたカンパニーが『スワン・レイク』を制作する時は男性ダンサーしか採用しませんでした。ですから、その時はその演目では働くことはできなかったのですが、その後卒業してから他の人々とも働いて学ぶこともありました。2010年までにマシューと一緒に仕事をすることもできましたが、結局、2011年には、私はカンパニーを去りました。

――友谷真実さんとも一緒でしたか。

ランカスター ええ、もちろん。とても良い友だちです。

――ランカスターさんのインタビューを掲載させていただくWebマガジン「Dance Cube」には、友谷さんも連載してくださっています。

ランカスター ええ、知っていますよ。Dance Cube!

――Dance Cubeを知っていていただいてとても嬉しいです。ありがとうございます。
ニュー・アドヴェンチャーズの作品では、何が一番お好きですか。

ランカスター 難しいですね。『The Car Man』は、初めてクリエーションから関わったということもあって、私は一番好きです。もう一度言いますが、すごく難しい質問ですね。

――私は『The Car Man』の取材に、ロサンゼルスに行きましたが、それはちょうど、2001年9月11日でした。痛ましい事件が起きて、すべての交通機関が止まり、すべての興行が中止になりました。結局、1週間後かもう少し経ってから、ようやく通常に戻り、無事『The Car Man』の取材もできました。

ランカスター そうでしたね、すべてが止まりました。

1806kurios03.jpg

コントーション
Photo: Martin Girard / shootstudio.ca © 2014 Cirque du Soleil

1806kurios04.jpg

バランシング・オン・チェア
Photo: Martin Girard / shootstudio.ca © 2014 Cirque du Soleil

――シルク・ドゥ・ソレイユとはどのようにして出会われたのですか。

ランカスター 私の親友のアンドリュー・コーベットが2008年の『オーヴォ』の制作の時に、アシスタント・アーティスティック・ディレクターになりました。ニュー・アドヴェンチャーズにいた頃は、作品が作られ、その後マシューの手を離れて世界ツアーをする時にコーベットと私がアーティストの統括と調整、ショーの質、テクニカルの部分を一緒に担っていました。私が2011年にカンパニーを辞めた時に彼が電話をしてきて、シルク・ドゥ・ソレイユでシニア・アーティステック・ディレクターをやってくれないか、と誘われました。

―ー信頼されていたのですね。

ランカスター もちろんそれもあるでしょうが、この仕事を得るためにはすごくたくさんの面接をこなさなくてはなりませんでした。最後の面接の時に、スペインでショーをやっていたので、それを見に来なさい、と言われました。ショーを見終わった後、アーティスティック・テントというアーティストがくつろいだり、トレーニングしたりしている空間があって、それを見た時自分が働いていたニュー・アドヴェンチャーズと環境が似ているな、と思いました。人の動きとか交わりとか、見ていて楽しそうでした。そういうところで働きたい、と思いました。

1806kurios05.jpg

エアリアル・ストラップ Photo: Pierre Manning / shootstudio.ca © 2014 Cirque du Soleil

――ニュー・アドヴェンチャーズを辞めた時は、そういったディレクターの仕事をしたいと思っていたのですか。

ランカスター そういうわけではないのですが、もっと小さなカンパニーの仕事にも興味があったし、教えるほうも修士号までとっていましたから。どちらかというと仕事が舞い込んできた、という感じです。最初はアシスタント・アーティスティック・ディレクターを務めました。その時いいな、と思ったのは、マシューと仕事をしている時は、ダンス・キャップだったので、ダンスもマネージメントもやっていましたが、シルク・ドゥ・ソレイユに来たら、マネージメントだけですから、シンプルで良かったです。

――シルク・ドゥ・ソレイユはいろいろなアイディアを素晴らしいショーにしています。これはどのようにしてできるのですか。

ランカスター シルク・ドゥ・ソレイユの作品というのは、初日を迎えるまで約2年間かかります。すごく大きなことになるので、まず初めに行われることはどういう人たちが制作のために雇われるか、ということですが、それは毎回、異なった人たちが選ばれます。例えば『キュリオス』でいえば、ミシェル・ラプリーズが演出家に選ばれました。毎回違う人でないと異なったタイプのショーはできないですからね。セットや照明やコスチュームのデザイナーだったり作曲家だったり、異なったショーを作るために毎回違う人を選びます。
違う人を雇う中でアクロバットのショーだけは同じ人が選ばれます。2年間のクリエーションの中でアクロバットのショーを作るための世界観やコンセプト、アイディアを演出家のミシェル・ラプリーズが説明するところから、すべてがスタートします。

1806kurios06.jpg

カオス・シンクロ(オープニング)Photo: Martin Girard / shootstudio.ca © 2014 Cirque du Soleil

――一体、どのくらいのセクションがあるのでしょうか。

ランカスター クリエーションの時はセクションという括りではなく、一人一人担当を持ちます。オペレーションになるといろいろなセクションになります。例えば、クリエーションの振付の部門は何人かで働くのですが、その一人一人がショーの中のどの部分かに責任を持つのです。チームを組んでショーのどの部分の振付をするか決めて作っていきます。
例えば最初の「カオス・シンクロ1900」というみんなが出てくる賑やかなシーンを担当するコレオグラファーとか、あるいはもっとアクトに焦点を置く人は「バンキン」のコレオグラファーとなる、というふうになっています。

――振付をするときは、キャラクターは決まっているのですか。

ランカスター はい、メインキャラクターは決まっています。細かい動きをだんだん作り上げていきます。クリエーションが終わったらオペレーションに引き渡すのですが、重なっている時期があります。
モントリオールでは通常1月から4月にかけて、クリエーションしたものをビッグトップ(テント劇場)に入れます。その期間はクリエーションが舞台制作のために伝えたいことをオペレーションに伝えます。モントリオールではいつも4月に新作がオープンするのですが、それまではクリエーションチームが関わるということになります。私の仕事は、総合演出家のミシェル・ラプリーズのアイディアをみんなに説明することです。様々な局面でミシェルだったらどう考えるだろうと考えて指示を出します。
日本では海外と違うテントを使っているので、いろいろなものを変えていかなければなりません。そうした中でミシェルだったら、これはどう考えるだろうと推察しながらアーティスティック・ディレクターとして働いています。

1806kurios10.jpg

開演間近なビッグトップで

――大変なお仕事ですね。

ランカスター 確かに大変ですが、でも、マシューと働いていた時も同じようなことがあって、彼はイギリスにいて私がオーストラリアのツアーにいれば、変更したいという時に彼ならどういうふうに考えるかな、といつもやってましたから。そうした経験もありますし、大変ですが大丈夫です。

――シルク・ドゥ・ソレイユの演目を作ること自体がドラマみたいですね。

ランカスター ドラマというと大変なことが起こるという印象がありますが、そういうことはありませんがすごく忙しいのです。しかしとても楽しいです。
例えば今回の日本の公演を行うために、照明や音響なんかも変更を加えなければならかったので、総合演出家のミシェル・ラプリーズもシニア・アーティスティック・ディレクターも日本に来ましたし、他にアーティスティック的に何ができるか、ということをいろいろと細かく決めていたので、大きな仕事でした。

――シルク・ドゥ・ソレイユの舞台のあらゆることが頭に入っていないと務まりませんね。

ランカスター そうです。すべてを知っている必要がありますし、何かを決めるときのために常に自信がなければなりません。このショーのようにすごくキャストの人数が多く、一人一人のキャストによって違いがあります。その人たちになにが必要かということも違いがありますし、1年間に450ショーほど行わなければならない中でその日に一番美しい『キュリオス』を作り出さなければなりません。そのためには自信というものが、どうしても必要となってきます。

1806kurios07.jpg

クララ Photo: Martin Girard / shootstudio.ca © 2014 Cirque du Soleil


――『キュリオス』の池田一葉さんのように、日本人でも何人かシルク・ドゥ・ソレイユのアーティストやダンサーがいますけれど、ダンサーを雇うシステムはどのようになっていますか。

ランカスター 例えば今回、一葉はクララという役になっていますが、通常オーディションはキャスティングのチームがあって、そこが統括して人を雇います。もちろん、アーティスティック・アクロバットのアーティストもいるのですが、ダンサーであればいろいろなバックグランドを持ったダンサーを集めるようにしています。クラウンと呼ばれるピエロなどでもミュージシャンでも同じです。
そしてクララを雇った場合に私がコンタクトしていたのは、ダンスに特化しているアドヴァイザーです。一葉の場合は、ラスベガスで2回ほどオーディションを受けています。その時は特定のキャラクターのためのオーディションではなくて、一般的なシルク・ドゥ・ソレイユのオーディションです。そういうオーディションの場合は、シルク・ドゥ・ソレイユのOKが出れば、アーティストのデータベースに登録されます。彼女の情報もデータベースに入っていたので、キャステングの人たちが見て連絡をし、ビデオを送ってもらいました。今回のクララ役のためにも20人からビデオを送ってもらって、6人まで絞りました。6人でオーディションを行ったのですが、ロシア人とかスペイン人とか、日本人もいました。一葉はすでにダンサーとしてロサンゼルスで活躍していましたが、その後また特定のキャラクターのオーディションを受けてもらい、シルク・ドゥ・ソレイユ初出演となりました。

―ーなるほど、そうした様々な複雑な過程を経て、あのような素晴らしいショーが作られているのですね。シルク・ドゥ・ソレイユを見る目がまた新しくなりました。
本日は開演前のお忙しいところ時間を取っていただきました、ありがとうございました。

1806kurios08.jpg

ニコ
Photo: Martin Girard / shootstudio.ca © 2014 Cirque du Soleil

1806kurios01.jpg

Photo: Martin Girard, Pierre Manning / shootstudio.ca © 2014 Cirque du Soleil

「ダイハツ キュリオス」日本公演

・東京公演 お台場ビッグトップ
 開催中〜7月8日(日)
・大阪公演 中之島ビッグトップ(特設会場)
 7月26日(木)〜10月29日(月)
・名古屋公演 名古屋ビッグトップ(ナゴヤドーム北)
 11月22日(木)〜2019年1月27日(日)
・福岡公演 福岡ビッグトップ(筥崎宮外苑)
 2019年2月15日(金)〜3月31日(日)
・仙台公演 仙台ビッグトップ
 2019年4月〜
http://www.kurios.jp/index.html

ページの先頭へ戻る