バルトークの『かかし王子』を愛の悲喜劇として鮮やかに甦らせた金森穣による『箱入り娘』
- ワールドレポート
- 東京
掲載
ワールドレポート/東京
- 関口 紘一
- text by Koichi Sekiguchi
Noism1 近代童話劇シリーズvol.1
『箱入り娘』金森穣:演出振付
金森穣が率いるNoism1が、ベーラ・バラージュの台本に、ベーラ・バルトークがバレエ音楽を作曲した『かかし王子』に基づいた『箱入り娘』を上演した。これはバラージュの台本を金森がNoism1のメンバーに向けて書き直したオリジナル台本により、近代童話劇と金森が呼ぶシリーズの第1作目。ちなみにバルトークはハンガリーの友人バラージュの台本により、バレエ『かかし王子』とオペラ『青ひげ公の城』を作曲している。またバラージュは、映画理論家としても立派な著書があり、エイゼンシュテインもバラージュの映画理論の影響を受けた、といわれる。金森はこの作品に、2011年のサイトウ・キネン・フェスティバルで『青ひげ公の城』(オペラ)『中国の不思議な役人』(バレエ)を制作した際にであった。 金森は、1917年に初演された『かかし王子』の登場人物を、Noism1のダンサーの人物イメージに翻案して物語を進めている。
登場人物は、箱入り娘(我儘娘)=井関佐和子、Ne(e)t(無業男)=佐藤琢哉、老魔女(悪戯老婆)=石原悠子、イケ面(木偶の坊)=吉崎裕哉、湖母(娘の養母)=簡麟懿、お芋(娘の侍女)=池ケ谷奏、欅父(娘の養父)=上田尚弘、de ザイナー(衣装デザイナー)=梶田留以、あしすたんと(de ザイナーのアシスタント)=亀井彩加、花黒衣(老魔女のアシスタント)=亀井彩加、梶田留以、カメラ兎(謎の撮影者)=角田レオナルド仁、という具合。このネーミングを見ただけでも、奇妙で不思議なストーリーが空想されてうきうきと楽しくなってくる。
開幕前の幕前では、de ザイナーがデザイン画に基づいてアシスタントの花黒衣が作った登場人物の衣装をチェックし、文句をつけるところから始まる。これを丸出しの福島弁(梶田留以は福島出身)でやるところは、意表を突いた良いアイデアだ。Noismが置かれているローカリティを巧まずして、観客に伝えている。そしてde ザイナーは、上演時間休憩なしの70分間に登場する、やや多めの登場人物を客席に的確に紹介すると同時に、衣装の色を変えたり、髭を着けさせたり、帯をしめさせたり、口紅を塗らせたりしただけで、その印象が大きく変わる様子も見せて、この舞台のライトモティーフをさり気なく知らせている。
撮影:篠山紀信
最もその以前から幕前に、謎の撮影者ことカメラ兎がビデオカメラを手(足?)に持ってちょこんと座わり、入場して来たり、客席で待つ観客を舞台に吊したスクリーンに写して遊んでいる。
かつては水鏡に写して見るくらいしか自身の姿を見る方法が無かった人類が、様々なツールを手に入れて、化粧したり、着飾ったり、動いたり、喋ったり、食べたり時には愛し合う自身の姿をはっきりと見たり見せたりすることが可能となった時代を、改めてここで意識させられた。
そして今日の王子には、様々のツールを駆使してかかしを変身させるだけでなく、存在する環境さえもヴァーチャルに「箱入り娘」に見せることができる。そのために王子はオタクとなってニートになってしまうこともあり、ニートが多彩な手法を駆使して、権力を持つ王子でもあるかのように箱入り娘にアプローチすることもできるのではあるが。
こうして前述したようなキャラクターたちが、右往左往しつつ、愛の悲喜劇と呼びたいような『箱入り娘』の舞台は展開する。
そしてこの舞台のもう一つのチャームポイントは、原作では王女にあたる箱入り娘を我儘娘としたこと。王子をNe(e)t=無職男に設定したこともおもしろいが、我儘娘の傍若無人ぶりにこそ、今日の時代性を読み解く鍵があるようにも感じられた。
さて、原稿締切の時間がリミットを越えつつあるので、申し訳ないが、この辺で私は「尻切れ蜻蛉」となって引っ込ましていただく。すみません。
(2015年6月23日 KAAT神奈川芸術劇場)
撮影:篠山紀信
撮影:篠山紀信