幻想世界で試練を経たマリーの純粋な心が輝く、西本智実版『くるみ割り人形』

ワールドレポート/東京

関口 紘一
text by Koichi Sekiguchi

イルミナート バレエ

『くるみ割り人形』西本智実:芸術監督・演出・指揮

西本智実が芸術監督を務めるイルミナート バレエが、幻想物語バレエ『くるみ割り人形』全2幕を上演した。演出・指揮したのは西本智実で台本から見直して制作にあたったという。振付は大力小百合と玄玲奈、オーケストラはイルミナート フィルハーモニー オーケストラ。
幼い頃にバレエを習った経験があり、音楽をロシアで学んだ西本は、『くるみ割り人形』に二元的観念を感じている。一つは、クリスマスツリー(もみの木)やドラジェ(こんぺい糖)、第2幕に登場するさまざまなキャラクターからは「豊穣」を感じる。もう一つは「死」。チャイコフスキーのロ短調やホ短調で作曲される音楽は、「喪失」「失望」「死」を題材にしたものが多く、「雪片のワルツ」のクライマックスや「ドラジェの踊り」がそれにあたる。また、『くるみ割り人形』は、最愛の妹を亡くした直後作曲されていること、同時期に作曲された「交響曲第6番<悲愴>」もロ短調であることなどに「死」の観念を感じるという。

西本智実版『くるみ割り人形』を観て、まず感じることは、主人公のマリー(小田綾香)が遭遇する様々な出来事を主体的に体験している、ということ。従来版のクララは、ネズミとおもちゃの兵隊の戦いで、スリッパを投げてくるみ割り人形を助けるし、雪片のシーンでもキラキラ輝く美しい世界を見る。でもそれは、戦いの当事者としてではないし、王子に導いてもらって美しい世界を見るのである。しかし、西本版のマリーは、例えば、ちょっと変わったくるみ割り人形を差別する心がネズミ化した家族や友だちの苛めと自分自身で戦う。雪の女王(竹中優花)からは、くるみ割り人形(グリゴリー・バリノフ)とともに水の試練を受ける。そしてお菓子の国に着いたマリーは、自身が体験したそれらの試練を語る。

イルミナート バレエ『くるみ割り人形』 photo/Takahiro Hori

photo/Takahiro Hori

第2幕のデヴェルティスマンは、すべてドロッセルマイヤー(法村圭緒)が取り仕切っていて、それぞれのキャラクターも参加して花のワルツを踊る。そしてこんぺい糖 ドラジェ(西田佑子)とドロッセルマイヤーの甥(吉田旭)がグラン・パ・ド・ドゥを踊るのだが、その周縁ではドロッセルマイヤーと雪の女王、くるみ割り人形とマリーも踊っている。
最後にマリーは、三つの試練にもしっかりと耐えて純粋な心を持ち続けたご褒美に、こんぺい糖 ドラジェから美しいネックレスを贈られる。そしてドロッセルマイヤーが幻想の時間から現実の時間へと時間軸を転換すると、マリーはジルバーハウス家の広間で我に返る。しかしもちろん、彼女の首には、あの美しいネックレスが輝いていた。
西本智実版の『くるみ割り人形』は、幻想世界では登場人物を多面的に表す。少女マリーの幼い心では幻想世界は理解し難いのだが、三つの試練を乗り越えても、純粋な心は失わず、精神的成長していくのである。
こんぺい糖 ドラジェを踊った西田佑子が素晴らしい。いっそうほっそりとしてたおやかな印象だが、動きははっきりと明快だ。マリーが憧れる理想の女性の姿を見事に表していた。パートナーの吉田旭も安定感があり柔軟性も感じさせる踊りだった。グラン・パ・ド・ドゥではリフトも見事に決まって、流れにのった踊りだった。法村圭緒のドロッセルマイヤーも品の良い幻想性を表して好感がもてた。そして小田綾香のマリーは、ほとんど出ずっぱりで踊り大いに健闘した。小技に頼らず全身で表現して成功している。
(2016年8月30日 新国立劇場 オペラパレス)

イルミナート バレエ『くるみ割り人形』 photo/Takahiro Hori

photo/Takahiro Hori

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