東京バレエ団の上野・柄本、川島・秋元、新プリンシパの沖・宮川が踊るブルメイステル版『白鳥の湖』-----開幕直前レポート

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 text by Mieko Sasaki

東京バレエ団が、ドラマティックな演出で評価が高いブルメイステル版の『白鳥の湖』を2年振りに再演する。公演まであと2週間少しという6月12日、初めてオデット/オディールとジークフリート王子を務める沖香菜子と宮川新大のペアによる第3幕のリハーサルを公開した。熱のこもったリハーサルの後、二人は斎藤友佳理・芸術監督に伴われて記者懇談会に臨んだ。

_DSC6770 Photo_Mizuho Hasegawa.jpg

© Mizuho Hasegawa

今回の『白鳥の湖』ではトリプルキャストが組まれている。ベテランの上野水香と柄本弾のペア、川島麻実子と秋元康臣のペア、この4月に共にプリンシパルに昇格した沖香菜子と宮川新大の若手ペアである。斎藤は、3組のキャストの違いについて聞かれると、ひとことでは語れないし、それぞれに良さがあると言う。
「沖にとっては初役ですし、3人の中で一番若いので、その意味で表に出して欲しいのはオデットの初々しさです。前回踊った川島さんは、鳥という軽さがものすごくあるし、上野さんには存在感というものがあるので、今まで作り上げてきたオデット像を大切にしながら踊って欲しい。それに応える王子様には、オデットの初々しさを包み込めるだけ、胸を大きく、すべてを大きくみせることが要求されます。宮川にとっても、柄本君や秋元君にとっても、どうやって女性を引き立てるかというのが大事なことになりますが、それぞれ全く違ったものになるでしょう」

_DSC6809-Photo_Mizuho-Hasegawa.jpg

© Mizuho Hasegawa

_DSC6946-Photo_Mizuho-Hasegawa.jpg

© Mizuho Hasegawa

『白鳥の湖』の主役デビューへの思いを尋ねられると、沖は「クラシック・バレエの中のクラシック・バレエであり、古典の中の古典であり、本当に難しいことが一杯あります。でもクラシックの基本なので、クリアしなければいけない。そうすることで、他の作品にも生かせるようになると思います。『白鳥の湖』をやらせていただくということは、入団した時は考えてもみなかったので、自分にとっては奇跡でもあります。(オデット/オディールの)理想はどこまでも高くって、今日のリハーサルでも自分の中では収穫がありましたが、考えなければいけないことも一杯ありました。とにかく毎日、繰り返し練習することです。本番がベストであっても、次はもっと高いベストを目指さなければいけない。本当に難しいものだと思うし、だからこそやりがいがあると思います」と、張り切っていた。
宮川は、「『白鳥の湖』の王子は初めてなので、今年の2月ぐらいから取り組んできました。僕は王子の経験がバレエ団の中では人一倍少ない。ゴールが自分の中で見えていないし、もしかしてゴールはないのではないかという感じです。今まで演じた役では、自分の中では、こんな感じかなという、ちょっとした満足感がたまにありましたが、『白鳥の湖』に関しては、自分で練習していても毎回違うし、思ったことが体でできない。振りが決められている部分と決められていない部分がありますが、それは僕にとって壁のようなもの。何もしないで立っている時や、ひとつのリアクションをするときの手振りなど、こうしなさいと言われて、ハイとするほうが合っていましたから。色々な方の演技を参考にすることはできますが、それを真似たところで、果たした自分に合っているかどうか。本番までに自分で作っていかなければならないというのが最大の課題です」と、頭を悩ませていた。

_DSC6881-Photo_Mizuho-Hasegawa.jpg

© Mizuho Hasegawa

宮川の課題に関連して、斎藤は古典には"空白の部分"があると指摘する。東京バレエ団が4月に上演したアシュトンの『真夏の夜の夢』では、すべての動きが音と振りとカウントで細かく決まっており、「一」と「二」の時どうするかだけでなく、間の「と」の時にどうするかまで指定されているという。「けれど、『白鳥の湖』などの古典バレエにはそれがありません。空白の部分がたくさんあります。そこをどうやってお料理していくかは、新大にとって一番の課題でしょう。この音で足をどう動かすかなど、決まっていたほうが絶対やりやすいです。でも、そうではない。だからこそ難しいし、逆にやりがいもあるし、教えがいもあります。古典の作品では、個性が生きるように(ダンサーによって)違う振りを認めるべきだと私は思います。作品の情景や役柄を、ダンサーが自身の体と振りを使ってお客さんに伝えられることのほうに、重大な意味があると思います。ダンサーの持ち味や個性はみな違うので、それぞれの長所をできるだけ活かしていきたいです」と語った。

_DSC6686-Photo_Mizuho-Hasegawa.jpg

© Mizuho Hasegawa

王子とオデット/オディールの役作りについて、どう取り組んでいるのか聞いてみた。
宮川は「白鳥のオデットと黒鳥のオディールは、裏表というか、白黒がはっきり分かれていますが、王子は1幕から4幕まで常に王子です。1幕では少し堂々として、2幕ではオデットと恋に落ちてという、幕ごとの感情の違いを、はっきり出せるようにしたい。僕としては王子に感情移入しにくいほうなので、難しいです。もちろん王子も何回か経験しましたが、ベジャール版『くるみ割り人形』の猫のフェリックスとか、『真夏の夜の夢』の妖精パックなど、あまり自分の中で悩まずにできる役のほうが多かった。ここまで深く考えたことは正直あまりなくて、部屋にこもって、どう手を伸ばしたらいいか、これではやりすぎかなあとか、いろいろ試して、人に意見を聞いたりしてやっています」と苦笑した。
沖は「オデットとオディールのどちらが演じやすいかと聞かれても、どちらも同じ感じで作っている最中なので、どちらとも言えません。私の課題として、幼くなりがちということがあります。オデットもオディールも、どちらも可愛らしくなくてはいけないと思います。オデットに関しては、初々しさがなくてはならないけれど、その中に大人っぽさもなければいけない。オディールには更にもう一歩上の大人っぽさがあると思います。色気だったりとかで、そういうものがあるからこそ王子が惹き付けられると思うので、自分がどれだけ大人っぽく、こわく、強く見せることができるのかを考えながら取り組んでいます。バレエの作品で悪役の女性ってそんなに多くありません。私の身長とこのキャラクターで、悪役って回ってきませんでした。前回の『白鳥の湖』でナポリを踊ったのが初めての悪役でしたが、この悪役も二面性を持った悪役。切り込み隊長というか、王子をだます一番手の役です。本当の悪役というのを演じる機会がなかったので、今回、オディールを踊るのは、新しい挑戦です」という。

_DSC7172-Photo_Mizuho-Hasegawa.jpg

© Mizuho Hasegawa

二人はこの4月にプリンシパルに昇格したばかり。斎藤には芸術監督として二人に期待することを、新プリンシパルの二人にはそれぞれの抱負について語ってもらった。
斎藤は「プリンシパルはバレエ団の中で一番上の地位ですが、プリンシパルになったからといって満足して欲しくはない。そういう願いをこめての昇格だと伝えました。プリンシパルになって時間が経てば経つほど、苦しくなります。年齢が増すほど、主役だけを踊るようになりますから。ファーストソリストの時には、主役も踊るがコール・ドもするし、他の役もする。初めて挑戦する役もたくさんあるでしょう。でも、主役だけ踊るとなると、それは舞台に立つ回数が少なくなるということ。ある年には1年のうちに数えるほどしかない。私自身がそうでした。ある程度、歳が上になると、コール・ドに入る訳にもいかなくなります。そこで、最初に言いました。プリンシパルになってもいろいろな役も踊って欲しいと。沖は〈何でもやります。乳母でもやりたい〉って。新大はどうすると聞いたら、〈僕もいろんな役をやりたい〉って。まだ若いので色々な役に挑戦してもらいたいと思います。常に〈自分はどういう課題を持って取り組むべきか〉を考え、常にハングリーでいてもらいたい、常に謙虚であってもらいたい。それが、二人に一番求めることです」と語った。
沖は、「プリンシパルになって何が変わったかは、まだ自覚がなく、周りに〈おめでとう〉と言われて、〈ありがとう〉と答えているぐらいの感覚です。プリンシパルになったから、こうしたいとか、自分で思うことがあったほうがいいのかも知れませんが、まだそういうものがありません。どの立場であっても、ひとつの舞台、ひとつの役に向けて頑張って作っていくという気持ちは変わりません。その意味では、自分の中で特に変わったものはありません」と、考えながら答えた。
宮川は、「プリンシパルになるということの重大さやプレッシャーは、ふと考えると、結構あります。ソリストの時は、主役に挑戦できるのがすごく嬉しかった。プリンシパルになると主役を踊るのが当たり前なので、あまり考えないようにはしていますが、考えると大きなプレッシャーになるのが以前との違いかなあ。ソリストの時とプリンシパルになってからとでは、見せる踊りが違っていないといけないと、自分の中では思っています。求められるものも多くなってくると思います。一番上になることは、正直、嬉しいのですが、本当は(引き受けるかどうか)一日ちょっと考えてみようかと思いました。入団して3年目で、斎藤監督にプリンシパルにしていただいて感謝しています。プリンシパルとしてのゼロ地点に立ったわけで、ゼロからまた出発していくという気持ちを常に持って進みたい」と、意気込みを述べた。

ところで、前回の『白鳥の湖』では、舞台装置は東京バレエ団で製作したが、衣裳はブルメイステル版を初演したモスクワ音楽劇場から借りての上演だった。今回は、チュチュものを除いた衣裳と靴や髪飾りなどの小道具と、合わせて約200点をモスクワの工房で新調したという。そこに、「できるだけ初演時に近いものを」という斎藤のこだわりが感じられた。「この『白鳥の湖』だけは、いつでも上演したいときに上演したい。衣裳と装置ができたので、これでようやく、いつでも上演できる状態になりました。色々な意味で、将来に繋がるようにしていきたいです」と、斎藤は噛み締めるように語った。

『白鳥の湖』の日時と配役は、6月29日18:30が上野水香と柄本弾、30日14:00が川島麻実子と秋元康臣、7月1日14:00が沖香菜子と宮川新大。会場は東京文化会館。
ほかに4都市での地方公演も予定されている。

ページの先頭へ戻る