多彩なアーティストとのコラボレーションを繰りひろげて日本舞踊の新境地を期待させる舞台

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子
text by Mieko Sasaki

〈日本舞踊×オーケストラVol.2〉

『パピヨン』花柳壽輔:振付、『いざやかぶかん』若央りさ:振付、『ボレロ』アレッシオ・シルヴェストリン、花柳輔太朗:振付

〈日本舞踊×オーケストラ〉は、日本舞踊をオーケストラが演奏する西洋音楽にのせて踊るという、既成の枠にとらわれない異色のコラボレーションを図るもの。2012年、東京文化会館の主催で「伝統の競演」のサブタイトル付きで行われた時は、これまでに例のない画期的な催しとして脚光を浴びた。翌13年には同じ趣旨の公演が〈日本舞踊とオーケストラ―新たなる伝統へ向けて―〉と題して東京都により開催された。今回の〈日本舞踊×オーケストラVol.2〉は再び東京文化会館の主催。バレエダンサーや宝塚スター、外国人振付家の参加を得て、より多彩な内容が企画されたことで、話題性も高まった。公演全体の構成・演出は、3回とも花柳壽輔が務めており、いずれも締めくくりは『ボレロ』だった。今回の演奏は園田隆一郎指揮の東京フィルハーモニー交響楽団だった。

幕開きは「源氏物語」より『葵の上』で、黛敏郎のバレエ音楽〈BUGAKU(舞楽)〉より第2部と管弦楽のための〈呪〉を用い、藤蔭静枝が振付けた。光源氏(花柳寿楽)と正室・葵の上(市川ぼたん)のしっとりとした睦み合いや、かつての愛人・六条御息所(藤間恵都子)が極限まで背を反らして嫉妬に苦しむ様や生霊となって荒れ狂う様、葵祭りでの仕丁たちの迫力ある車争いの描写も含め、王朝絵巻風の雰囲気を漂わせながら、手際よくドラマを凝縮してみせた。

「葵の上」(c)Katsumi Kajiyama、写真提供:東京文化会館

「葵の上」
(c)Katsumi Kajiyama、写真提供:東京文化会館

『ライラックガーデン』は、ショーソンの〈詩曲〉を用いたアントニー・チューダー振付の『リラの園』を下敷きに、五條珠實が舞台を鹿鳴館時代の日本に移して作舞した。成り上がり者の男爵に藤間蘭黄、その愛人に水木佑歌、家のために男爵と婚約した伯爵令嬢に尾上紫、令嬢と恋仲だった書生に花柳源九郎という配役。男爵の身勝手さやごう慢さ、愛人の怒りや憤り、令嬢の哀しみや諦め、書生の虚しさなど、それぞれの心の揺れ動きが複雑に絡み合い、狂おしくも繊細な悲しみを奏でていた。見応えある作品に仕上がっており、珠實の確かな手腕を感じさせた。
対照的に、『いざやかぶかん』は歌舞伎の祖、出雲阿国を描いた明るく賑やかな作品だった。振付は元宝塚スターの若央りさ、お国は現宝塚スターの轟悠、美術は横尾忠則という豪華な顔触れ。バックに投影される写楽の大胆な大首絵をモチーフとした横尾による役者絵が目を奪い、登場するだけでオーラを放つ轟は凛として芯のあるお国を演じた。彼女を取り巻くお国歌舞伎と遊女歌舞伎の女たちや、若衆歌舞伎と野郎歌舞伎の役者たちは活気に満ち、傾く男たちのド派手な隈取や衣裳も目を引いた。ガーシュウィンの『ポーギーとベス』より〈キャットフィッシュ・ロウ〉組曲というジャズの要素もある音楽とうまくマッチして、躍動感あふれる舞台となった。ただ、振付はもっと冒険しても良かったのではと感じた。

「葵の上」(c)Katsumi Kajiyama、写真提供:東京文化会館

「葵の上」

「ライラック・ガーデン」(c)Katsumi Kajiyama、写真提供:東京文化会館

「ライラック・ガーデン」

「ライラック・ガーデン」(c)Katsumi Kajiyama、写真提供:東京文化会館

「ライラック・ガーデン」

「いざやかぶかん」(c)Katsumi Kajiyama、写真提供:東京文化会館

「いざやかぶかん」

(c)Katsumi Kajiyama、写真提供:東京文化会館(すべて)

壽輔の自作自演は『パピヨン(蝶)』。正気をなくした青年が亡くなった恋人の幻影を求めて春の野辺を蝶と戯れながらさまよう様を描いた古典舞踊『保名』に基づき、ドビュッシーの「夜想曲」より〈雲〉と〈シレーヌ(海の精)〉を用いて創り直した。蝶の精として現れる恋人の幻影は、宝塚出身の女優、麻実れいが演じた。乱れた髪に病鉢巻をし、形見の着物を持って虚ろに舞う保名の姿からは悲哀が滲む。蝶の精は保名を優しく包み込むが、誘ってもついてこない保名を残し、曲りくねった道を戻っていく。それは、蝶の精が象徴する浄土と保名が住む現世との隔たりを示しているように思えた。すらりと長身で若い麻実とのバランスもあり、壽輔の保名は齢を重ねた男が若くして逝った恋人を偲ぶというように映った。

「パピヨン」(c)Katsumi Kajiyama、写真提供:東京文化会館

「パピヨン」

相手が麻実なら、日本舞踊の枠を越えた振付を試みても良かった。ちなみに森英恵がデザインした蝶の精の衣裳は、上半身にフリルのついた白いドレスで、帯に似せた金色のベルトに飾りの帯締めを付け、和洋を上手く調和させていた。
『ボレロ』では、英国ロイヤル・バレエで活躍した吉田都をソロに迎え、バレエのパートは気鋭の振付家、アレッシオ・シルヴェストリンが手掛けた。34人による男性群舞は花柳輔太朗の振付で、彼にとっては3度目の『ボレロ』となった。コンセプトは天の岩戸伝説で、天照大神が岩戸から現れるシーンで始まる。吉田が高い階段を下りて地上の男たちと一緒になり、ひとしきり舞った後、壇上に登り白い衣裳を着てポーズを取って終わる。ワンピース姿の吉田は腕を柔らかに操り、しなやかに脚を振り上げ、笑みを浮かべながら滑らかに動き回った。袴姿の男性陣は、グループに分かれて前後に斜めにと交錯し、吉田を女神のように取り巻きと、様々なフォメーションを展開したが、怒涛のように移動する様は音楽の高揚と相まって迫力があった。吉田のソロと男性群舞は違和感なく溶け合い、響き合いながら和していった。共演者が変わることで装いを新たにする『ボレロ』の魅力に、改めて気づかされた。
今回の〈日本舞踊×オーケストラ〉だが、異種の芸術やアーティストとの交流を通じて、さらなる可能性をみせてくれたといえよう。
(2014年12月13日 東京文化会館)

「パピヨン」(c)Katsumi Kajiyama、写真提供:東京文化会館

「パピヨン」

「ボレロ」(c)Katsumi Kajiyama、写真提供:東京文化会館

「ボレロ」

(c)Katsumi Kajiyama、写真提供:東京文化会館(すべて)

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