ボリショイ・バレエならではの重量感のある充実した舞台、『ラ・バヤデール』

ワールドレポート/東京

関口 紘一
text by Koichi Sekiguchi

THE BOLISHOI BALLET ボリショイ・バレエ団

"La Bayadère" Choreography by Marius Petipa(1877), Excerpts from versions by Nakhtang Chabukiani, Konstantin Sergeyev, NikolaiZubkovsky, Revived in a new choreographic version by Yuri Grigorovich(2013)
『ラ・バヤデール』マリウス・プティパ:原振付(1877年)、ワフタング・チャブキアーニ、コンスタンチン・セルゲイエフ、ニコライ・ズブコフスキー:追加振付、ユーリー・グリゴローヴィチ:振付改訂(2013年)

ボリショイ・バレエ団の『ラ・バヤディール』は、2013年にグリゴローヴィチが新たに振付けたヴァージョンの日本初演だった。1991年にもグリゴローヴィチは『ラ・バヤデール』を改訂振付けている。公演プログラムのグリゴローヴィチ自身の解説によると、91年版との相違は、最終幕を省いたことだという。周知のようにマリウス・プティパにより1877年に初演された『ラ・バヤデール』は、その後プティパ自身を含めて多くの振付家の手によって改訂が加えられてきた。改訂に際してその最も大きな問題は、神の怒りによる神殿崩壊のシーンが描かれる最終幕を残した演出にするか、それともカットして精霊との踊りのシーンで完結させるのか、ということ。英国ロイヤル・バレエ団がレパートリーとしているマカロワ版は神殿崩壊のシーンにより完結しているが、パリ・オペラ座のヌレエフ版は精霊のシーンで最終幕を下ろしている。私は、マリインスキー劇場で、セルゲイ・ヴィハレフがハーバード大学に残されている舞踊譜に基づいて復元したヴァージョンを観た。その印象を加えて考えると、確かに精霊のシーンで物語のすべては完結していると思われる。だからドラマ的関心は3幕まで観ればほぼ満たされる。つまり人間界の出来事は完了しているのだ。しかし、神の怒りが現象として現れる最終幕(第4幕)は、人間を超越した世界を暗示するものとして、この作品の題材と描き方からみて必要なシーンだと思う。グリゴローヴィチも一度はそのような考えにより、神殿崩壊のシーンを作ったと思われるが、2013年版でそれをカットしたことについては「シンフォニックな精霊の場面の後にはどんな踊りも必要ないと結論を出した」と述べている。

また、グリゴローヴィチ版の大きな特色は、ディヴェルティスマンをグラン・パ・ド・ドゥと組み合わせて、ひとつの幕全体を舞踊シーンとして統合して見せるということがある。それにより幕が意識的に構成されていて全体性が感じられ、テーマを広く大きく感得することができる。これはディヴェルティスマンがただ並列的に並べられている作品と較べると大きな特色となる。また、装置に関しても、以前にみられたように寺院の脇に野仏が吹き晒されているというようなものではなく、仏は寺院の中に祭られていて、そこからじっと人間たちの行動を見詰めている。

「ラ・バヤデール」エカテリーナ・クリサノワ、セミョーン・チュージン 撮影/瀬戸秀美

クリサノワ、チュージン 撮影/瀬戸秀美

その前の広場で、大僧正は欲望も露にニキヤに迫ったり、ソロルとニキヤが愛し合うという出来事が起る。第二幕では美しい神殿が現れるが、これはインド古代建築の素晴らしさに敬意をはらった作りにも見えた。古いヴァージョンのディヴェルティスマンでは、インドとアフリカのものが混じり合わされて踊られていたが、そうした点もきちんと整理されている。
ではあるが、やはりなんとなく虎や象、インコ、黒人のドラムなどが続々と登場する『ラ・バヤディール』の舞台が懐かしい気もした。案外、バレエ作品に現れる今日の目から見た荒唐無稽というものは、一概に否定されるべきかどうか一考の余地はあるのかもしれない。

ニキヤはエカテリーナ・クリサノワが情熱的に踊った。熱演だったがもう一つ貫禄というか、精神的厳しさ、存在感の大きさが表現されると素晴らしい舞台となるだろう。プリンパル・ダンサーとしてボリショイ・バレエを代表するダンサーだけに大きな期待にも応えなければない。ソロルはセミョーン・チュージンだった。ヨーロッパのバレエやモスクワ音楽劇場で踊った後、2011年にボリショイ・バレエ団に加わり、現在はヴェトロフに師事しているという。ハンサムなダンサーで、しなやかな身体は魅力的だったが、ソロルの苦悩をさらに深く表現して欲しい気もした。
舞台全体としては、さすがボリショイ・バレエ団の『ラ・バヤデール』だけあって、重量感のある堂々とした舞台だった。
(2014年12月4日 東京文化会館)

「ラ・バヤデール」エカテリーナ・クリサノワ、セミョーン・チュージン 撮影/瀬戸秀美

「ラ・バヤデール」エカテリーナ・クリサノワ、セミョーン・チュージン 撮影/瀬戸秀美

 

ページの先頭へ戻る