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「まぼろしの夜明け」は来るのだろうか? 6つの身体が語った川村美紀子の新作ダンス

ワールドレポート/東京

関口 紘一
text by Koichi Sekiguchi

トヨタ コレオグラフィーアワード 2014受賞者公演

『まぼろしの夜明け』川村美紀子:振付

川村美紀子の新作ダンス『まぼろしの夜明け』を観た。
シアタートラムの舞台と客席を取り払い、中央に大きなテーブルを据えた上に6体の死体が横たわっている。観客は不定形なテーブルの回りを取り囲んでパフォーマンスを待つ。もちろんすべてが立って観劇する。

それぞれの死体、一見すると人形かと見紛うほどに静止していて息遣いすら感じなかった。薄衣が掛けられていて、それが聖なるものとして尊重されているとわかる。ミラーボールが回り、たくさんのスポットライトが交錯し、遠くから波打つ音が聞こえてくる。
そして波音が次第に高まってくると、6体の死体の上に激しく照明が交錯し、ホール状となった劇場空間の様々な方角から、ニュースを伝えるTVのアナウンサーの声の断片や様々な現実音のノイズ、ビートを刻むロックや歌声などが切れ切れに渾然となって、音と光りの坩堝となる。

『まぼろしの夜明け』撮影/bozzo

撮影/bozzo(すべて)

しかし、死体は当然ながら微動だにしない。上演時間は80分と聞いていたので、予測のつかない展開に備えて、脚が耐えられるのか、警戒感が湧いてきた。どうやって立つと、最も疲れないか。結局、脚を前後に少し開き軽く後ろ足に体重を乗せ、疲れてきたら前後の脚を替える。これが最も疲れない立ち方だと発見したころ、死体がごくわずかながら動き始めた。閉じられていた目がうっすらと開けられていたり、手がわずかに開いていたり、足が床から少しだけ持ち上がっていたり、それぞれの死体が動き始めた訳ではなく、静止したままのものもある。ランダムな微動が観測されただけだった。こうした状態がしばらく続き、6体はよろめきつつも立ち上がったり、あるいは腰を下ろしたまま茫然と彼方へと視線を向けている。
やがて照明が途絶えて、波音が再び聞こえてくる。果たして<まぼろしの夜明け>を期待することは出来るのか?
振付家、川村美紀子の意識はどうか、ややネガティブに感じられなくもなかったが、答は観客にゆだねられていた。

公演のチラシや会場配布の解説などには「ヒトは、どれくらい踊れるだろう?」と問い掛けが記され、観客は、川村美紀子が体力の極限まで踊り尽くすのではないか、と予想していたかもしれない。ところが80分間にわたって6人のダンサーが動いたのは、辛うじて立ち上がる、といった程度の動作だった。
新聞評などでも「いわゆるダンス的な動きはまるでないまま終わった」、虚を突かれた思いだった、などという紹介文が掲載されていた。
しかし、作者は「まぼろしの夜明け」は来るのか? と問うているのだ。穿ち過ぎを恐れずに言い換えるなら、あるいは東日本大震災を体験した日本人であることを忘れずに言うならば、死者はいつかは甦るのか? ということであろう。少なくともオールスタンディングの観客の1人であった私はそう感じた。
(2015年10月10日昼 シアタートラム)

『まぼろしの夜明け』撮影/bozzo

『まぼろしの夜明け』撮影/bozzo

『まぼろしの夜明け』撮影/bozzo

『まぼろしの夜明け』撮影/bozzo

『まぼろしの夜明け』撮影/bozzo

『まぼろしの夜明け』撮影/bozzo

撮影/bozzo(すべて)

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