福岡雄大のホフマンと小野絢子のアントニアが際立った、ダレル振付の『ホフマン物語』

ワールドレポート/東京

関口 紘一
text by Koichi Sekiguchi

新国立劇場バレエ団

『ホフマン物語』ピーター・ダレル:振付

スコットランドのグラスゴーを本拠とするスコティッシュ・バレエ団(ウエスタン・シアター・バレエ団から発展)の創設者で振付家のピーター・ダレルの代表作『ホフマン物語』を、新国立劇場バレエ団が上演した。スコティッシュ・バレエ団で踊った新国立劇場舞踊芸術監督の大原永子にとっては、大いに思い入れもある作品である。
ジャック・オッフェンバックのオペラに基づいたバレエで、台本と振付はダレル、ジョン・ランチベリーが編曲している。オッフェンバックのオペラは、19世紀のロマン派の小説家ホフマンのいくつかの小説をアレンジして、彼が経験した3つの悲恋を描いた戯曲をオペラとして作曲したもの。

全編を通して踊るホフマン役には福岡雄大、悪魔役にあたるリンドロフ/スパランザーニ/ドクターミラクル/ダーパテュートはマレイン・トレウバエフだった。
3つの恋物語は、オペラ座の歌手、ラ・ステラとの逢い引きの時刻を待つカフェでいささか酩酊した気分の中で、ホフマンにより現在進行形で語られる。
最初の恋はオリンピア。E.T.A.ホフマンの小説『砂男』を原作としたバレエ『コッペリア』でも登場した、精巧に作られた人形への愛の物語。これはスパランザーニの魔法のメガネに欺かれ、オリンピアが人形であることを思い知らされる、というホフマンの若き日のビターな恋。

第1幕 長田佳世、福岡雄大 撮影/鹿摩隆司

第1幕 長田佳世、福岡雄大 撮影/鹿摩隆司

次は美しいアントニアとの恋。ここでは病のために踊ることを禁じられていたアントニアに、ドクターミラクルが魔法をかけ、素晴らしいバレリーナだと思いこませる。彼女は音楽修行中の恋人のホフマンに、演奏を懇願し踊り亡くなってしまう。成熟し分別が身に付いたホフマンが最後に陥った恋は、娼婦ジュリエッタとの恋。信仰の世界に生きていたホフマンは、ダーパテュートが連れてきたヴェネツィアの美しい娼婦ジュリエッタに心を奪われる。しかし、ホフマンは鏡をみて不滅の魂が消えていることに気づいて、再び信仰の世界に帰っていく、というもの。
オペラの物語のバレエへの翻案はなかなか巧みだ。オリンピアは人形振りの踊りでみせ、アントニアは病に冒された高熱の中でみる幻想をバレエシーンとしてみせる。ヴェネツィアの娼婦ジュリエッタは、黒鳥のパ・ド・ドゥと『ファスウト』のワルプルギスの夜を混交したようなシーンとなっている。

第2幕 小野絢子、福岡雄大 撮影/鹿摩隆司

第2幕 小野絢子、福岡雄大 撮影/鹿摩隆司

第2幕 小野絢子、福岡雄大 撮影/鹿摩隆司

第2幕 小野絢子、福岡雄大 撮影/鹿摩隆司

結局、3つの恋に破れた物語をホフマンが語り終わった頃に、待ちかねたラ・ステラがステージを終えて姿を表す。しかし、酔いしれたホフマンの傍らには、彼女が送ったメッセージが破り捨てられてあり(ラ・ステラに横恋慕していたリンドロフが侍女から手に入れ捨てた)、ラ・ステラとの最後の恋も悪魔の皮肉な悪戯のために虚しく破れる。結果、ホフマンが得たものはなにか。本当の愛は幻影の中にしかない、ということなのかも知れない。
3世代に渡ってホフマンを演じた福岡雄大の安定した踊りと演技が素晴らしかった。主人公になりきり、過不足のない存在感を作った。主人公ホフマンを踊り切ったことにより、人間的な成長を実感したのではないか。福岡の演舞は、そう見えるくらい充実した舞台だった。
この物語は、ホフマンを縦糸とすれば、輝ける一本の横糸はやはり、小野綾子が踊ったアントニアだろう。登場しただけで舞台には劇的なおもしろさに溢れる。活き活きと闊達な表現が明快で、魅力溢れる踊りだった。堂々たるナショナル・シアターのプリマぶりである。
オリンピアの長田佳世、ジュリエッタの米沢唯も、それぞれの特徴を良く踊っていた。
もう一つの縦糸、悪魔役のトレウバエフはややおとなしめの演技。憎々しげな態度や悪の悦楽に酔いしれるほどの表現は見られなかった。ホフマンとの緊張感がもう一つ出ていなかったようにも感じたがどうか。
衣装や妖怪などはちょっとキラキラし過ぎているところがありはしないか。もう少しシックにクラシック・バレエらしい美しさを志向して欲しいものだ。何でもかんでもお子様向きにすれば一般受けする、というような浅い考え方が透けてみえているような気がした。
(2015年10月30日 新国立劇場 オペラパレス)

第2幕 小野絢子、福岡雄大、マレイン・トレウバエフ 撮影/鹿摩隆司

第2幕 小野絢子、福岡雄大、マレイン・トレウバエフ
撮影/鹿摩隆司

第3幕 米沢唯、福岡雄大 撮影/鹿摩隆司

第3幕 米沢唯、福岡雄大 撮影/鹿摩隆司

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