クランコの全幕傑作『オネーギン』『ロミオとジュリエット』現代作品を上演したシュツットガルト・バレエ

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子
text by Mieko Sasaki

シュツットガルト・バレエ団

『ロミオとジュリエット』『オネーギン』ジョン・クランコ:振付、ガラ公演「シュツットガルトの奇跡」

シュツットガルト・バレエ団が3年振り10度目の来日をした。全幕物語バレエの名手として知られるジョン・クランコにより1961年に創設されたバレエ団で、わずかの間に世界的なバレエ団の仲間入りを果たした。クランコが1973年に飛行機事故のため45歳で死去した後も、ドラマティック・バレエの名門としての地位を保っている。クランコの伝統を継ぐリード・アンダーソンは今シーズンが芸術監督就任20周年に当たるという。今回はクランコの代表作『ロミオとジュリエット』『オネーギン』のほかに、クランコが才能ある若手振付家に発表の場を与えたことを受けて、〈シュツットガルトの奇跡〉と題し、優秀な現代の若手振付家の作品にクランコの小品を織り込んだ一夜限りのガラ公演を催した。

『ロミオとジュリエット』

初日に主役を務めたのは、アリシア・アマトリアンとフリーデマン・フォーゲル。バレエ団の看板といわれるカップルだけに、息の合った安定した演技で舞台を牽引していた。しなやかな身体と甘いマスクが魅力のフォーゲルのロミオは、友人たちと気さくに戯れる時でも、いかにも育ちの良い貴公子といった趣を漂わせていた。優雅な雰囲気のあるアマトリアンのジュリエットは、乳母と戯れる無邪気な姿を瑞々しく演じ、母親から舞踏服を渡されて、大人になることの期待と不安をのぞかせた。
舞踏会でジュリエットに一目惚れしたロミオが仮面をはずして素顔を彼女に見せると、ジュリエットも彼に惹かれ、婚約者のパリスと踊っていてもロミオを意識せずにいられない。二人きりになれたものの、ジュリエットを探しに来た母親や従兄弟のティボルトに邪魔されるたびに、二人の恋が熱していく様を流れるようなデュエットで伝えていた。バルコニー・シーンでは、形を変えて繰り返される鮮やかなリフトで、愛の高まりを見事に表現していた。ロミオがジュリエットを抱えてバルコニーに戻し、バルコニーにぶらさがって別れのキスをするまでが、美しい絵巻物のように展開された。二人の優れた技術力と息のあったアンサンブルの賜物だろう。それだけに、寝室での別れのデュエットが切なく映った。アマトリアンは、いったん拒絶したパリスとの結婚を受け入れ、決意して眠り薬を飲むまでのジュリエットの心の内を微細に表現し、大物としての風格を示した。

シュツットガルト・バレエ団『ロミオとジュリエット』photo:Kiyonori Hasegawa

『ロミオとジュリエット』
photo:Kiyonori Hasegawa

シュツットガルト・バレエ団『ロミオとジュリエット』photo:Kiyonori Hasegawa

『ロミオとジュリエット』photo:Kiyonori Hasegawa

脇役陣も粒ぞろいだった。マキューシオのダニエル・カマルゴは、おどけた演技とパワフルなジャンプや回転技で見せ場を作り、ティボルトのロマン・ノヴィツキーは怜悧さをまとい、シャープな身のこなしでマキューシオと対峙した。クランコ版では、決闘でマキューシオがティボルトに刺され、ティボルトがロミオに刺されて死ぬ場面では、過度に大仰な描写が抑えられていることもあり、ジュリエットの母であるキャピュレット夫人(メリンダ・ウィザム)がティボルトの遺体に覆いかぶさって嘆く様がより強調されてみえた。けれど、夫人が娘ジュリエットの死に際して感情を表さない版が多い中、クランコ版ではジュリエットを優しく抱きしめるシーンが盛り込まれてもいる。また、パリス役のコンスタンティン・アレンは長身でスタイルが良く、ジュリエットを慕う心を、毅然とした紳士的な振る舞いに込めた演技が印象的だった。
(2015年11月13日 東京文化会館)

『オネーギン』

アマトリアンとフォーゲルのペアではなく、ヒョ・ジョン・カンとロマン・ノヴィツキーが組んだ2日目を観た。
タチヤーナ役のヒョ・ジョン・カンはソウル生まれで、2011年にプリンシパルに昇格した若手。オネーギンは、振付家としての才能も発揮するノヴィツキー。アンダーソン芸術監督が、期待をこめて、彼に日本公演で『オネーギン』の全幕初主演を飾る機会を与えたという。そのノヴィツキー、黒づくめで登場した時は、帝都のニヒルな好男子というイメージには細身すぎるように感じたが、シャープな脚さばきをみせ、うぶな田舎の文学少女タチヤーナに慇懃さとふてぶてしさを使い分けて応対し、彼女の住む世界との落差を感じさせた。タチヤーナのヒョ・ジョン・カンは、オネーギンに恋文を書くあたりから演技が息づき、"鏡のパ・ド・ドゥ"では、恋心を煽るように高々とリフトするオネーギンに心を委ねて踊っていた。

シュツットガルト・バレエ団『オネーギン』photo:Kiyonori Hasegawa

『オネーギン』photo:Kiyonori Hasegawa

シュツットガルト・バレエ団『オネーギン』photo:Kiyonori Hasegawa

『オネーギン』photo:Kiyonori Hasegawa

タチヤーナの祝いの会でのオネーギンの傍若無人な振る舞いが、彼女を深く傷つけ、オリガの婚約者で友人のレンスキーとの決闘を招くにいたるまでのドラマが、登場人物の身体表現だけでリアルに綴られていった。クランコの卓越した作舞を改めて感じさせる場である。
だがクライマックスは、オネーギンが貴婦人に変貌したタチヤーナに愛の告白をして拒否される終幕のパ・ド・ドゥ。ノヴィツキーは老け顔でオネーギンを好演した。タチヤーナを何度もリフトし、彼女への想いを爆発させた。ヒョ・ジョン・カンは、思わずオネーギンと抱き合ってしまうあたりから迫真の演技をみせた。ただ、難度の高いリフトが続くこともあり、まずは確実に踊ることが先だったようで、二人の演技が熟すのはこれからだろう。
他には、レンスキー役のパブロ・フォン・シュテルネンフェルスの、怒りに満ちた演技と決闘に臨む心情を伝えるソロが印象的だった。グレーミン公爵のマテオ・クロッカード=ヴィラの渋い演技も舞台を引き締めていた。幕ごとに異なる群舞が舞台に彩りを添えていたが、群舞の精緻さは残念ながら今一つだった。
(2015年11月22日 東京文化会館)

「シュツットガルトの奇跡」

二つの全幕作品の間に置かれたのがこの公演である。クランコは若手振付家を育てることにも情熱を注ぎ、バレエ団で行われた〈若手振付家の夕べ〉からはノイマイヤー、キリアン、フォーサイスらの偉才が巣立っていった。その伝統を継ぎ、アンダーソンが選んだ若手振付家の作品にクランコの作品を交えてプログラムを構成し、全16作品を団の主要なダンサーが総出で踊った。
クランコの『ボリショイに捧ぐ』と『伝説』はソビエトのバレエやバレリーナに触発されたというクラシカルな技法による作品。共にアクロバティックなリフトが多用されているが、前者はアリシア・アマトリアンとコンスタンティン・アレンが、後者はアマトリアンとフリーデマン・フォーゲルが、流麗に踊りこなした。『じゃじゃ馬馴らし』よりパ・ド・ドゥでは、エリサ・バデネスとダニエル・カマルゴが、物語のエッセンスを抽出したようなコミカルな演技の応酬をみせた。新鮮だったのは、ブラームスのピアノ協奏曲第2番を用いた『イニシャルR.B.M.E.』第3楽章。クランコのミューズ、マリシア・ハイデに捧げられた楽章を、アマトリアンとフォーゲルがメインで踊った。リフトしたままの演技が多いが、フォーゲルの堅固なリフトに支えられてアマトリアンがしなやかにポーズを取り、しっとりとしたデュエットを紡いでいった。

「シュツットガルトの奇跡」『じゃじゃ馬馴らし』よりパ・ド・ドゥ photo:Kiyonori Hasegawa

『じゃじゃ馬馴らし』よりパ・ド・ドゥ photo:Kiyonori Hasegawa

フォーゲルはジェイソン・レイリーと組み、テルアビブ生まれのイツィク・ガリリが二人のために振付けた『心室』も踊った。ベートーヴェンの「月光」ソナタの演奏にのせ、強く抱き合った二人が相手を突き飛ばしては追い掛けてすがる、といった行為が繰り返され、引かれ合いながら弾いてしまう不可思議な心理が提示された。
男女のデュエットでは、バレエ団の常任振付家、ブエノスアイレス生まれのデミス・ヴォルビの『リトル・モンスターズ』がユニークだった。プレスリーのヒット曲にのせ、華奢な身体のバデネスと逞しいカマルゴが織りなす男女の絡み合いが軽妙なタッチで描かれた。バレエ団のダンサーでもあるカタジェナ・コジルスカの『バイト』は男女の関係性を考察した作品だそうだが、アンナ・オサチェンコとアレンが大胆でパワフルな演技で強靭な身体性を示した。

ソロ作品では、まずルーマニア出身のエドワード・クルグの『Ssss...』よりソロ。パブロ・フォン・シュテルネンフェルスが微細に身体を動かし、次々とポーズを変換していく様が、ショパンのノクターンの哀切な旋律にマッチしていた。常任振付家マルコ・ゲッケの『モペイ』は日本でもお馴染みだが、ロバート・ロビンソンは遊び心に満ちた洒脱な味を今一つ出しきれなかったようだ。
個性的だったのは、プリンシパルでもあるロマン・ノヴィツキーの『同じ大きさ?』。カジュアルな格好のマテオ・クロッカード=ヴィラ、ルイス・シュティエンス、アレクザンダー・マッゴーワンの3人が、あの手この手で相手を出し抜こうと苦戦する様を軽快なテンポで演じてみせた。肩の凝らない楽しめる作品だった。最後は『ドン・キホーテ』よりパ・ド・ドゥ。2000年に全幕をこのバレエ団に振付けたアルゼンチン生まれのマキシミリアーノ・グエラの手になるもので、バデネスとカマルゴが技巧を誇示して踊り納めた。確かにガラ公演のトリにふさわしい演目だが、今回のような趣旨の公演では別の選択があるようにも思えた。それはさておき、バレエ団の将来だけでなく、バレエ界の将来をも見据えた意欲的な公演だった。
(2015年11月18日 東京文化会館)

「シュツットガルトの奇跡」『伝説』photo:Kiyonori Hasegawa

『伝説』photo:Kiyonori Hasegawa

「シュツットガルトの奇跡」『ファンファーレLX』photo:Kiyonori Hasegawa

『ファンファーレLX』photo:Kiyonori Hasegawa

ページの先頭へ戻る