作品の魅力を一段と深めたカスバートソンやマックレーの珠玉の演技、ロイヤル・バレエ来日公演
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ワールドレポート/東京
- 佐々木 三重子
- text by Mieko Sasaki
英国ロイヤル・バレエ団
『ロミオとジュリエット』ケネス・マクミラン:振付、『ジゼル』ピーター・ライト:演出・追加振付
英国ロイヤル・バレエ団が3年振りに来日した。直前に、ファースト・ソリストの平野亮一と高田茜が2016/2017シーズンからプリンシパルに昇格されるとの発表があり、話題性は高まった。何しろ、日本人プリンシパルの誕生は熊川哲也と吉田都以来、約20年振りというのだから。
今回の演目は、シェイクスピアの名作をケネス・マクミランが格調高くバレエ化した『ロミオとジュリエット』と、ロマンティック・バレエの名作をピーター・ライトが演劇的に緻密に構成した『ジゼル』。2作ともバレエ団のレパートリーの中核を占める作品で、既に日本でもおなじみである。平野は『ロミオとジュリエット』のティボルトとパリスの役で、高田は『ジゼル』のパ・ド・シスで出演したそうだが、残念ながら私の観た日は踊らなかった。次回を待ちたい。
『ロミオとジュリエット』
初日に主役を務めたフェデリコ・ボネッリとローレン・カスバートソンは、プリンシパルの中のトップダンサー。その二人が主演する舞台が感動的でないはずはなく、実際、洗練された極上の演技を見せてくれた。
先に登場するのはロミオ役のボネッリ。ロザラインにはつれなくされたものの、友人や街の女たちと陽気に振る舞う、ごく普通の若者だが、しなやかな身ぶりに名門の青年らしい育ちの良さをうかがわせた。一方のカスバートソンは、人形と戯れ、乳母の膝に飛び乗るなど、元気一杯で無邪気なジュリエットとして登場。乳母の肩に手をのせ片脚を後ろに伸ばして甘えるが、その伸ばし方を微妙に変化させるなど、演技は細かい。求婚者のパリスを紹介されても、心がときめかなかったジュリエットだが、ロミオと出会って心を揺さぶられる。ロミオもジュリエットと出会ったことで大きく変わる。互いを知る前と後との変化を、カスバートソンとボネッリは深く掘り下げて演じてみせた。それは、相手と離れている時の行動や感情表現も含めてで、「個」としての新たな自分を確立したように思わせた。まさに熟達の演技だった。
二人のパ・ド・ドゥも味わい深かった。舞踏会の出会いのシーンでは、離れて立っていても、カスバートソンとボネッリは熱っぽく視線を絡ませ、寄り添うたびに会話を交わすように身体で交信。
『ロミオとジュリエット』
撮影/長谷川清徳
バルコニー・シーンでは、ボネッリは高まる心を流麗なジャンプで伝え、カスバートソンもリフトされるたびに喜びを溢れさせ、瑞々しく愛を謳い上げ、至福の境地を表出していた。
寝室での別れの場では、ボネッリが絶望的な気持ちでジュリエットを抱擁する様や、カスバートソンが引き留めようと必死にあらがう様が真に迫り、二人の暗澹たる行く末を暗示していた。カスバートソンの、本心を隠してパリスとの結婚を承諾する冷え冷えとした演技や、恐怖心を制して薬を飲み干す心理表現も印象的。墓室では、ジュリエットが仮死状態とは知らずに抱きしめ振り回すロミオの絶望感や、息絶えたロミオにすがりつくジュリエットの衝撃が生々しく伝わってきた。ジュリエットは力を振り絞って寝台に上がり、床に横たわるロミオに手を伸ばして息絶えるが、二人が重なり合って死ぬ形にしなかったことは、引き裂かれた二人の運命を象徴するようで余韻を深めた。
『ロミオとジュリエット』撮影/長谷川清徳
『ロミオとジュリエット』撮影/長谷川清徳
主役二人の演技が秀逸だったとはいえ、脇を固めたダンサーも多彩だった。アレクサンダー・キャンベルはマキューシオのおどける様を快活に演じ、ギャリー・エイヴィスはティボルトの冷酷さをシャープな振りで伝え、ヴァレリー・ヒリストフは誇り高いパリスと、それぞれ役の持ち味を出していた。また、ティボルトの遺体にすがりついて泣き叫ぶキャピュレット夫人(エリザベス・マクゴリアン)や、高所から彼女に険しい一瞥を与えるキャピュレット公(クリストファー・サンダース)は、別のドラマの含みを示唆していた。市場での街の人々の賑わいや、モンタギュー家とキャピュレット家の人々が闘うシーンなど、繰り返し上演しているだけにこなれた運び。伝統を感じさせる舞台だった。
(2016年6月16日、東京文化会館)
『ロミオとジュリエット』撮影/長谷川清徳
『ロミオとジュリエット』撮影/長谷川清徳
『ロミオとジュリエット』撮影/長谷川清徳
『ロミオとジュリエット』撮影/長谷川清徳
『ジゼル』
サラ・ラムとスティーヴン・マックレーという、日本でも人気の高いカップルがジゼルとアルブレヒトを演じた日を観た。見慣れたはずのプロダクションでも、細部で「こうだったか」と気付かされたところがあったが、最も驚かされたのは、マックレーの演じるアルブレヒトが、ショックで正気を失ったジゼルに見せた真摯な態度だった。
冒頭、マントを翻して颯爽と登場したマックレーは、村人の格好でも気品を漂わせ、ジゼルに細やかな気遣いをみせて踊った。
『ジゼル』撮影/長谷川清徳
ラムは可憐な村娘ジゼルになりきり、アルブレヒトへの恥じらいと高まる胸のうちを軽やかなステップにのせて伝えた。デュエットでは、マックレーの巧みなリードもあって脚運びはピッタリ揃い、心を響き合わせている様が見て取れた。そして、アルブレヒトが貴族で、婚約者がいることを知ったジゼルの "狂乱の場"。マックレーが体裁を取り繕ってジゼルを傍観していたのは初めのうちだけで、走り回るジゼルを止めようとし、花占いを思い出してするジゼルを後ろから抱きしめ、息絶えたジゼルを激しく抱きかかえて泣いた。このシーンで、アルブレヒトの誠実さをこれほど明瞭に描いてみせたマックレーに感心させられた。ラムの演技が自然だったことで、哀しみは一層深まった。
『ジゼル』撮影/長谷川清徳
それだけに、ウィリになったジゼルとアルブレヒトの踊りは味わいを増した。ラムは精確にパを連らね、浮遊するようなステップでは柔らかい足先が際立った。アルブレヒトと呼応するように踊る様には、二人の浄化された魂の響き合いが感じられた。アルブレヒトがミルタに命じられて踊るソロで、マックレーは少しの乱れもなくジャンプやアントルシャ・シスを鮮やかにこなしたが、そこには悔恨の念も見て取れた。幕切れ、ジゼルの落とした一輪の花を、アルブレヒトが悲痛な面持ちで胸に当てる姿が感銘を深めた。
主役の二人にばかり目が行ってしまったが、ジゼルの母ベルタ役のクリステン・マクナリーは亡霊ウィリの恐ろしい伝説を鬼気迫るマイムで入念に伝え、森番ヒラリオンのヴァレンティノ・ズッケッティはジゼルへの一途な思いから意固地になるといった感じで、ミルタ役のヘレン・クロフォードは冷厳に女王としてウィリたちを率いていた。ウィリの群舞といえば、もっぱら白い衣裳で整然と舞うその美しさに魅せられてきた。だが今回は、特に後半のウィリの群舞が、つかまえた男を死ぬまで踊らせるという底知れぬ恐ろしさを湛えていることを、改めて知らされた思いがした。
いろいろな意味で、新たな魅力に気付かされた『ジゼル』だった。ところで、今回の来演では平野や高田のプリンシパル昇格が脚光を浴びたが、ロイヤル・バレエ団にはほかにも崔由姫や小林ひかる、アクリ瑠嘉らが在籍している。彼らの今後の活躍も期待したい。
(2016年6月25日、東京文化会館)
『ジゼル』撮影/長谷川清徳
『ジゼル』撮影/長谷川清徳