メヌエットからコンテンポラリー作品まで、安達哲治の案内で辿る楽しいバレエの旅

ワールドレポート/東京

関口 紘一
text by Koichi Sekiguchi

安達哲治による「拝敬(啓) フランスバレエの英雄達!」

安達哲治後援会

牧阿佐美バレヱ団で踊り、2012年までNBAバレエ団の芸術監督だった安達哲治(ミタカバレエ主宰)による「拝敬(啓)フランスバレエの英雄達!」は、とてもおもしろくかつ楽しかった。「不確かなものを少しでも確かなものにできると、より深く感じることができる」という考えに基づき、「バレエはドコから来てドコに行ったのか?」を、安達哲治の案内によって辿ってみよう、という企画。観客は、安達哲治の運行する「特別時間特急」に乗って、バレエの始まりから今日の舞台までを旅するという趣向だ。
ピエール・ボーシャンによる「フランスの貴族スタイルに基づくメヌエット」(振付提供:浜中康子)から、安達自身の振付によるコンテンポラリー作品までを実演と貴重な動画や映像を駆使して、楽しく解説していく、「ダンス・オデッセイ」とでも呼びたい試みだ。もちろん、バレエの該博な知識がなければできることではない。

全部で18のシーンがあったが、まず最初の導入は有名なドガの絵を掲げ、そこに登場しているジュール・ペローを紹介。かつ男性ダンサーがそこにいないことも指摘する。メヌエットに続いては、プティパの『カマルゴの踊り』イヴェット・ショヴィレによる『サレの踊り』セルジュ・リファールの『ヴェストリスの踊り』と展開。そしてタリオーニ、グラーン、グリジ、チェリートが踊った『パ・ド・カトル』を披露し、ロマンティック・バレエへと至る。ここでタリオーニ姉弟の印象的な『ラ・シルフィード』の画像が示され、『ジゼル』と『パキータ』も踊られた。

撮影/鹿摩隆司

撮影/鹿摩隆司(すべて)

もちろん、パリ・オペラ座からサンクトペテルブルクへのバレエの変遷も解説された。ロマノフ王朝に招かれたフランス人舞踊家、ジュール・ペロー、マリウス・プティパ、サン=レオンについて語られ、『せむしの仔馬』第一幕よりフレスコ(サン=レオン振付)、『エスメラルダ』よりグラン・パ・ド・ドゥが踊られた。
そしていよいよ時代はバレエ・リュスへ。この新時代をリードした振付家ミハイル・フォーキンへのイサドラ・ダンカンの影響へも話が及ぶ。舞台では『レ・シルフィード』よりマズルカ(男)『ル・カルナヴァル』が踊られた。ディアギレフの薫陶を受けたセルジュ・リファールがパリ・オペラ座の芸術監督となって、当時、衰えていたフランスのバレエの復興が始まった。この時代はリファール、イヴェット・ショヴィレ、セルジュ・ペレッテイなどの著名な舞踊家あるいは,『ミラージュ』『イカール』などの貴重な舞台映像が次々と上映された。さすがにショヴィレとミッシェル・ルノーというパリ・オペラ座のプリンシパルに師事した安達哲治らしく、このへんは一般の舞踊史講座よりも一段と充実していた。『グラン・パ・クラシック』『ソナチネ』『カルメン』(アルベルト・アロンソ振付)の一部が踊られて、安達哲治振付のコンテンポラリー作品『ロースト・ラヴ』と『お点前』が踊られ、ここでは現代感覚というものを改めて確認したと感じた。
そして最後を締めくくったのは、『せむしの仔馬』第二幕の「まぼろしの島」。この作品は、サン=レオン版の後、ラドゥンスキー振付、プリセツカヤ主演で1960年にボリショイ劇場で上演された。そのヴァージョンに基づき2009年にラトマンスキーが新たに振付けている。それは日本でも『イワンと仔馬』というタイトルで上演され、私はマリインスキー劇場の初演を観た。しかし、このサン=レオン版の印象はまったく異なる。ラトマンスキーの物語を掻い摘まんだ要領の良い展開は、洗練されていると言えば言えるのかもしれないが、さほど深い感興をもよおさなかった。しかし、サン=レオン版はバロック的とても言えばいいのか、ゆったりとしたソリストと群舞の入れ替わりで展開していく、おおらかな演出で、刺激的な表現はないが、踊りをのんびりと眺めているだけで納得してしまう。ハーン(王様)の命により、ハーンの夢の中に登場した美人を連れて来い、という荒唐無稽と言えるがまたバレエに相応しいとも言える設定を難なく観客に理解させ、かつ楽しませてしまう不思議な魅力があった。
ここでは、パリ・オペラ座からサンクトペテルブルクへ、そしてまたオペラ座へというメイン・ルートだったが、もちろん、ロンドンやニューヨーク、ベルリンへのルートもある。このルートを行けば、また、別のバレエを垣間見ることができるかもしれない。
(2016年5月21日 三鷹市公会堂 光のホール)

撮影/鹿摩隆司

撮影/鹿摩隆司

撮影/鹿摩隆司

撮影/鹿摩隆司

撮影/鹿摩隆司(すべて)

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