ジュリエットを踊った森下洋子の渾身の演舞に感動、松山バレエ『ロミオとジュリエット』
- ワールドレポート
- 東京
掲載
ワールドレポート/東京
- 関口 紘一
- text by Koichi Sekiguchi
松山バレエ団
『ロミオとジュリエット』清水哲太郎:演出・振付
松山バレエ団の『ロミオとジュリエット』は、森下洋子舞踊歴65周年記念公演として上演された。初演は1980年だから、35年以上にわたり演じられてきている。
開幕は、黎明の中、音楽が響き渡って、ロミオ(刑部星矢)がソロ・ヴァリエーションを踊るシーンから始まった。やがてキャピュレット家とモンタギュー家が激しく争う剣劇シーンとなって、物語は進行して行く。
清水哲太郎の演出・振付は、すべてを舞踊表現で表出しようと試みていることは理解できた。しかし、アンサンブルがすべてに渡って同じような調子で繰り広げられているところがあり、少々、単調に感じられた。ただ、他の多くのヴァージョンが形式的な所作ですましているロミオとジュリエットの結婚の誓いを、しっかりと舞踊表現で表したことは素晴らしい。いささか蒙がひらかれた思いだった。
しかし、白眉は、なんといってもキャピュレット家を救うはずのパリスとの結婚を拒絶して、仮死に陥る秘薬を呑むという決死の覚悟で愛を貫くジュリエットを演じ、踊った森下洋子の凄絶とも言える存在感だろう。恐らくは「舞台の上で倒れるなら本望」といった決意を秘めた演舞であったろう。もっとも私の両隣には、森下ジュリエットの凄まじいシーンが演じられている舞台とはうらはらに、うつらうつらされている「舞踊批評家」さんもいたりして、誠に日本の舞踊界の一面を浮彫りにする現象が現れ、とっても興味深かった。閑話休題。
森下洋子のジュリエットに込めた心情は、若き日の恋をもう一度生き辿るかのような印象すら、私には感じられたのである。
ジュリエットは決死の覚悟を決め、一転してパリスとの結婚を受け入れ、秘薬を一気に飲み込む。森下のジュリエットの身体はゆっくりと動いているが、揺るぎない心のすべてが込められていた。
しかし、僧の便りがロミオに届く前に忠実な部下がジュリエットの死を報告してしまう。それとは露知らぬロミオは、墓場に葬られたばかりのジュリエットと対面し、絶望のあまりかねて用意していた毒薬をあおり、黄泉の国に行ったばかりのはずの恋人の許へと死に急ぐ。その時、運命の皮肉は極まる。ジュリエットは目覚め、苦難を経てロミオと逢える喜びを全身に表わす。だが、目前には、なんとロミオの死体が横たわっていた。何のために苦衷に満ちて死の国の関門わざわざくぐり抜けたのか、その困苦に耐えたのか。呪うべきは運命なのか。
森下洋子、刑部星也
(C)エー・アイ 撮影:飯島直人
ここで森下洋子のジュリエットは、死したロミオの手を取って踊り、人差し指を挙げて「1」を表していたかにみえた。それはたったひとりの「1」か、二人はひとつの「1」なのか。あるいは両家はひとつの「1」なのだろうか。
さらにつけ加えると、パリスとの結婚を拒否して、父を怒らせ、自分はどこに向かえばいいのか、分からなくなったジュリエットは、再び僧の下に走って向かう。しかしそこには、先客があった! ジュリエットを愛し、拒否されて苦悩するパリスがいたのだ。これは、ジュリエットよ、苦しんでいるのはあなただけではない、という振付家のメッセージなのだろうか。
(2016年5月3日 Bunkamura オーチャードホール)
森下洋子、刑部星也 (C)エー・アイ 撮影:檜山貴司