時空を越えて真実の愛を追求し続けるノイマイヤー、ハンブルク・バレエの『リリオム』『真夏の夜の夢』
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ワールドレポート/東京
- 佐々木 三重子
- text by Atsuko Suzuna
ハンブルク・バレエ団
『リリオム - 回転木馬』ジョン・ノイマイヤー:振付・衣裳・照明
『真夏の夜の夢』ジョン・ノイマイヤー:振付・演出
ジョン・ノイマイヤー率いるハンブルク・バレエ団が7年振りに来日した。ノイマイヤーは、振付家として長年にわたり世界のバレエ界を牽引し続けていることが評価され、昨年11月に「京都賞」を受賞したばかり。今回の来日公演は、その卓越した才能を改めて顕彰するものとなった。プログラムは、日本初演になる近作『リリオム - 回転木馬』と若き日の傑作『真夏の夜の夢』、これまでの作品の抜粋で構成した〈ジョン・ノイマイヤーの世界〉の3種。このうち、新旧の全幕作品の初日を観た。
『リリオム - 回転木馬』
ミュージカルや映画にもなったモルナール・フェレンツの戯曲『回転木馬』を基に、映画音楽の大家ミシェル・ルグランに音楽を委嘱してバレエ化した話題作で、2011年12月に初演された。
リリオムは遊園地の回転木馬の客引きとして働く粗野で短気な男。自分に無垢な愛を捧げるウェイトレスのジュリーに惹かれて一緒になったものの、遊園地を所有するかつての愛人マダム・ムシュカートに解雇されてしまい、生まれてくる子のために強盗を働き、警察に追われて自刃。地獄行きを免れ、煉獄からジュリーと息子ルイスを見守るリリオムは、束の間、現世に戻る許しを得て二人を訪ねる。リリオムは、土産にと盗んだ天国の星を荒くれ者の息子が受け取らないので殴ってしまうが、ジュリーには姿は見せないものの優しい愛情で包んで天に帰っていく。以上がおおまかなストーリーだが、ノイマイヤーはリリオムがルイスと踊る終盤のシーンをプロローグで見せ、そこから過去にさかのぼる形を採っているが、厳しい現実世界の出来事にファンタジックな要素を織り込んだ緻密な構成はさすが。それを成り立たせているのが、原作にはない「風船を持った男」という時空を越えた存在だろう。冒頭、無音の舞台に黒の帽子とロングコートに白手袋で現れ、カラフルな風船の束を手に、ゆったりとポーズを取りながら歩み入ったが、過去と煉獄と現世を繋ぐだけでなく、リリオムを誘導し物語を進める役も務めていた。また、原作と異なり、リリオムの子を娘ではなく息子にしたが、息子に己の過去を見たリリオムの悔恨の念は強まり、同じ過ちをしないよう改心させようと躍起になるのもよく分かる。
撮影:長谷川 清徳
撮影:長谷川 清徳
ルグランのオリジナル音楽は、ロマンティックな旋律やビートを効かせた音楽など、多彩なスタイルを駆使して登場人物の心に寄り添い、起伏に富んだドラマを流麗に表現した。リリオムがジュリーや息子、愛人のマダムと踊るデュエットは場面毎に描き分け、遊園地では喧騒を奏で、失業者の群舞には迫力ある音楽で呼応するなど、ノイマイヤーの振付と一体になっていた。舞台後方で演奏するバンド(ジュール・バックリー指揮の北ドイツ放送協会ビッグバンド)と録音音楽が入りまじるのは、ドラマに奥行を与えてもいたようだ。
リリオムを演じたのはカーステン・ユング。筋肉質の身体なので黒の革パンツで上半身裸で働く姿が似合い、女たちを引き寄せずにはおかない野性味や男くささを全身から放ち、感情をコントロールできずに爆発させてしまい悔やみもするといった感情の起伏を自然体で伝えていた。暴力的な振りやステップを正確にこなしていたが、やるせなさや哀愁を滲ませた後ろ姿の演技も忘れ難い。
ジュリーは、初演時にも演じたイングリッシュ・ナショナル・バレエのアリーナ・コジョカル。水兵に絡まれているのを助けてくれたリリオムに純粋な愛を注ぎ、彼の心に潜む優しさを見抜き、それゆえ暴力を振るわれても受け入れる芯の強さを持つ可憐なジュリーになりきっていた。ベンチでおずおずと互いの愛を確かめ合うデェットでは、荒々しくリフトされながら顔には喜びを滲ませていた。リリオムの亡骸をいとおしんで抱きしめるシーンは悲しみを誘うが、煉獄から訪ねてきたリリオムの存在とその愛を全身で感じ、優しいキスを受けて幸福に浸るラストが限りなく美しかった。
ルイスを踊ったアレッシュ・マルティネスは、リリオムとのデュエットで攻撃的に脚を蹴り上げ、床を転げるなど、ユングに拮抗するエネルギーをみせた。風船を持った男を演じたのはサシャ・リーヴァ。長い手脚の持ち主のようで、静止のポーズを美しく保ち、性格付けはされていないものの、要所で存在感を示していた。マダム・ムシュカート役のアンナ・ラウデールも妖艶な演技をみせた。群舞も見応えがあった。中でも失業者たちによる、行き場のない怒りを爆発させたような群舞は迫力で圧倒し、リリオムの生前の所業を裁く真っ赤な衣裳の悪魔たちの奇怪なダンスも異彩を放っていた。それにしても、リリオムとジュリーを通じて、ひとつの窮極の愛の形をダンスだけで雄弁に綴ったノイマイヤーの手腕に、またも感心させられた。
(2016年3月4日 東京文化会館)
撮影:長谷川 清徳
撮影:長谷川 清徳
『リリオム - 回転木馬』撮影:長谷川 清徳 tokyo1604b06.jpg
『真夏の夜の夢』
シェイクスピアの原作を基にバレエ化した『真夏の夜の夢』には、ノイマイヤーの独創的なアイデアが散りばめられている。1977年、ノイマイヤー35歳の時の傑作である。
人間界と妖精界で繰り広げられる恋愛騒動に、職人たちの世界を織り込んで展開するファンタスティックな物語だが、人間の世界にはクラシカルなメンデルスゾーンの音楽、妖精の世界にはリゲティの現代音楽、職人たちの世界には古風な手回しオルガンによる伝承音楽と使い分け、振付のスタイルもそれぞれの世界で違えるという凝りよう。加えて、銀色に輝く総タイツという妖精たちの衣裳が宇宙的な異次元のイメージを与えることもあり、初演からほぼ40年を経た今も新鮮に映る。
プロローグはアテネ公爵シーシアスとヒッポリタの結婚式の前夜という設定で、ヒッポリタが着ている花嫁衣裳の何メートルもある長い裾が目を引く。どこか寂し気なのは、シーシアスと貴婦人たちとの火遊びを憂いているからと後で分かる。花嫁の友人で衣裳の仕上げを手伝うヘレナとハーミアや、ハーミアと相思相愛の庭師ライサンダー、ヘレナの元婚約者で今はハーミアに熱をあげる士官デミトリアス、儀典長、祝宴で芝居を上演するボトムら職人たちも登場。最後にシーシアスが現れ、ヒッポリタにバラの花を贈る。
『真夏の夜の夢』撮影:長谷川 清徳
こうして主要な登場人物が手際よく紹介された後、ひとりになったヒッポリタは贈られたバラを胸に眠りに落ちて夢の世界へ入る。すると背後の幕が落とされ、瞬時に神秘的な妖精たちの森の世界が現前した。銀色の帽子に銀色の総タイツの妖精たちは異界の生き物のようで、身体を滑らかにうごめかしてシュールなダンスを繰り広げた。
『真夏の夜の夢』撮影:長谷川 清徳
『真夏の夜の夢』撮影:長谷川 清徳
妖精の王オベロンは女王タイターニアと言い争うが、怒ったオベロンは目を覚まして最初に見た人に惚れる魔法の花をパックに渡し、タイターニアに使えと命じる。ノイマイヤーは、オベロンとシーシアス、タイターニアとヒッポリタ、パックと儀典長を同じダンサーに演じさせている。妖精界(夢)は人間界(現実)を映し出すと捉えているのか。魔法の花が引き起こす4人の男女の恋のもつれは痛快なタッチで描かれ、タイターニアがロバの頭に変えられた職工ボトムに恋してしまう様もユーモラスだった。ユニークなのはヘレナを近視にしたこと。見える世界が眼鏡のあるなしで変わるというのは、何とも示唆深い設定だ。ほかに独創的なのは、シーシアスがヒッポリタを目覚めさせ、愛を確かめるようにデュエットを踊るシーンを挿入したこと。また、シーシアスに結婚の許しを求める2組の恋人たちが、森での騒動を物語るようなボロボロの服のまま現れたのも笑いを誘った。
『真夏の夜の夢』撮影:長谷川 清徳
『真夏の夜の夢』撮影:長谷川 清徳
主役を務めたペア、エレーヌ・ブシェとポーランド国立バレエ団のウラジーミル・ヤロシェンコは、妖精の女王と王としての威厳と風格を備えており、体のラインの美しさを際立たせた振りや難しいリフトが盛り込まれたデュエットを滑らかにこなし、結婚式では端正で典雅なパ・ド・ドゥを踊って、異なる魅力を披露した。
魔法の花のせいで二人の男に追いかけられるヘレナを演じたシルヴィア・アッツォーニはコミカルな演技の中に細かな心の機微をのぞかせていた。的確な演技で応じるデミトリアスのアレクサンドル・リアブコとの息の合ったやりとりが絶妙で、ハーミアのフロレンシア・チネラートとライサンダーのエドウィン・レヴァツォフのペアをリードした形。
パック役でひょうきんな立ち回りを見せたアレクサンドル・トルーシュが、格式ばった儀典長も演じていたとは驚きだった。結婚式で職人たちが上演した『ピラマスとシスビー』も見ものだった。壁越しに愛し合う恋人たちが、相手がライオンに殺されたと思って自死してしまう滑稽な悲喜劇で、ボトムのロイド・リギンズらが芸達者な演技で笑わせた。
結婚式がお開きになると、再び妖精の世界へ。オベロンがたおやかなタイターニアを逆さに抱えて回転し続けるラストは、二人の至福の時を刻んでいた。妖精の世界を夢に、人間の世界を現実になぞらえ、両者を巧緻に交錯させた作品だが、夢と現実とではどちらの世界が本物なのかと、問いかけているようでもある。なお、公演にはソリストの有井舞耀やコール・ド・バレエの菅井円加らも出演していた。若い彼らの今後の活躍を期待したい。
(2016年3月11日 東京文化会館)
『真夏の夜の夢』撮影:長谷川 清徳