ロマン主義音楽家ベルリオーズの半生を華麗な表現を駆使して描いた『幻覚のメリーゴーランド』
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ワールドレポート/東京
- 関口 紘一
- text by Koichi Sekiguchi
松崎すみ子バレエ公演
『幻覚のメリーゴーランド』『鳥』松崎すみ子:振付、『vulcanus』松崎えり:振付
松崎すみ子バレエ公演は、松崎すみ子が振付けた『幻覚のメリーゴーランド』『鳥』と、松崎えりの振付による『vulcanus』を上演した。公演タイトルとなっている『幻覚のメリーゴーランド』は、1994年に初演された舞台の再演だったが、私は初見。
冒頭、舞台奥いっぱいに階段状のセットで中央が幾分低くなっており、下手の高い所に下村由理恵扮する女優、上手に天馬と死神(篠原聖一)。下のフロアには、山本隆之扮する若い作曲家(ベルリオーズ)と友人(佐々木大)が寝そべっている。前田哲彦による装置がインパクトを与えていて、このヴィジュアルがこの作品の構図そのまま表現して説得力がある。
エクトル・ベルリオーズ(1803〜1860)の半生を土台とした創作作品と説明されている。周知のようにフランスのロマン派の作曲家ベルリオーズは、『幻想交響曲』や『レクイエム』(死者のための大ミサ曲)オペラ『ドロイアの人々』(巨大な木馬が登場する)などで知られるが、作曲家としての名声も生活や恋愛の面からも毀誉褒貶の激しい人生を送った。『幻想交響曲』はトマス・ド・クインシーの『或る阿片常習者の告白』に着想を得て、シェイクスピア劇の女優ハリエット・スミンソンとの大恋愛をモティーフとした幻覚的な音楽である。
「幻覚のメリーゴーランド」
撮影/塚田洋一(すべて)
下村由理恵、山本隆之
女優に魅入られたベルリオーズは、幻覚に陥り、自身の才能を否定し、次第に死神に導かれ、やがては友人を刺し殺し、自らの喉を斬り自殺する。こうした幻覚と苦悩を乗り越えて再生した芸術家の半生を描いている。
前半の音楽の精(西田佑子)とそのアンサンブルが、ベルリオーズの創造意欲をかきたてるように踊るシーンは美しいし、ベルリオーズの音楽の素晴らしさを捉えている。あるいは、このシーンのためにこの装置を発想したのではないか、と思われるくらいイメージ豊かな救いのある唯一の場面ともいえる。主役とアンサンブルの関係も大階段を使って自然に表現されていた。西田佑子の素晴らしい踊りと彼女にふさわしい美しいイメージが表された。
その後は、女優をめぐって感情の浮き沈みを繰り返し、やや同工異曲のきらいがなきにしもあらずだった。今日の舞踊表現の流行からみると少し時代がかったとも感じられるかもしれないが嫌みがなく、素直に紆余曲折を観ることができた。音楽はベルリオーズと一部にシューベルトが使われた。
ラストシーンは絹のような艶やかな肌触りの巨大な布地で舞台全面を覆ってしまう、という今から見てもかなり思い切った表現で見応えがあった。主役の憧れの女優(下村由理恵)と作曲家を志す青年(山本隆之)は、表現することが難しい幻想的なシーンが多かったがしっかりと踊った。
西田佑子、山本隆之
山本隆之
佐々木大、下村由理恵、山本隆之
「幻覚のメリーゴーランド」
「幻覚のメリーゴーランド」死へのいざない
『鳥』も再演で『幻覚のメリーゴーランド』の初演の際にも上演された演目である。
鳥の世界を支配する鳥と一組の若い鳥のカップルと群舞による作品。西田佑子と橋本直樹のカップルが活き活きと踊ってバランスが良く、鳥という生き物の生命力を感じさせた。支配する鳥は小原孝司が扮した。良く鳥の生態を観察し、鳥の形のもつしなやかさとそれが空間で作る動きにより構成されていた。 『vulcanus』松崎えり振付の新作。増田真也と松崎えり自身が踊った。深紅の薔薇とその花弁を象徴的に使って、女性の神秘的な存在感を印象深く表した作品だった。
(2015年12月23日 東京芸術劇場 プレイハウス)
「鳥」小泉孝司
「鳥」
「鳥」
「鳥」西田佑子、橋本直樹
「vulcanus」
「vulcanus」松崎えり、増田真也
「vulcanus」