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バウシュ、ショルツ、フォーサイスのもとで踊ったダンサーたちが意欲的に振付けたトリプルビル

ARCHITANZ 2018

『月の銀を噛み、太陽を口に』ジュリー・アン・スタンザック:振付、『ロミオとジュリエット』よりバルコニーのパ・ドゥ・ドゥ  ジョヴァンニ・ディ・パルマ:振付、『The edge of the circle』ホ・ヨンスン:振付

国内外のネットワークを駆使して、リハーサルスタジオの運営のみならず、様々なクリエイションやプロジェクトを企画制作しているアーキタンツによる恒例のダンス公演が開催された。今年も異なるタイプの3作品を上演するトリプル・ビル形式で、レッスンに通うフリーランスのダンサーやゲストたちが多数参加、今回は特に国内外のバレエ団にてプロとして活動していたバレエダンサーたちの活躍が目を引いた。

まず最初に披露された作品は、ヴッパタール舞踊団のジュリー・アン・スタンザックによる『月の銀を噛み、太陽を口に』。
天井から短冊形の4枚の布が下がっているシンプルな舞台で繰り広げられるこの作品は、スタンザックを寵愛していた故ピナ・バウシュの舞台を彷彿とさせる大作だ。登場人物の心の襞にも見えてくる舞台美術の白布には、月や水といった自然の映像が映し出されたかと思うと、青く強い照明が反射したり、雨や海の映像が流されたりと、空間のイメージを変容させるのに効果的。選ばれた8名のダンサーたちは、約1ヵ月にわたるクリエイションの中で与えられた、様々な課題に応える形で作品のベースとなるピースを創作、スタンザックはそこに20曲もの音楽を組み合わせて55分の長編物語を創り上げた。

「月の銀を噛み、太陽を口に」 撮影/瀬戸秀美

「月の銀を噛み、太陽を口に」
撮影/瀬戸秀美

薄闇の中、転がった流木に後ろ向きに腰かけている涌田悠の姿が浮かび上がる。白いロングドレスを纏った涌田はやがて立ち上がって、「想像してみて」と客席に向かって話し始める。この場を共有するすべての者に、舞台を見ることの、生きることの本質的な問いを投げかける。そこに登場した奥響子がヴァイオリニストのアレキサンダー・バラネスクに弓を渡すと、流麗な二人の共演が始まる。オレンジ色のロングドレスを揺らした奥の軽やかなダンスとバラネスクの爽やかな音色が交錯する。彼がこの作品のために作曲した『Akogare』はテーマ音楽のように何度か登場、空間を縦横無尽に行き来して、観る者のイメージを飛躍させてくれる。
しかし、希望に満ちたパフォーマンスはすぐに寸断される。続くのは気のない男女が目的もなく漂う閑散とした小社会や紙の散らばった諍いが絶えない共同体。女性5名、男性3名のダンサーたちはソロ、デュオ、アンサンブルと構成を次々と変化させ様々な状況を描き出す。シャツとパンツを着た男性たちは現代的な様相でポップな踊りを展開し、メラニー・デ・ビアシオの『Blackened Cities』、アル・ハカの『Untitled (Featuring Farda P)』、シネマティック・オーケストラの『Necrology』など、ヒップ・ホップからジャズ、電子音楽など実に様々な音楽をコラージュして、人と人との関係の中で生きている私たちの日常の風景を投影させていく。しかし叙情的であったり、暴力的であったりするこれらのシーンと、私たちとの距離は、顕微鏡を覗き込むように近かったり、あるいは地球の上から眺めているように俯瞰的だったりと、観るものの視座を照らし出してしまう。想像の結果は傍観者との距離や経験によって異なるとでもいうように。
「鳥がいるでしょう」「叫びがあるでしょ」「安全な水を手に入れるには」といったダンサーによる台詞は、バウシュの世界にも通じる社会への疑問や希望への叫び。しかし彼女らによる慣れない台詞は若干の違和感を覚える場面もあった。発話経験の少ない日本のダンサーたちには、そのための訓練が必要なのだろう。

「月の銀を噛み、太陽を口に」

「月の銀を噛み、太陽を口に」 撮影/瀬戸秀美

一方で、ロングドレスを着て踊る女性ダンサーたちのアンサンブルはとても魅力的。彼女たちが床を水平に移動すると、纏ったロングドレスそのものが空間に解き放たれ、踊っているように揺らめいている。また全員で腕をまっすぐに宙に伸ばし、呼吸や重力に従って体に沿うように上下左右と空間に体を投げ出すとき、その肢体は空間を覚醒させ自由を獲得する。タンツテアターの創始者的役割を担ったクルト・ヨース(独)、このバレエ団出身のバウシュを通して、ヨースのテクニックが今もヴッパタール舞踊団のメソッドの根幹をなしていることを感じさせてくれる豊穣なダンスアンサンブルだ。
ラストはダンスとのコラボレーションも多いギタリストのルネ・オーブリーによる『Who Lights the Sun?』を使用した総群舞。さらにバウシュの作品の音楽を多数手掛けてきたというバラネスクによるヴァイオリンも、登場人物たち生きることへの痛みを代弁しているかのように優しい叫びをあげる。再び、オレンジのドレスの女性が流木を引きずって登場。その後ろで背を向け両手を広げて宙を見る7名のダンサーたち。彼らの立ち姿が、私たちの未来を「想像」させた。

「月の銀を噛み、太陽を口に」

「月の銀を噛み、太陽を口に」 撮影/瀬戸秀美

2作目はバレエ作品、ジョヴァンニ・ディ・パルマ振付による『ロミオとジュリエット』よりバルコニーのパ・ドゥ・ドゥ。
パルマは、故ウヴェ・ショルツの継承者として、世界中のバレエ団でショルツ作品の再振付を行っている。ショルツといえば交響曲を視覚したシンフォニック・バレエなど、抽象的な作品で有名だが、2年前の「ストラヴィンスキー・トリプル・ビル」で日本初演した『春の祭典』など、表現的な創作もする幅広い振付家である。今回は2013年にサンパウロ・カンパニア・デ・ダンサに振付けた全幕バレエから、バルコニーのパ・ド・ ドゥを抜粋し、初顔合わせとなった酒井はなと風間自然のために新たソロの場面を創作した。
右奥にシンプルなバルコニー、その下でジュリエットを待つロミオのソロが始まる。ゆっくりと丁寧に動きを紡いでいくロミオの所作からジュリエットを待ち焦がれる彼の心情が、手に取るように感じられるシンプルな幕開けだ。バルコニーに登場するのはジュリエット。10代のジュリエット役をいつまでも可憐でピュアに演じられる酒井の美しさに息を呑む。

「ロミオとジュリエット」より バルコニーのパ・ドゥ・ドゥ 酒井はな、風間自然

「ロミオとジュリエット」より
バルコニーのパ・ドゥ・ドゥ 酒井はな、風間自然
撮影/瀬戸秀美

パルマは登場人物の心情に忠実に振付けているようで、空間の中で次第に変化する二人の立ち位置や全身から溢れる表情など、戸惑いながらも少しずつ近づいていく二人の情感がダイレクトに伝わってくる。特に前半、祈るように胸の前で手を合わせてから急激に走りだす二人の心躍るようなダンスは、彼と彼女が恋に落ちた瞬間を見事に表現。酒井の清楚な美しさと対照的な風間のちょっとアバンギャルドな雰囲気は、二人の住む世界の違いを瞬時に感じさせて印象的だった。

「ロミオとジュリエット」よりバルコニーのパ・ドゥ・ドゥ 酒井はな、風間自然

「ロミオとジュリエット」より
バルコニーのパ・ドゥ・ドゥ 酒井はな、風間自然
撮影/瀬戸秀美

「ロミオとジュリエット」よりバルコニーのパ・ドゥ・ドゥ 酒井はな、風間自然

「ロミオとジュリエット」より
バルコニーのパ・ドゥ・ドゥ 酒井はな、風間自然

フィナーレを飾ったのは、2015年初演の韓国のホ・ヨンスンによる『The edge of the circle』。 日本の第一線で活躍するダンサーたち、新国立劇場出身の八幡顕光、宝満直也や、元Noismの辻本知彦、梶田留以、飯田莉奈子などのプロフェッショナルなカンパニー出身の10名のダンサーのために再振付された。ヨンスンにとっては日本初上演作品となった。
タイトルはまるで謎解きのよう。円にはないと思われている角、しかし彼女は強烈な個性(エッジ)を持つ人が集まることによって一つの円ができると語る。その思想は個の集うコミュニティの成り立ちをも思い起こさせる。

「The edge of the circle」辻本知彦

「The edge of the circle」辻本知彦
撮影/瀬戸秀美

幕開けは暗転、薄っすらと舞台中央に円形の明かりが灯る。グレーの上着に短パンといった体のラインが浮き立つ衣装のダンサーたちの歩みが見えてくるや、中央最前列の女性ダンサーがひとり踊り始める。儀式のようなこの飯田莉奈子のシンプルかつ強い動きに応答するかのように、男女のカップルが集団の中から少しずつ離れていき、それぞれの身体で会話を始める。その対話はバレエアカデミックの技法をベースにした動きを中心に構成されており、宙に向かって高く足を挙げたり、頭の上まで抱えるリフトなど一目でわかる難しい技術が多い。さらになるほどウィリアム・フォーサイスの洗礼を受けたヨンスンらしく、バレエを拡張したオフバランスやコンタクトなど、高度なコンテンポラリーのテクニックも要求される振付だ。

「The edge of the circle」宝満直也 飯田利奈子

「The edge of the circle」宝満直也 飯田利奈子
撮影/瀬戸秀美

タイトルを強調するかのごとく、舞台床には円形のあるいはエッジの効いた角形の照明が映し出される。この明かりに導かれるように移動しながら男女は関係を継続し、それぞれの物語を紡ぎだす。ハイライトとなるのは、マックス・リヒターによる『四季』(ヴィヴァルディの原曲を再構成)に触発されるように全員でいっせいに舞う迫力あるアンサンブルだ。前後に肩で息をするように身体を動かしたり、床を叩くなど、空間を震わせるような印象的な動きと瞬発的かつ連綿と連なる振付が空間を支配する。

この物語を凝視しているうちに辿りつくのが、一組の男女の物語だ。正方形の明かりの中でしばらくの間じっと佇む辻本知彦。強い存在感で、まるでサイボーグのように強固で明確な意思を感じさせる辻本。そこに近づき、辻本の心を溶かしていくように恐るおそる絡み踊る飯田莉奈子。男は女の身体を借りて、子どものような無の境地へと帰っていく。辻本の即興のように自在で強靭な身体と、そこにしなやかに反応する飯田のダンスが作品全体の中で強いインパクトを放っていた。
ダンサーの進む領域を的確に映し出す照明と同様、10名の心情を的確に印象付ける音楽、特に男女のパ・ド・ドゥではアイスランドの作曲家オーラヴァル・アルナルズによる神秘的な音楽が2人の間にある様々な物語を想起させるのに相応しい。ラストはまた最初と同じ場所に戻り、飯田によるソロで幕を閉じた。そこにいるのは、冒頭とは異なる、多様な関係と体験を積み重ねた共同体なのだろうか。選ばれた10名のダンサーたちは、完成度の高い振付を高い水準のテクニックをもって踊り、ホ・ヨンスンの描く世界を見事に体現してみせた。

金田あゆ子 高比良 洋

「The edge of the circle」金田あゆ子 高比良 洋
撮影/瀬戸秀美

近藤美緒 八幡顕光

「The edge of the circle」近藤美緒 八幡顕光
撮影/瀬戸秀美

梶田留衣

「The edge of the circle」梶田留衣
撮影/瀬戸秀美

辻本知彦+飯田利奈子 宝満直也

「The edge of the circle」辻本知彦+飯田利奈子 宝満直也
撮影/瀬戸秀美

今回紹介された振付家はいずれもピナ・バウシュ、ウヴェ・ショルツ、ウィリアム・フォーサイスと、20世紀を代表する巨匠振付家の元でダンサーとして活躍しており、それぞれの振付作品への影響も少なくない。過去の偉大な振付家の残したメソッドや方法論、そして思想を継承していくこと、その上で今生きる彼ら独自の作品を創造していくこと。彼らの目指すその過程に共感しつつ、すでに21世紀のこの世代交代の時期にあって、巨匠たちの築いてきた深遠な舞踊世界と、まだ見ぬ新たな地平のその狭間にいることを強く実感した公演でもあった。
ところで、アーキタンツは2020年で設立から20年を迎えるという。日本の閉鎖的なダンス環境の中、ダンスを愛する人々が集う開放的なサロンのような役割を担ってきたのがこのオープンスタジオだ。ストイックに突き詰めれば突き詰めるほど、視野が狭くなることもあるアーティストの世界。国内外の様々なダンサーや振付家、あるいは他ジャンルのアーティストが往来することによって、風通しの良い空間を作り出しているアーキタンツには、今後益々重要な日本のダンス・プラットホームになっていくことを期待したい。
(2018年2月18日昼 新国立劇場 小劇場)

ワールドレポート/東京

[ライター]
唐津 絵理

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