アントニアを踊った小野絢子が深い印象を残した、新国立劇場バレエ団の『ホフマン物語』

新国立劇場バレエ団

『ホフマン物語』ピーター・ダレル:振付

ピーター・ダレルの代表作『ホフマン物語』は、2015年10月に新国立劇場バレエ団が上演し、レパートリーとなった。これはドイツ生まれでパリで活躍した、19世紀の作曲家ジャック・オッフェンバックのオペラ『ホフマン物語』を、イギリスのバレエ音楽家ジョン・ランチベリーが編曲。スコティッシュ・バレエの創設家のひとりピーター・ダレルが振付けたプロローグ、エピローグ付きの全3幕のバレエである。原作のオペラは、19世紀ロマン派の作家、E.T.A.ホフマンのいくつかの小説をアレンジして、主人公ホフマンの3つの悲恋を描いた戯曲に作曲したもの。

池田理沙子、福岡雄大 撮影・鹿摩隆司

池田理沙子、福岡雄大 撮影・鹿摩隆司

物語は、恋人のオペラ歌手のラ・ステラ(本島美和)をカフェで待つホフマン(福岡雄大、新国立劇場初演も)が、杯を重ねながら20代、30代、40代の3世代にわたって経験した苦い恋の思い出を語る。カフェの少し離れた席から、それを冷ややかに見つめるリンドルフ議員がいる、という設定で始まる。
第1幕はスパランザーニ(中家正博)の精巧な美しい人形オリンピア(池田理沙子)の物語。まだ若いホフマンはスパランザーニに魔法のめがねをかけるように要求されて、オリンピアへの恋に陥ってしまう。しかし、魔法のめがねを失って虚しい人形の姿を見る。池田は実体は人形だが、魔法めがねをかけたホフマンには素晴らしく魅力的な女性に見える、というちょっと微妙な役をうまく踊って表していた。細やかな表現もなかなか上手かった。
第2幕は、踊ると死に至るという病にかかった美貌のバレリーナ、アントニア(小野絢子、新国立劇場初演も)との恋。ホフマンは音楽修行中で、アントニアを踊らせることを師である彼女の父親(貝川鐵夫)に固く禁じられていた。しかしドクター・ミラクル(中家正博)に催眠術をかけられ、自分は素晴らしいバレリーナだと思い込んだアントニアに懇願されて演奏し、最愛の彼女はホフマンの腕の中で息をひきとってしまう。
小野絢子のアントニアは印象深かった。モティーフが踊ることの魔力というものなので、バレエダンサーが表現しがいがあるというか、ちょっと得な役柄だったかもしれない。とは言え、やはり小野絢子の登場人物の繊細に揺れる心を見事に描き出す舞踊的表現力が存分に発揮された。プリマバレリーナとして踊る幻想シーンの踊りも見ごたえ充分。ダンサーが巧みに踊ると、振付もいっそう良く見える。福岡もしっかりと踊った。おそらくは二人にとって手応えのある踊りだったと思う。小野と福岡は、彼ららしい息の合ったパートナーシップを築くことに成功している。

小野絢子、福岡雄大 撮影・鹿摩隆司

小野絢子、福岡雄大 撮影・鹿摩隆司

第3幕は、過去の恋に傷ついたホフマンは信仰生活を送っていたが、美しい娼婦、ジュリエッタ(米沢唯、新国立劇場初演も)に魅了され魂を失ってしまう、という恋。ホフマンはダーパテュート(中家正博)のヴェネツィアのサロンで娼婦ジュリエッタと出会う。ダーバテュートの計らいで、ジュリエッタに身も心も魅了されてしまい信仰l心を失い、そして鏡に自身が映らなくなっていることを知る。幻想の世界に生きて存在を失っていたことを知ったホフマンは大いに悔いて現実に戻る。するとダーパテュートとジュリエッタは鏡の中に消えていった。
米沢のジュリエッタは、豪華に爛熟した雰囲気を纏って、ホフマンの魂を虜にする。身体全体の表現を使って、強く存在感を示しすことに成功していた。
そしてエピローグでは、虚しく傷ついた恋を語りながら酔いつぶれてしまったホフマンを残して、ラ・ステラはリンドルフに腕をとられて去っていく・・・。

米沢唯、福岡雄大 撮影・鹿摩隆司

米沢唯、福岡雄大 撮影・鹿摩隆司

自分が恋人に捨て去られる時間の中で、三つの失恋の奇談を、幻想と現実の葛藤の中に描くという、洒落たしかし自虐的な物語である。ダレルは、本来は原作の作家ホフマンのものと思われるこの自虐的な世界に、特別に共感は寄せてはおらず、うまく物語をまとめている。原作ではアントニアはオペラ歌手という設定だが、バレリーナに設定を変えたのは当然と言えば当然かもしれないが、最もバレエとして説得力かあったのは、このアントニアとの恋だったと思う。第2幕は特に、踊ると同時に消えていくバレエの儚さとバレリーナという存在の嫋やかさを重ねた演出と、その振付も成功を収めている。おそらくダレルは、第2幕を描くために「ホフマン物語」という世界を借りたのかもしれない、などと思った。
(2018年3月9日 新国立劇場 オペラパレス)

ワールドレポート/東京

[ライター]
関口 紘一

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