独創性と素晴らしいアイディアに溢れるベジャールの『くるみ割り人形』、母役を踊った渡辺理恵のサヨナラ公演となった
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東京バレエ団
モーリス・ベジャールの『くるみ割り人形』モーリス・ベジャール:振付
バレエに革命をもたらした偉大な振付家、モーリス・ベジャールの没後10年記念企画の最後を締めたのは、チャイコフスキーの三大バレエの一つ『くるみ割り人形』。マリウス・プティパの台本による、少女が主人公のファンタジックな物語を、ベジャールは、母を亡くした7歳ころの自身を主人公にした自伝的な作品に作り替えた。ビムと呼ばれていた少年時代の回想である。今回は5年振りの上演だったが、斬新なアイデアに満ちたベジャール版は、数ある『くるみ割り人形』のヴァージョンの中でも、独創性という点で抜きん出ていることを、改めて感じた。2日公演の初日を観た。
Photo:Kiyonori Hasegawa
冒頭、TVスクリーンにベジャールの映像が映され、「想い出すなあ クリスマス...」と自身が日本語で語るナレーションが流れると、それだけで胸が熱くなってしまった。モミの木の側で遊ぶビムと、愛猫のフェリックス、父親のM...がいる部屋に、亡くなったはずの母がプレゼントを持って登場すると場面は一転し、ベジャールの追憶の世界が始まる。全体を貫くのは、結婚したいと思うほど好きだった母への追慕と、「僕はバレエと結婚した」と語るバレエへの情熱である。M...は、父親だけでなく、あこがれの振付家でバレエの指導もするマリウス・プティパにもなるといった具合で、古典版の『くるみ割り人形』で少女の導き手となるドロッセルマイヤーに通じる役である。
ベジャールが描く回想の世界はとにかく楽しい。バレエのレッスン、妹と楽しんだ『ファウスト』の芝居ごっこ、ボーイスカウトの合宿、夢の中に現われた派手な衣裳の光の天使とセクシーな妖精など、慌ただしく情景は変わるが、転換を促すのはフェリックスとM...である。突然あらわれた巨大なヴィーナス像の後ろ側には聖母像を収めたほこらがあり、そこでビムは母と再会し、互いを慈しむようにパ・ド・ドゥを踊る。二人がほこらに入ると雪が降り始め、颯爽とソリで登場したマジック・キューピーが手品を披露する。この役は、現在バレエ団団長を務める飯田宗孝が1999年の初演時から務めており、今回も器用な手さばきを披露した。弟2幕はビムが意匠を懲らせた各国の踊りで母を楽しませるという趣向。闘牛を採り入れた「スペイン」や、バトントガールと自転車を乗り回す男性による「中国」、美女が入った箱に奇術師の男が剣を刺す「アラブ」、男女がパワフルな技をみせた「ソ連」、フェリックスのソロ、シャンソンにのせた洒落た雰囲気の「パリ」に続き、「花のワルツ」では母も踊りに加わる。「グラン・パ・ド・ドゥ」は、プティパや古典バレエへの敬意を表して、イワーノフのオリジナルのまま踊られる。場面は冒頭に戻り、眠りから目覚めたビムは、聖母像のミニチュアが夢の形見のように置かれているのを見つける。
東京バレエ団 モーリス・ベジャールの『くるみ割り人形』 Photo:Kiyonori Hasegawa
東京バレエ団 モーリス・ベジャールの『くるみ割り人形』
Photo:Kiyonori Hasegawa
ビム役の岡崎隼也は、素直で快活な男の子を楽しげに演じていた。母の役は渡辺理恵。白いスーツにハイヒール、マリンルック、白の総タイツと替えながら、常に慈愛に満ちた表情をたたえ、ビムを優しく包み込んだ。フェリックス役の宮川新大は爽快なジャンプやピルエットが際立った。これで、猫特有のしなやかな身振りが加わればと思う。難役のM...を務めたのは秋元康臣。若いせいか、尊厳は今一つ物足りなかったが、手本を示すシーンでのシャープな足さばきなどは見事だった。「グラン・パ・ド・ドゥ」では、上野水香と柄本弾がアダージョを端正にこなした後、男性のヴァリエーションになるとフェリックスの宮川が柄本を押しのけて鮮やかに踊った。女性のヴァリエーションは上野だったが、コーダでは「ソ連」を踊った井福俊太郎が男性パートで強靱なジャンプをみせ、上野と組む最後で柄本に代わった。柄本の調子が思わしくなかったからだろうが、古典の様式を踏まえて典雅に収めた上野に比べると、宮川と井福のパフォーマンスは素晴らしいとはいえ技巧重視になっていたようだ。ほかに、「アラブ」でなまめかしさを匂いたたせた柿崎佑奈や、「パリ」で小粋なデュエットをみせた川島麻実子と岸本秀雄もいた。なお、カーテンコールで花束を贈られた渡辺は、2018年3月で退団するため今回が最後の公演という。ビムに別れを告げる幕切れのシーンでは、舞台を去る自身の心境をダブらせていたに違いない。また、2日目にM...を演じる木村和夫も2018年3月で引退するので今回が最後の舞台だったが、引退後は特別団員として指導に当たるそうだ。ともあれ、ベジャールの『くるみ割り人形』は、彼の過ごした少年時代に触れ、どのようにバレエの魅力に囚われていったのかを知る楽しい作品だった。
(2017年12月16日 東京文化会館)
東京バレエ団 モーリス・ベジャールの『くるみ割り人形』
Photo:Kiyonori Hasegawa
東京バレエ団 モーリス・ベジャールの『くるみ割り人形』 Photo:Kiyonori Hasegawa
ワールドレポート/東京
- [ライター]
- 佐々木 三重子