島地保武、柳本雅寛、広崎うらん、3者3様の作品が誕生した谷桃子バレエのトリプルビル

谷桃子バレエ団Contemporary Dance Triple Bill

『セクエンツァ』島地保武:振付、『Nontanz』柳本雅寛:振付、『Pêches ペシュ』広崎うらん:振付

日本の老舗バレエ団における次世代の果敢な取り組みが頼もしいと感じられる昨今の日本のバレエ界。谷桃子バレエ団は3名の日本の振付家にコンテンポラリー作品を委嘱する新作の創作に取り組んだ。ここで誕生した新たな3作品は、ダンサーの身体の扱い、創作方法、音楽との関係と、いずれも一様ではないアプローチで創作されており、今日の日本のコンテンポラリー・バレエにおける豊かな位相を示すものとなった。

オープニングを飾ったのは島地保武振付による『セクエンツァ』。現代音楽家ルチアーノ・ペリオが作曲した同名曲と、同じくペリオのピアノ曲『6つのアンコール』を交互に使用した抽象度の高い作品だ。ペリオは演奏家と刺激し合いモチベーションを高め合いながら、50年もの年月をかけて『セクエンツァ』を作曲したという。今回の振付にあたって島地は、徹底的にダンサーたちと向き合い、彼自身が振付した動きとダンサーが主体的に解体・構築した動きの間を行き来することで、新たなステージを目指したという。島地のこの試みは、ペリオの音楽における挑戦を、ダンスで実践したものと言えるかもしれない。また振付助手としてトップダンサーの酒井はなと高比良洋が加わり、綿密な振付の橋渡し役となり、ダンサーの動きの繊細さと明瞭さを一層引き上げることに貢献した。

「セクエンツァ」竹内菜那子、山口緋奈子 写真/スタッフ・テス株式会社

「セクエンツァ」竹内菜那子、山口緋奈子
写真/スタッフ・テス株式会社

「セクエンツァ」佐藤麻里香

「セクエンツァ」佐藤麻里香
写真/スタッフ・テス株式会社

「セクエンツァ」馳麻弥、横岡諒

「セクエンツァ」馳麻弥、横岡諒
写真/スタッフ・テス株式会社

幕が上がるとヴァイオリンの音が聴こえてくる。同時に黄色と赤のタイトな衣裳に身を包んだ男女2名のダンサーが踊り始める。幕が上がるずっと以前から、彼らは踊り続けているのだと感じさせる素早く無機的な動き、それはダンスの起源をも想起させる幕開けである。舞台に登場しては退場する個々のダンサーたちの動きは自立していて、舞台には中心も物語もない。ここではダンサーの描く動きは意味を剥ぎ取られた記号として機能しているが、そもそもバレエの各テクニックには物語はない。古典バレエでは動きの隙間や背景にその物語を読むようにダンサーとダンサーの関係性の間に、各々のストーリーを読み取ることもできるだろう。
空間に素早くも丁寧に動きを刻んでいくダンサーたちの隙間に、突然滑り込むように、滑稽な動きで登場する男性ダンサーの市橋万樹。ヴァイオリンの超絶技巧のリズムに合わせて点滅する照明の中、まるでカニのようにコミカルに横跳びで登場する彼の存在により、緊張感がふっと溶ける。空間が緩やかになる。緊張と緩和、その対照的な空気感がこの作品の魅力のひとつだ。切断されるパフォーマンス、突然挿入されるサウンド。ダンサーの声をサンプリングして使用したという中盤のシーンでは、型に留まっていたダンサーたちが水を得た魚のように自由を獲得して動く様が心地よい。そしてさらなる現実、客電がついたかと思うと市橋が客席にかかった時計の時間を読み上げる、意表をついた「現在」という別の時間の挿入。島地の歴史を背負ったバレエへの切断と「いまここ」を繋ぐ演出が爽快だ。バレエ団のダンサーたちは、丁寧なクリエイションを積み重ねることで、高度な振付を要求されながらも自発的に作品に向かい合い、それを高いクオリティで踊りあげた。

「セクエンツァ」

「セクエンツァ」 写真/スタッフ・テス株式会社

2作目は柳本雅寛振付による『Nontanz』。長年ドイツで活動してきた柳本の精神性を感じさせるタイトルだ。英語では「No dance」。「ダンスとは何か」、自明だと思っていたことを、まずは疑うことから始めよう、という柳本の強い意思を感じる。彼のその問いは、冒頭とラストの場面でより強烈に印象付けられることになる。
女性ダンサーが中央に佇んで立つだけの幕開け。まっすぐに平行に立つことから始め、少しずつ身体の部位をずらし、歪めることによって動きを拡張させていく。一つ一つの動きを確認するように丁寧に動くダンサーたち。ダンスらしい動きを一度白紙に戻すところから始めているようだ。次の場面では男性ダンサーがシンプルに走ることで、舞台空間に動きの渦を生み出していく。それに続く、床や後部を意識した流れるような男性のアンサンブルはダイナミックかつ優雅。そこには否が応でも、男性舞踊手ならではの肉体的な特徴が匂い立つ。意味を取り取り除こうとしても踊りは何かを表現してしまう。まるでせき立てられるような焦燥感を感じさせる踊りで、ダンスを問い直しながらも、その可能性を決して否定はしたくないと全身で叫んでいるようでもある

「Nontanz」斉藤耀、牧村直紀 写真/スタッフ・テス株式会社

「Nontanz」斉藤耀、牧村直紀
写真/スタッフ・テス株式会社

場面一転、男女のデュオでは、互いの身体を確認し、緩やかなコンタクトを行いながら、動きのシークエンスを徐々に広げている。動きに呼応するように鳴る金属音が効果的だ。中盤のダイナミックな群舞、松本じろがこの作品のために作曲したオリジナル音楽による追い風を受けるように、ラストまで一気に駆け抜ける。
そして最後に再度問う。「ダンスとは?」。座った男たちの上に逆さで宙吊りになる女性ダンサーたち。誰の顔も見えない。まさにラストシーンは、天上を目指して個のテクニックを競った「バレエ」へのアンチテーゼとして機能した。

「Nontanz」写真/スタッフ・テス株式会社

「Nontanz」
写真/スタッフ・テス株式会社

「Nontanz」写真/スタッフ・テス株式会社

「Nontanz」
写真/スタッフ・テス株式会社

Nontanz」写真/スタッフ・テス株式会社

Nontanz」 写真/スタッフ・テス株式会社

広崎うらん振付による『Pêches ペシュ』は、本公演の最後を飾る華やかな作品だ。タイトルはフランス語で「桃」。バレエ団創設者の故・谷桃子へのオマージュとなっている。赤い靴をもらってバレエに開眼する桃子役は芸術監督の髙部尚子。ほかに数名のソリストとコール・ド・バレエと、総勢23名が出演するこの作品は、構造的にはバレエ・アカデミズムの形式に則っている。

『Pêches ペシュ』髙部尚子、山口緋奈子 写真/スタッフ・テス株式会社

『Pêches ペシュ』髙部尚子、山口緋奈子
写真/スタッフ・テス株式会社

音楽はラフマニノフの有名なピアノコンチェルト第2番を中心に構成することで、映画やミュージカルを見ているように音楽と一体化しながら自然に作品に引き込まれていく。桃の人生が走馬灯のように蘇る、まるで時間が逆回転していくかのような印象を与えるオープニングは、冒頭にコンチェルト第2番の最終楽章を使用するという広崎の演出の勝利だ。桃の体験してきたであろう人生を、様々なバレエの名作を想起させる場面とリンクさせて舞台は進行していく。いくつものアンサンブルが同時に存在し、多様な人生を瞬時に理解させる。全体として大きな物語があるものの、決して説明的になることはなく、解釈は観客のイマジネーションに委ねられている。
第2場は闇の中。ラフマニノフからカナダのバンドGodspeed You! Black Emperorによる『Asunder, Sweet』へと音楽も一転。ギターのドローンのような音は、桃の苦悩を象徴するこのシーンの通奏低音として、空間全体を支配し続けていく。ここではバレエ的な動きは影を潜め、懐中電灯を片手に空間を彷徨う尾本安代やベテラン男性ダンサーたちの個性を生かしたキャラクターの演技が、抽象的なアンサンブルのスパイスとなっている。中盤、全員がいっせいにマラソンのように走り続けるところから、一人二人と脱落し、一気に崩れ壊れていく様は、群舞による動きのズレと反復が効果的。ダンス固定の言語に捉われず、様々な身体言語を取り入れ、内容に相応わしい動きや照明で構成していく演出は、幅広い舞台の振付に携わってきた広崎の手腕によるもの。
後半登場するロマンティックチュチュを着たダンサー(山口緋奈子)も、桃のライバルなのか、桃自身なのか、観る人によって自由な解釈が可能だろう。主役の高部を筆頭に団長の赤城圭、ベテランダンサーの配役と個性は大人数のアンサンブルをぐっと引き締め、「トリプルビル」に相応しいエンディングとなった。

『Pêches ペシュ』髙部尚子、赤城圭

『Pêches ペシュ』髙部尚子、赤城圭
写真/スタッフ・テス株式会社

『Pêches ペシュ』髙部尚子、尾本安代

『Pêches ペシュ』髙部尚子、尾本安代
写真/スタッフ・テス株式会社

バレエの近代化を考える時、バランシンからフォーサイスを継承する流れが、アカデミズムの内側から動きの可能性を押し広げたように、その申し子でもある島地は、フォーサイスの手法を基にしながらも、日本のダンサーたちの今に向き合うことで、型を振付けるだけにとどまらない次の地平を目指した。一方、柳本は、ダンスに疑問を呈した舞踏の土方巽や中立的でフラットな動きを追求することで、今一度ダンスを問い直し、動きの自律性を取り戻そうとしているかのように見える。さらに広崎は、ロビンズやプティがアカデミズムに陥りがちなダンスをエンターテイメントの世界に拡張していったように、物語バレエの系譜を捨て去ることなく、物語とそこに相応しい動きを創造することでオリジナルな舞台に取り組んだ。
3者3様のコンテンポラリー作品を創り上げた本公演の試みは、才能のある日本の振付家に創作の機会を提供しながら、バレエ団のダンサーたちには多様な学びの場と新しい創造の場を提供し、観客にはコンテンポラリー・ダンスの多様性を示唆するという、関わる多くの者にとって意義ある公演だったと思う。これも日々身体を鍛錬しているダンサーが存在するバレエ団だから可能となること。今後もぜひこうした意欲的な試みを継続していって欲しい。
(2017年7月2日昼 かめありリリオホール)

『Pêches ペシュ』髙部尚子

『Pêches ペシュ』髙部尚子
写真/スタッフ・テス株式会社

『Pêches ペシュ』

『Pêches ペシュ』
写真/スタッフ・テス株式会社

『Pêches ペシュ』 写真/スタッフ・テス株式会社

『Pêches ペシュ』 写真/スタッフ・テス株式会社

ワールドレポート/東京

[ライター]
唐津 絵理

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