勅使川原の記念碑的作品『ABSOLUTE ZERO|絶対零度2017』が18年ぶりにアップデートされて再演された
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『ABSOLUTE ZERO|絶対零度2017』
勅使川原三郎:構成・振付・美術・照明・出演
世田谷パブリックシアターが開場20周年記念公演に、勅使川原三郎の構成・振付・美術・照明による『ABSOLUTE ZERO|絶対零度2017』を上演した。
『ABSOLUTE ZERO』は、同劇場のオープニング・シリーズの一環として1998年に初演された作品で、翌年、同劇場で再演された後、2000〜01年にかけて世界各国を巡り、評価を確立した。その記念碑的作品が、18年ぶりに同劇場でアップデートして上演された。「絶対零度(摂氏マイナス273度)」とは、到達不可能とされるエントロピー・ゼロの、すべてが完全な停止状態のこと。
作品について、勅使川原は「3部構成のそれぞれに別種の身体が生息する細胞のダンス」で、「不安定でこそ調和するというパラドックスのステップは終わらない」という。さらに「絶対零度はそもそも生命のパラドックスで、そこに想像力が生まれる」とも記している。今回の出演者は勅使川原と佐東利穂子。佐東は彼が20年かけて育ててきたダンサーで、今や彼の公演に欠かせない存在である。
床に規則的に設置された光点と、舞台後方や天井から吊された数枚のスクリーンのほか、特別な装置はない。第1部の冒頭、黒いコスチュームの勅使川原と佐東は、後ろ向きで縦に並んでいたため、客席からは一人に見えたが、空を切るようにそれぞれの腕を振り回し、上体を傾け、やがて分裂したように踊り始めた。それぞれの短いソロと、反発と交信を繰り返すようなデュエットで構成されていたが、変幻するノイズのような音響に感応するように、繊細かつ鋭敏に身体を震わせ、律動的に回転した。音楽が止み、二人が凝固したように動きを止めると、緊迫感がステージを覆う。無音の空間は底知れぬ闇の広がりを思わせ、身体は静止した状態でもエネルギーの放出を感じさせた。第2部では穏やかなピアノ曲が用いられたこともあり、二人の踊りは穏やかな雰囲気を醸し、静謐さをたたえてもいた。特に、佐東の滑らかな腕の振りや勅使川原の八つ手の葉のように大きく開いた手が印象的だった。第1部の無機的な世界から一転、第2部では柔和な明るい世界が立ち現れた。
勅使川原三郎『ABSOLUTE ZERO 絶対零度 2017』
撮影:Akihito Abe
第3部は勅使川原のソロ。暗闇に高音の音楽が響き、吊されたスクリーンにポーズを取る人体が映されると、混沌とした状態が戻ってきたように感じた。無機的な音楽や牧歌的な調べ、波の音など、多彩な音楽に即して、勅使川原は床に寝そべり、手話のように手や指を細やかに動かし、小さくジャンプし、動きを分解してみせるかのように身体のパーツを鮮やかに操り、また長く静止の状態を保ちもした。そこに、苦しみや安らぎといった感情を滲ませてもいた。スクリーン一杯に投影された彼の片目の巨大なアップは驚異的で、むしろ人間というもののスケールの小ささを示すように思えた。
一方、ブルーの背景の前のシルエット姿は、生命のゆらぎを感じさせて美しかった。絶対零度に向かうのか、背景のブルーが濃度を増し、勅使川原が片腕を高くあげた瞬間、すべては停止し、舞台は静寂と闇に飲み込まれた。見事に制御された勅使川原の迫真のソロ。「動」の生のパワーそのものよりも、「静」にこめられた無限のエネルギーに圧倒される思いがした。
(2017年6月2日 世田谷パブリックシアター)
勅使川原三郎『ABSOLUTE ZERO 絶対零度 2017』
撮影:Akihito Abe
勅使川原三郎『ABSOLUTE ZERO 絶対零度 2017』
撮影:Akihito Abe
ワールドレポート/東京
- [ライター]
- 佐々木 三重子