ベートーヴェンの全体像を音楽と舞踊で描いた、中村恩惠の『ベートーヴェン・ソナタ』

新国立劇場バレエ団

『ベートーヴェン・ソナタ』中村恩惠:演出・振付、首藤康之:出演

中村恩惠が新国立劇場バレエ団のダンサーと首藤康之に振付けた新作『ベートーヴェン・ソナタ』が上演された。ベートーヴェンの音楽から「新しい力」を得た経験から、この作曲家の全体像を彼の音楽(プロローグのみモーツァルト『レクイエム』)と舞踊によって浮かび上がらせようという試みだ。
タイトルは、ピアノ・ソナタからベートーヴェンにアプローチし、彼の人生はソナタの形式のような展開を見せている、と感じ、舞台もソナタの形式で現れてくるように意図していることから決めた、と中村は語っていた。

主な配役は、まず、ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェンを、ベートーヴェンを福岡雄大、ルートヴィッヒを首藤康之とした。これはこの作品の拠点の一つとしているベートーヴェンの日記が、自身に向かって、お前、と呼びかけていることから、実際に生きているベートーヴェンとそれを見つめているもう一人のルートヴィヒ、という設定だという。ベートーヴェンが失恋した貴族の娘ジュリエッタに米沢唯、彼が不滅の恋人と書き残したアントニアに小野絢子、跡継ぎにしようとして裁判で養育権を勝ち取った甥(亡くなった弟の息子)カールを井澤駿、その母ヨハンナを本島美和だった。

米沢唯、福岡雄大 撮影・鹿摩隆司

新国立劇場バレエ団『ベートーヴェン・ソナタ』
米沢唯、福岡雄大 撮影・鹿摩隆司

全体は2部構成で、第一部は「愛のソナタ」とも言いたいように恋人たちとの踊りが中心。背景に大きな白い幕を斜めにはり、椅子を置いただけの舞台。衣装は男性は白いスーツ、女性も上下白。主な登場人物は、ベートーヴェンとルードヴィヒ、ジュリエッタ、アントニア。ベートーヴェンとルードヴィヒの独白から始まり、バレエのパを中心に、パ・ド・ドゥとアンサンブルで構成している。全員が白い衣装の中でルードヴィヒだけは黒いスーツを着け、ダークな冷ややかな側面を表している。ジュリエッタやアントニアとの青春の明るい雰囲気のパ・ド・ドゥとは対照的だった。ここで使われた音楽は、ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」、ピアノソナタ第14番「月光」、「エグモント」序曲、弦楽四重奏曲第9番、同第7番、ピアノ・ソナタ25番。

小野絢子、福岡雄大 撮影・鹿摩隆司

新国立劇場バレエ団『ベートーヴェン・ソナタ』
小野絢子、福岡雄大 撮影・鹿摩隆司

井澤駿 撮影・鹿摩隆司

新国立劇場バレエ団『ベートーヴェン・ソナタ』
井澤駿 撮影・鹿摩隆司

第2部に入ると、主として暗黒部分が描かれる。甥のカールとその母ヨハンナが登場して、アンサンブルも黒い衣装となって骨肉の愛憎劇となる。ヨハンナを奪われたカールはピストル自殺を遂げる。さながら「地獄のソナタ」となる。交響曲7番に始まり、弦楽四重奏曲第15番、ピアノ・ソナタ第31番、交響曲第9番、弦楽四奏曲第15番と圧巻の音楽とともに描かれる。
演出・振付は洗練されたものだが、動きは独特のものは創られてはいない。首藤康之が踊ったルードヴィヒが、際立った存在を光らせたのは彼のキャリアと表現力から見ても当然のこと。中村も計算済みの起用だろう。小野絢子と米沢唯の天上的存在感が印象深かった。しかし、やはり音楽の素晴らしさに振付家とともに聴き入ったような感触のバレエだった。
白と黒のモノトーンの世界は、ピアノの鍵盤を連想するのであろうか、ベートーヴェンの音楽を表すには洗練されていてかつ効果的だった。
一言言うならば、公演のパンフレットはもう少し親切にしてほしい。確かに観客としては事前に調べてみるべきではあるかも知れないが、もう少し初めて見る観客の身になって作ってほしい。ベートーヴェンの生涯に関する何の記述もないのはどうか。ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェンというフルネームの記述もない。これではベートーヴェンとルートヴィッヒをどのように見たらいいのか、わからない。古典バレエを必要以上に長く説明することより、創作の新作作品のわかりやすさにもっともっと力を注ぐべきではないか。
(2017年3月18日 新国立劇場 中劇場)

ワールドレポート/東京

[ライター]
関口 紘一

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