オニール 八菜&ジェルマン・ルーヴェ、セウン・パク&ポール・マルク、ブルーエン・バッティストーニ&ユーゴー・マルシャンほかが華やかに競演したヌレエフ版『白鳥の湖』

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団

"LE LAC DES CYGNES" Rudolf NOUREEF
『白鳥の湖』ルドルフ・ヌレエフ:振付

パリ・オペラ座バレエ団は『白鳥の湖』を6月21日から7月14日にかけて16回にわたり上演した。当初予定されていたローラ・エケとふくらはぎを痛めたドロテ・ジルベールが降板したため、以下の5人のオデット / オディールが登場した。セウン・パク(ジークフリートはポール・マルク)とオニール 八菜(ジェルマン・ルーヴェ)が4回、ヴァランティーヌ・コラサンテ(マルク・モロー)とブルーエン・バッティストーニ(ユゴー・マルシャン)が3回、エロイーズ・ブルドン(ジェレミー・ルー=ケール)が2回踊った。

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オニール 八菜、トマ・ドキール
© Julien Benhamou / Opéra national de Paris

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オニール 八菜、ジェルマン・ルーヴェ
© Julien Benhamou / Opéra national de Paris

まず最初に見ることができたのは、オニール 八菜とジェルマン・ルーヴェの組み合わせだった。オニール 八菜はスジェだった2015年4月8日にシリーズの中でヤニック・ビッテンクールを相手に一回だけ踊ったのが最初。バンジャマン・ミルピエ・バレエ監督(当時)が若手の有望株を積極的に起用したためで、同じくスジェだったエロイーズ・ブルドン、セウン・パクも抜擢された。ミルピエのダンサーを見る目は間違っていなかったことは、その後、オニール 八菜とセウン・パクがエトワールに、エロイーズ・ブルドンがプルミエール・ダンスーズとなったことで明らかになっている。2年後の2017年12月22日にはファヴィアン・レヴィオンをパートナーとして踊っている。当時ベテラン・バレエ評論家のジャックリーヌ・チュイユーは「腕の動きに硬さがあり、羽の表現に改善の余地があるのが唯一の課題だが、他のオペラ座のダンサーにはない、傑出したものがある。」と語っていた。

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オニール 八菜、ジェルマン・ルーヴェ
© Julien Benhamou / Opéra national de Paris

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オニール 八菜、ジェルマン・ルーヴェ
© Julien Benhamou / Opéra national de Paris

7年ぶりの今回はかつてからさまざまな作品でパートナーとして踊ってきたジェルマン・ルーヴェをパートナーに、エトワールとして初めて演じた。バスチーユ・オペラの3回目のシリーズであるだけでなく、他の劇場の別の振付でも踊ってきている。舞台ごとに入念に練習を重ねた成果として、腕の動きにはなめらかさが増し、白鳥の羽ばたきをより明瞭に感じさせる躍動感が加わった。最初に王子の姿を目にした時の身体の小刻みな揺れからは、オデットの心がそこはかとなく感じられた。指先と憂いを帯びた視線とが一致し、所作は優美であるとともに、ロットバルトを恐れるオデットのおののきが伝わってきた。第三幕では最初はオデットを思わせる動きで王子を誤解へと導き、次第に挑むような表情により自信にあふれ、男性を罠へと誘い込む悪魔の手先としてのオディールの本性を表していった。

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ジェルマン・ルーヴェ
© Julien Benhamou / Opéra national de Paris

ジークフリート役のジェルマン・ルーヴェはオニール 八菜との共演をさまざまな演目で重ねてきた。クラシックの規範に従いながらも、コンテンポラリー・ダンス作品にも取り組んできた経験を活かし、高い跳躍、安定したピルエットといった優れた技術だけでなく、より演劇的に踏み込んだ表現も試みた。優美な立ち姿もあいまって、繊細なジークフリートとなっていた。リフトも安定していて、パートナーは安心して演技していた。
ヌレエフ版で重要な役割を果たしているヴォルフガングとロットバルトの二役を演じたのはトマ・ドキールだった。第三幕で高い跳躍で拍手を受け、このシリーズの間にプルミーエル・ダンスールに昇進を決めた。しかし、マントの使い方に相変わらず難があり、視線に威圧感がなく、悪党ぶりに欠けた印象は否めなかった。
セミ・ソリストでは第一幕のパ・ド・トロワでオーバーヌ・フィルベールはきれいなポール・ド・ブラを見せ、アルチュス・ラヴォーもエネルギーは感じさせたが、着地に不安定さが出た。そしてマリーヌ・ガニオを含めた三人の呼吸がもう一つ合わずばらつきを感じさせた。これに対して、第二幕の四羽の小白鳥がよく揃っていた中でオルタンス・ミエ=モーランは独自の存在感を示した。四羽の大白鳥はカミーユ・ボン、クララ・ムーセーニュ、ビアンカ・スクダモア、ニーヌ・セロピアンとオペラ座期待の若手が揃い、華やかな共演となった。

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トマ・ドキール
© Julien Benhamou / Opéra national de Paris

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トマ・ドキール
© Ann Ray/ Opéra national de Paris

6月30日は初日を踊ったセウン・パクとポール・マルクによる3度目の公演だった。映画館で放映された録画日に選ばれ、「ダンス・アヴェック・ラ・プリュム」誌のアメリー・ベルトラン記者がシリーズ開始前に一推しするなど、フランスのバレエ批評家から評価の高い組み合わせである。もともと憂いを帯びた表情と安定した技法が特徴のセウン・パクはオデットとしては説得力があった。しかし、第三幕で王子を翻弄するロットバルトの娘オディールらしい狡猾さは今一つ伝わってこなかった。ポール・マルクは王子の誠実さをよく感じさせ、セウン・パクを支えていた。一方、パブロ・ルガサは王子に無聊を慰めるためと言って弓を持たせるところで、底意を感じさせる表情をはっきりと見せた。動きにも切れ味があり、娘のオディールと王子を自在に操る悪魔らしさも感じられた。
日本人ダンサーではスジェのクララ・ムーセーニュが第三幕の祝宴でのスペインの踊りで明るいエネルギーを発散し、第二幕では昨年秋の昇級試験で注目されたコリフェの桑原咲が小白鳥の1羽に起用されていた。

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マルク・モロー
© Yonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

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セウン・パク ポール・マルク
© Ann Ray/ Opéra national de Paris

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パブロ・ルガサ
© Julien Benhamou / Opéra national de Paris

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セウン・パク ポール・マルク
© Ann Ray/ Opéra national de Paris

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ブルーエン・バッティストーニ © Ann Ray/ Opéra national de Paris

シリーズの後半には3月に『リーズの結婚』でエトワールになったばかりのブルーエン・バッティストーニが初めてヒロインを踊った。7月13日の公演を見ることができた。
ブルーエンが舞台に入ってくる時、音もなく静かで周囲に詩情を伴った静謐感が広がった。視線と演技はさりげないようでいて、オデットの女性らしさともろさが王女らしい気品と共に感じられる。恥じらいと誇りが溶け合った表情と音楽と一体となった繊細な身体の動きは魅力的だ。もちろん、バレエ評論家J・チュイユーのようにミリアム・ウールド=ブラームやシルヴィ・ギエムの演技と比較して、「腕がもっと感情を語るように成熟してほしい」という高い要求を出すことは的確だろう。それでも、第一幕の冒頭で最初に舞台前方に姿を現した時に、周囲四方に視線を走らせて、ロットバルトに見られていないかと見回すことでオデットの怯えを明快に視覚化するといった工夫が凝らされていた。フィナーレで連れ去られる前には、息も絶え絶えで、すでに死を悟ったかのようにぐったりしていたのも、他のダンサーとは違っていた。第三幕ではロットバルトの意図のままに王子を自在に操る妖艶そのもののファム・ファタル(宿命の女)に変身していた。
ユゴー・マルシャンは舞台に現れるだけで、王子らしい華やぎをもたらし、長い脚と腕を活かしたスケールの大きな踊りで観客を沸かせた。この二人に加え、ヴォルフガングとロットバルトの二役を演じたフロラン・メラックがキレのある動きで王子を自在に操って、特に第三幕と第四幕に緊迫感をもたらした。ユゴー・マルシャンとフロラン・メラックの二人の間には同性愛的なイメージも感じられたが、これはヌレエフの演出意図に即したものだったろう。

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ユゴー・マルシャン
© Ann Ray/ Opéra national de Paris

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マリーヌ・ガニオ オーバーヌ・フィルベール ジェニファー・ヴィゾッキ オルタンス・ミエ=モーラン
© Julien Benhamou / Opéra national de Paris

セミ・ソリストでは第一幕のパ・ド・トロワを踊った指と腕の動きのなめらかなホアン・カン(スジェで昨年パリ・オペラ座振興会AROP賞を受賞)とカミーユ・ボン(スジェで2021年にARO P賞を受賞)の二人が印象に残った。
コール・ド・バレエによる白鳥たちは実によくそろっていて、オペラ座バレエ団ならではの群舞の魅力により観客を魅了していた。孤独なジークフリート王子の夢として構想されたヌレエフの振付は初演から40年の歳月を経過してもいまだに色褪せていない。
(2024年6月27日、30日 7月13日 バスチーユ・オペラ)

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エロイーズ・ブルドン ジェレミー・ルー=ケール
© Ann Ray/ Opéra national de Paris

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エロイーズ・ブルドン ジェレミー・ルー=ケール
© Ann Ray/ Opéra national de Paris

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© Julien Benhamou / Opéra national de Paris

『白鳥の湖』
音 楽 チャイコフスキー
振付・演出 ルドルフ・ヌレエフ(パリ・オペラ座バレエ1984年)
原振付 マリウス・プティパ レフ・イワノフ
装 置 エジオ・フリジェッロ
衣 装 フランカ・スカルチアピーノ
照 明 フィリップ・アルバリック
ヴェロ・ペーン指揮 パリ・オペラ座管弦楽団
会 場 バスチーユ・オペラ
配 役
オデット /オディール オニール 八菜/セウン・パク/ブルーエン・バッティストーニ
ジークフリート ジェルマン・ルーヴェ/ポール・マルク/ジェレミー・ルー=ケール
ヴォルフガング(ジークフリートの教師)&ロットバルト トマ・ドキール/パブロ・ルガサ/フロラン・メラック
第1幕
王妃 マルゴー・ゴーディ=タラザック(6月27日)/クレール・ガンドルフィ(6月30日、7月13日)
パ・ド・トロワ マリーヌ・ガニオ/オーバーヌ・フィルベール/アルチュス・ラヴォー(6月27・30日)カミーユ・ボン/ホアン・カン/アントニオ・コンフォルティ(7月13日)
第2幕
4羽の小白鳥
マリーヌ・ガニオ/オルタンス・ミエ=モーラン/オーバーヌ・フィルベール/ジェニファー・ヴィゾッキ(6月27日)アンブル・キアルコッソ/桑原咲/エリザベス・パーティングトン/リュナ・ペイニェ(6月30日)マリーヌ・ガニオ(第4幕はポーリーヌ・ヴェルデューセン)/オルタンス・ミエ=モーラン/オーバーヌ・フィルベール/ジェニファー・ヴィゾッキ(7月13日)
4羽の大白鳥
カミーユ・ボン/クララ・ムーセーニュ/ビアンカ・スキュダモア/ニーヌ・セロピアン(6月27日 7月13日)セリア・ドゥルーイ/ヴィクトワール・アンクティル/カトリーヌ・ヒギンズ/セオフォ・ユン(6月30日)
第3幕
チャルダシュ オーバーヌ・フィルベール/アンドレア・サーリ(6月27日)ビアンカ・スキュダモア/イサック・ロペス=ゴメス(6月30日 7月13日)
ダンス・ナポリターナ マリーヌ・ガニオ/ニコラウス・チュドリン(6月27日)オルタンス・ミエ=モーラン/マニュエル・ガリド(6月30日)ポーリーヌ・ヴェルデューセン/テオ・ギルベール(7月13日)
白鳥の幻 セオジョン・ヨン(6月27日)マルゴー・ゴーディ=タラザック(6月30日 7月13日)

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