オニール 八菜とジェルマン・ルーヴェ、セウン・パクとポール・マルクが華やかに踊ったヌレエフ版『ドン・キホーテ』、パリ・オペラ座バレエ

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団

Don Quichotte Rudolf Noureef
『ドン・キホーテ』ルドルフ・ヌレエフ:振付 、マリウス・プティパ:原振付

パリ・オペラ座バレエ団は3月から4月にかけてバスチーユ・オペラで『ドン・キホーテ』を上演した。『ドン・キホーテ』はマリウス・プティパの振付を基に、ルドルフ・ヌレエフが1981年3月6日に新たに振付け、ガルニエ宮で発表している。ヌレエフはアレクサンドル・ゴルスキー版をダンサーとしてキーロフ歌劇場(現在のマリインスキー歌劇場)で踊っていた。西側に亡命し、ロシアで踊り続けられてきた作品をプティパの故郷フランスに、改めて紹介したことになる。2002年以降には新しい装置を使ってバスチーユ・オペラで定期的に上演されている。前回公演はコロナ禍の余波が残っていた2021年12月から22年1月で、それから2年半が経過した。

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オニール 八菜&ジェルマン・ルーヴェ
© onathan Kellerman / Opéra national de Paris

3月27日の夕べは今回もオペラ座の元エトワール、フローランス・クレール(エトワール在任1977・1992)の懇切な指導を受けたオニール 八菜がキトリを踊った。
イタリアの民衆喜劇コメディア・デラルテを彷彿させるプロローグが終わり、第一幕が始まり、漁師や闘牛士たちが集う賑やかなバロセロナの大広場となった。群衆のざわめきの中にキトリ役のオニール 八菜の姿が現れると周囲にパッと明るいエネルギーが広がり、床屋のバジルの顔にはサッとさわやかな微笑が浮かんだ。スラリとした長身の好男子はオニール 八菜が慣れ親しんだパートナーのジェルマン・ルーヴェだ。立っているだけで絵になる組み合わせで、周囲の目は自然と二人に集まった。揃ってきめ細やかなテクニックを駆使し、観客はヌレエフのむずかしい パ であることを忘れて、目線や表情に現れた恋人たちの戯れに惹き込まれた。バジルが他の女性と一緒になると、きっと柳眉を逆立ててライヴァルを引き離すが、嫉妬の表現にも茶目っ気があって、品を損なうことがない。オーベーヌ・フィリベールとイダ・ヴィキンコスキーの二人もキトリの女友達に相応しい演技を見せた。ナイス・デュボスクはスパーダ役のパブロ・ルガサを前にして、華奢なシルエットを活かした姿は美しかったが、周囲のフランス人評論家からは「街のダンサー役にはちょっと上品過ぎる」という声も聞かれた。

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オニール 八菜&ジェルマン・ルーヴェ
© Jonathan Kellerman / Opéra national de Paris

第二幕第一場はジプシーの野営場だが、照明が極端に落とされていたために、ダンサーたちが影絵の人物のようになってしまっていた。何度も見ている舞台なので筋を追うのに困ることはなかったが、ドラマの展開が不明瞭になってしまった感は否めなかった。
これに対して第二幕第二場ではオニール 八菜が華やかさの中に神秘性を湛えたドルシネア姫を演じて、「ドン・キホーテの夢」を幻想的な場面として記憶に残るものにしていた。幕開けのパ・ド・ドゥから堅固な技法に裏打ちされ、細部に工夫を凝らすことで、ドン・キホーテの想像世界に現れた理想の女性がしなやかな身体の動きによって具象化されていた。森の精の女王のホアン・カンとキューピットのイネス・マッキントッシュという成長著しい若手二人も揃って役にはまった表現を見せ、この場面を盛り上げた。
第三幕の居酒屋と結婚式でも、オニール 八菜とジェルマン・ルーヴェの二人は呼吸がピッタリと合って、巧まずして親和性を感じさせるカップルとなり、祝宴らしい雰囲気の中で幕が降りた。

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セウン・パク
© Jonathan Kellerman / Opéra national de Paris

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ポール・マルク&セウン・パク
© Jonathan Kellerman / Opéra national de Paris

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ポール・マルク&セウン・パク
© Jonathan Kellerman / Opéra national de Paris

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ポール・マルク
© Jonathan Kellerman / Opéra national de Paris

一方、前日の3月26日は第1キャストのセウン・パクとポール・マルクの組み合わせだった。セウン・パクは韓国国立バレエ団時代の2010年にすでにキトリを踊っており、年月をかけて役に磨きをかけてきている。セウン・パクはレオン・ミンスクの音楽によく乗って、表情の変化に富んだヒロイン像を描いていた。パ・ド・ドゥの見せ場だけでなく、パントマイムでも微笑で恋人を誘ったり、すねて頬を軽くふくらませたりして、存在感があった。これに応えてパートナーのポール・マルクも躍動感に満ちた踊りによって、演技に密度のあるカップルを構成した。
色香にあふれるロクサーヌ・ストヤノフ(街のダンサー)、覇気に満ちたエスパーダのフロラン・メラック、キトリの女友達役のカミーユ・ボン、第二幕第二場「ドン・キホーテの夢」に現れたエロイーズ・ブルドン(森の精の女王)とシルヴィア・サン・マルタン(キューピッド)という二人のプルミエール・ダンスーズといった周囲にも人を得た。
この同じ夜、ガルニエ宮では『リーズの結婚』のリーズ役を踊ったブルーエン・バティストーニがエトワールに任命された。

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© Jonathan Kellerman / Opéra national de Paris

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レオ・ド・ビュスロル
© Jonathan Kellerman / Opéra national de Paris

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© Jonathan Kellerman / Opéra national de Paris

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ホヒュン・カン
© Jonathan Kellerman / Opéra national de Paris

今回の『ドン・キホーテ』のシリーズは3月21日から4月24日まで24回で、八人のキトリが登場した。セウン・パクが4回(バジルはポール・マルク)、オニール 八菜が9回(ジェルマン・ルーヴェと4回、ユゴー・マルシャンと4回、ポール・マルクと1回)、2018年1月5日にキトリを踊ってエトワールに任命されたヴァランティーヌ・コラサンテが5回(ポール・マルクと3回、ギヨーム・ジョップと2回)、ロクサーヌ・ストヤノフが2回(トマ・ドッキール)、ホヤン・カン(パブロ・ルガサ)、シルヴィア・サン・マルタン(フランチェスコ・ムーラ)、エロイーズ・ブルドン(トマ・ドッキール)、イネス・マッキントッシュ(フランチェスコ・ムーラ)がそれぞれ1回だった。当初キトリ役に予定されていたアマンディーヌ・アルビッソンとレオノール・ボーラックの二人が降板している。

5月18日にミリアム・ウールド=ブラーム(42歳)がアデュー公演を行い、『ジゼル』と7月の『白鳥の湖』に出演予定だったドロテ・ジルベール(40歳)が怪我で降板し、個性的な役作りが魅力のリュドミラ・パリエロ(40歳)も最近舞台から遠ざかっている。
こうして新旧の世代交代期に入った中で、オニール 八菜(31歳)とセウン・パク(34歳)は二人だけでシリーズの半分を超える13回を担った。新たにエトワールに任命されたブルーエン・バティストーニ(25歳)も含めて、これからのパリ・オペラ座バレエ団の中軸になっていくと思われる。
なお、4月には突然の辞任以来沈黙を守っていた前舞踊監督オーレリー・デュポンの回想録『なぜ踊るのかを忘れないで』(« N'oublie pas pourquoi tu danses ») が大手文芸出版社アルバン・ミッシェル社Editions Alban Michelから刊行された。クロード・ベッシー前校長時代のオペラ座バレエ学校で苦闘した日々が克明に綴られており、バレエ関係者の間で話題となった。
(2024年3月26日、27日 ガルニエ宮)

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ロクサーヌ・ストヤノフ
© Jonathan Kellerman / Opéra national de Paris

OPB Don Quichotte 12 Ida Viikoinkoski (danseue de rue) Raveau (Espada) c Yonathan Kellerman .jpeg

イダ・ヴィキンコスキー&アルテュス・ラヴォー
© Jonathan Kellerman / Opéra national de Paris

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ロクサーヌ・ストヤノフ&トマ・ドッキール
© Jonathan Kellerman / Opéra national de Paris

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ビアンカ・スキュダモア
© Jonathan Kellerman / Opéra national de Paris

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トマ・ドッキール
© Jonathan Kellerman / Opéra national de Paris

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ロクサーヌ・ストヤノフ&フローラン・メラック
© Jonathan Kellerman / Opéra national de Paris

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エロイーズ・ブルドン
© Jonathan Kellerman / Opéra national de Paris

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ヴィクトワール・アンクティル、山本小春、ジャード・ラカラ、アンブル・キアルコッソ
© Jonathan Kellerman / Opéra national de Paris

『ドン・キホーテ』プロローグ付全3幕バレエ
音楽アレンジメント ジョン・ランチベリー(1960年)
演奏 ガブリエル・エーヌ指揮 パリ・オペラ座管弦楽団
振付 ルドルフ・ヌレエフ(マリウス・プティパ原振付)
音楽 レオン・ミンスク(ジョン・ランチベリー編曲)
衣装 エレナ・リヴキナ
装置 アレクサンダー・ベラエフ
照明 フィリップ・アルバリック
(ヌレエフ版は1981年3月6日 パリ・オペラ座バレエ団により初演。新プロダクションは2002年4月15日初演)
配役(3月26日、27日)
キトリ(ドルシネア姫) セウン・パク / オニール 八菜
バジル ポール・マルク / ジェルマン・ルーヴェ
エスパーダ フロラン・メラック / パブロ・ルガサ
街のダンサー ロクサーヌ・ストヤノフ / ナイス・デュボスク
ドン・キホーテ ヤン・シャイユー / シリル・シュークルーン
サンチョ・パンサ ファビアン・レヴィヨン / ジェレミー・ドヴィルダー
ガマシュ(キトリの求婚者) ダニエル・ストークス / レオ・ド・ブスロール
ロレンゾ(キトリの父) セバスチャン・ベルトー / アレクサンダー・マリアノフスキー
プロローグ ドンキホーテの館
女中 ニノン・ロー
下男 ニコラ・ドアレ
三人の女性 リザ・ガイヤール=ボルトロッティ オルタンス・パトラー 山本小春
二羽の鷲 サミュエル・アトキンス トマソ・スパダッチーノ
第一幕 バルセロナの大きな広場
キトリの二人の友人 カミーユ・ボン クレマンス・グロス / オーベーヌ・フィリベール イダ・ヴィイキンコスキー
バルセロナの娘たち ロール=アデライド・ブーコー カミーユ・ド・ベルフォン 他 / ヴィクトワール・アンクティル ロール=アデライド・ブーコー 他
漁師たち アレクサンドル・ボカラ チュン=ウイン・ラム 他 / アレクサンドル・ボカラ チュン=ウイン・ラム 他
闘牛士たち アレクサンドル・ガス アクセル・イボ 他 / ヤン・シャイユー アクセル・イボ 他
第二幕 第一場 ジプシーの野営地
ジプシー フランチェスコ・ムーラ / アレクサンドル・ガス
ジプシー女二人 カミーユ・ド・ベルフォン ロール=アデライド・ブーコー / ヴィクトワール・アンクティル カトリーヌ・ヒギンズ
ジプシーの頭 シリル・シュークルーン / マット・ヴアフラール
ジプシーの女頭 ニノン・ロー/ニノン・ロー
ジプシーたち アンブル・キアラッソ カトリーヌ・ヒギンズ 他 / ロール=アデライド・ブーコー カミーユ・ド・ベルフォン 他
第二場 ドン・キホーテの夢
黒い男 アレクサンダー・マリアノフスキー / マリウス・ルビオ
森の精の女王 エロイーズ・ブルドン / ホアン・カン
キューピッド シルヴィア・サン・マルタン / イネス・マッキントッシュ
トリオ クレマンス・グロス ホヤン・カン オーべーヌ・フィリベール / ビアンカ・スキュダモア アンブル・キアルコッソ オルタンス・パットラー
カルテット カミーユ・ボン セリア・ドゥルーイ ナイス・デュボスク ロール=アデライド・ブーコー / ヴィクトワール・アンクティル カミーユ・ド・ベルフォン カトリーヌ・ヒギンズ セホ・ユン
森の精たち ヴィクトワール・アンクティル カミーユ・ド・ベルフォン 他 / ロール=アデライド・ブーコー アポリーヌ・アンクティル 他

第三幕
第一場 居酒屋
第二場 結婚式
ファンダンゴ ナイス・デュボスク イダ・ヴィイキンコスキー 他 / ヴィクトワール・アンクティル ロール=アデライド・ブーコー 他
新婦の筆頭付き添い イネス・マッキントッシュ / クレマンス・グロス
新婦の付き添い女たち セリア・ドゥルーイ ホヤン・カン 他 / カミーユ・ボン セリア・ドゥルーイ 他

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