パリ・オペラ座ダンサー・インタビュー:エンゾ・ソガール

ワールドレポート/パリ

大村 真理子(在パリ・フリーエディター) Text by Mariko OMURA

Enzo Saugar エンゾ・ソガール(カドリーユ)

4月21日からオペラ・バスチーユで始まった公演「モーリス・ベジャール」。『火の鳥』『さすらう若者の歌』『ボレロ』のトリプル・ビルで、5月10日には『ボレロ』でマチアス・エイマンがオペラ座の舞台に復帰した。また、5月28日の公演最終日には『ボレロ』でアリス・ルナヴァンがアデュー公演を行うという話題がある。この公演とほぼ平行してオペラ・ガルニエではウェイン・マクレガーの『ダンテ・プロジェクト』があり、エトワールのジェルマン・ルーヴェ、マルク・モロー、ギヨーム・ディオップは掛け持ちの忙しさだ。彼らがバスチーユで踊るのはデュオの『さすらう若者の歌』。ジェルマン・ルーヴェ × ユーゴ・マルシャン(怪我で途中降板)、ギヨーム・ディオップ × マルク・モローというエトワール総動員の組み合わせである。もう一組みはマチュー・ガニオ × オードリック・ブザールという''大御所''だが、さらにもう一組はというとアントワーヌ・キルシェール × エンゾ・ソガールである。アントワーヌは今年プルミエに昇級したダンサーだが、エンゾは2020年に入団し、現在カドリーユだ。それゆえに彼のソリスト大抜擢はいささか驚きのキャスティングに思えるものの、ステージを見ると驚きは賞賛に変わる。大柄なダンサーではないものの恐ろしいほどの存在感、強い視線で観客をストーリーに引き込むのだ。照明もない場所で静止しているだけで、動いているダンサー以上に目を惹きつける。テクニック面でも正確で、アン・ドゥオールで生まれてきたのではと思わせるほどポーズに緩みがない。
入団3年目で見事なソリスト・デビューを果たした彼。オペラ座の将来が楽しみになるダンサーの登場である。今後も彼の個性、魅力、才能が生かされる良い配役に恵まれることを期待したい。

スペインのグラン・カナリー島に生まれ、4歳から13歳までダンスを学んだ後、オペラ座バレエ学校に2015年に入学。カンパニー入団は2020年で、同期入団は女性はクララ・ムセーニュ他6名、男性はオシリス・オナンベル・ウンゴー、ケイタ・ベラリ。「モーリス・ベジャール」の後は『マノン』でコール・ド・バレエを踊る。現在20歳。

Q:カドリーユのあなたが『さすらう若者の歌』に配役されたのは、オーディションの結果からですか。

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Photo Julien Benhamou/ OnP

A:この作品は2月に開催されたガラ『パトリック・デュポンへ捧ぐ』でまず踊られたんです。その際にメイナ・ギールグッド(ゲスト・リハーサルコーチ)がオペラ座に来たときに、まだ『さすらう若者の歌』の配役に空きがあったんですね。朝のクラスレッスンを見学に来た彼女が僕に目をとめてくれてくれたらしく、僕をガラの公演の時の代役に入れました。その代役時の稽古場での僕の仕事を彼女が気に入って、今回の公演「モーリス・ベジャール」に僕をアントワーヌ・キルシェール(プルミエ・ダンスール)との組み合わせで配役してくれたんです。

Q:配役を知ったときはどんな気持ちでしたか。

A:びっくりしました。カドリーユの僕には、これは思いもしなかったことです。ガラの時に代役というだけでも、大それたことだと驚いたけど、それが今度は公演が保証された正式配役なのだから。この作品を観客に披露できる機会が得られたことは喜びですね。

Q:アントワーヌ・キルシェールは青の男で、あなたが踊るのはその運命を操る影のような赤の男ですね。

A:リヨネル・ドラノエ(オペラ座バレエ団リハーサルコーチ)が説明してくれ、僕自身でもリサーチしました。この作品のタイトルともなっているマーラーの歌曲は、中世にマイスター(親方)を求めて、街から街を移動して修行を積む若い徒弟職人を歌っていて・・・。僕はマイスターというわけで、これを支配という形で演じることはとても面白い。支配者といっても、そこには一種の思いやりが存在してるんです。支配と思いやり。この二つのパーフェクトなバランスをみつけるのはなかなか難しい仕事です。これは僕にとって初のソリスト役なので、心にゆとりを持って踊れるかどうか、いささか怖かった。今回、公演が4回とプレ・ゲネプロの合計5回のステージがあって、回を重ねるごとに気持ちが楽になってゆきステージの喜びが得られるようになってきました。

Q:素晴らしい存在感が舞台上に感じられました。

A:とりわけ視線の仕事に気を使ったんです。僕、エンゾだったらいかに他者を支配するのだろうかって考えました。自分をこの役に入り込ませるのに、これが役立ちましたね。自分に支配者的面があるのかどうかはわからないけれど、こう考えたとところで他者を支配する、リードするということに楽になれたんです。

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『さすらう若者の歌』リハーサルより
Photo Julien Benhamou/ OnP

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『さすらう若者の歌』リハーサルより
Photo Julien Benhamou/ OnP

Q:自分には青の男より赤の男が合っている、と感じましたか。

A:僕、別の配役で青の男を踊るギヨーム・ディオップと話したんです。彼は青の男であるから気を楽に踊れるといってました。もしかすると、僕も青の男で稽古を最初から始めていたら、そちらのほうが踊りやすいとなったかもしれません。

Q:パートナーとなるダンサーによることも大きいのではないでしょうか。

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『さすらう若者の歌』リハーサルより
Photo Julien Benhamou/ OnP

A:アントワーヌは僕より少し小柄です。僕が支配する側を演じるのに、これは観客にもわかりやすく、ビジュアル面ですでに効果的ですね。青の男はとても苦しんでいて、だから彼への思いやりが感じられることが大切です。アントワーヌとコネクトし、ともに観客の心に触れることができるのは大きな喜びですね。彼とは身体的にだけでなく精神的にもコネクトできているってステージ上で感じられるので、すごく幸せです。

Q:作品のスタート時はしばらくの間、ステージ上で不動の姿勢が続きます。これはあなたにとってどのような時間ですか。

A:舞台の幕が上がったら、僕はたとえ動かない状態でも自分がそれからすることについては考えず、ダイレクトに役に入り込んでいるんです。青の男の存在を感じ、彼の後ろにいながら彼に存在を感じさせる波長を送って・・・と。

Q:劇場の上部から見るとわかるのですが、2本の光の線が交差してバツを舞台に描いています。

A:そう、この照明はすごく綺麗ですね。ステージを斜めに移動するときに、この線が僕の動きの導きとなります。ステージの近くだとダンサーの顔の表情がよく見えてストーリーに入りやすいのかもしれないけれど、遠くからだと舞台装飾やダンサーの配置などがよくわかる。1つの作品を近くから、遠くから見るって大切ですね。

Q:2021年7月の公演「若きダンサーたち」では、ヌレエフの『眠れる森の美女』の''青い鳥''を踊っていますね。『さすらう若者の歌』に比べると少し緊張が感じられました。これは、どんな体験でしたか。

A:当時は今よりも若かったし、ステージ経験も少なかったけれど楽しめました。パ・ド・ドゥの稽古をたくさんしました。パートナーをポルテして、導いてといった仕事に若い僕には少しストレスがあったかもしれない。入団1年で自分に自信が感じられず。今回のベジャールでは人物の仕事、視線の仕事をする時間がたっぷりとあったので・・・。リハーサルコーチのおかげ、そして公演の反響のおかげで自由に踊れました。コーチが僕を信頼してくれて、それによって僕にも自信が生まれたんですね。雪だるまのようというか、稽古が進むほど、公演が進むほど、より余裕が生まれてきて・・・踊りそのものも良くなりますね。

Q:いつ、どのようにダンスを習い始めたのですか。

A:母によると、僕が2歳のときにトゥ・シューズを履きたいと言ったらしいんです。ダンスのことは何も知らなかったけど、テレビでクラシック・バレエを見て、たとえポワントが女性のものだったにしても・・・。僕が4歳になるのを待って、母は音楽表現の学校に入れたんです。

Q:ご出身地はどこですか。

A:スペインのグラン・カナリー島です。僕はスペイン人で苗字は ''サオガール'' という発音です。僕が習いたかったのはクラシック・ダンスだったから、4歳で入ったその学校は全然気に入らなかった。グラン・カナリー島にはカルメン・ロブレスとアナトール・ヤノウスキーという素晴らしい教師によるレヴェルの高い学校があり、そこに行くことになりました。ヤノウスキーには三人の子供がいて、ゼナイダはかつてロイヤル・バレエのプリンシパルで、ナディアとユーリもダンサーで・・・。僕はこの学校で4歳から13歳まで学びました。コレオグラフィー・センターという名前の学校で、毎日放課後に通ってました。ここではクラシック・バレエを学び、コンテンポラリーも少し。2015年に教師からオペラ座を試すことを勧られて・・・。

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『さすらう若者の歌』Photo Julien Benhamou/ OnP

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『さすらう若者の歌』Photo Julien Benhamou/ OnP

Q:ダンスを職業にしようと決めたのはいつ頃ですか。

A:元気が有り余る子供で家の中でもしょっちゅう踊ってました。当時はエネルギー消費という必要から踊っていたのだけど、13歳でオペラ座バレエ学校で学ぶことになり、そこですべてが具体的になったのです。僕はダンサーになりたいのだと。オペラ座バレエ学校は4エム・ディヴィジョンから始め、最終年を2回しました。寮生活の最初はグラン・カナリーが少し恋しかったけれど、パリで新しい世界、新しい生活が始まり、年に二回帰れたので問題なく5年間過ごせました。グラン・カナリー島の小さなバレエ学校から来た僕は、ダンスの世界のことって何も知らなかった。パリに来てはじめて、オペラ座がどれほどプレステージな存在かを知ったくらいなんです。

Q:学校時代には何かツアーに参加していますか。

A:バレエ団に入団してからはエクサン・プロヴァンスと韓国ツアーに参加したけれど、学校時代は何もなかった。でも生徒交換制度でフランソワ・ルブランと二人でボストン・バレエにプルミエ・ディヴィジョンの最初の年に行きました。2年目はプラハに。どちらも良い体験ができました。

Q:2020年秋に発売さたDVD『La classe d'Alexandre Kalioujny』の中の17名の学校の生徒の一人ですね。

A:はい、これは学校長エリザベット・プラテルと元エトワールのシャルル・ジュードによるレッスン・ビデオです。2019年4月の撮影で、これは僕がプルミエール・ディヴィジョンの1年目の時です。プルミエール・ディヴィジョン2年目の時は期限付き契約で『ライモンダ』の公演があったけれど、ストがあってステージは1〜2回という程度となってしまって・・・。学校時代の最後から入団した当初は、踊りたいのに踊れないという時期でした。

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『さすらう若者の歌』Photo Julien Benhamou/ OnP

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『さすらう若者の歌』Photo Julien Benhamou/ OnP

Q:5月4日にオペラ・バスチーユで開催されたオープン・クラスレッスンで、あなたは大変なテクニシャンであることに印象付けられました。

A:とても小さいときからダンスを始めているので、トゥール・アン・レール、トゥール・アラスゴンド、マネージュといったいわゆるグランド・テクニックに長いこと親しんできました。グラン・カナリーの学校には男子生徒がほどんどいなくって、テクニックに優れたヤノウスキーは僕にたくさんのトレーニングをしてくれたんです。だから今、こうした超技巧テクニックが楽なのだと思います。バスチーユのクラスレッスンでマネージュを2回やってみせたのは、自己顕示じゃないですよ(笑)。1回目があまりうまくできなかったら、もう1回やってみるのもいいだろうと思っただけです。

Q:コンクールの自由曲で最初の二回が『パキータ』『白鳥の湖』とクラシックでしたが、3回目がフォーサイスの『ブレーク・ワークス』でした。好みの変化ですか。

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コンクールより『Blake Works II』photo Svetlana Loboff

A:僕はフォーサイスが好きなんです。それまでクラシックを選んだので、3回目にはこのヴァリエーションを選びました。技術的にもアーティスティック面でも、豊かで興味深い作品です。それまでに体験したことのない素晴らしいステージができ、良い選択をしたと思っています。

Q:いつか踊れたらと夢見る作品は何でしょか。

A:『ロメオとジュリエット』のロメオかな・・・。エレガンス、貫禄のある身のこなしという点で『白鳥の湖』のプリンスも踊ってみたいです。僕はパリに来るまでヌレエフ・スタイルって知らなかった。コンクールの課題で『白鳥の湖』のスロー・ヴァリエーションをレッスンし、彼の振付の特徴である上体のひねりや足の交差などを学びました。美しいですね。興味深い振付です。凄く良い体験ができそうだって想像できるので、『ボレロ』もいつか踊れたら、って思います。僕のスタイル、僕の身体に合う・・僕は自分がアンドロジナスだと思っています。『ボレロ』は女性のためにクリエートされ、男性も女性も踊っている作品です。この男と女のミックス、性別不明というのを踊ってみたい。それに僕はベジャール・スタイルが大好きです。ベジャールのバレエって、ポーズが美しく、とてもフォトジェニック。彼の作品では視線がとても重要な役を果たします。ボレロを踊って、テーブルの上から観客に視線を送って・・。

Q:観客の存在に刺激されますか。

A:もちろんですよ。なぜ僕が踊るかというと、僕の頭の中でおきることを観客とシェアすることなのだから。芸術的にも精神的にも観客に差し出すのです。『さすらう若者の歌』を踊るとき、アントワーヌだけでなく観客ともコネクトしています。視線の仕事で観客に催眠術をかけるような感じに踊るんです。

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『さすらう若者の歌』Photo Julien Benhamou/ OnP

Q:そうした視線の仕事を自宅ですることはありますか。

A:はい、でも視線だけでなく『さすらう若者の歌』では、自分の頭の中で起きることや、僕のパーソナリティを生かして、どう観客の心に触れることができるかアイディアを探して自宅で仕事をします。コーチから提案されたことに留まらず、なぜこうするのか?などいろいろ考えて提案するのです。リハーサルコーチから受け取ったページにはすでにデッサンが書かれているとして、僕はそれをしていいのかどうかわからないけれど、デッサンに何かをプラスしたり、あるいは色付けしたりといったことをします。

Q:アイラインはオフ・ステージでも本日のように引いてるのですか。

A:メークをするのが好きなんです。ステージ以外でも視線は大事だと思うので、とくにアイ・メークで視線を強くみせるようにしています。

Q:ステージでは見えませんが、あなたのインスタグラムによると背中に見事なタトゥがあります。

A:はい、『ボレロ』のように上半身裸のときはメークで隠しています。作品や振付家によるけれど、ほとんどの場合、汗にも落ちないメークでタトゥは隠します。顔、腕、首といったゾーンにはインパクトが強すぎるので刺青はしません。禁じられてるわけではないけど、度を越すようなことはしたくない。背中の刺青はラインが美しい昆虫がモチーフです。背中に対照的に入れているので身体の動きに沿って、美しく動くので気に入っています。

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『さすらう若者の歌』Photo Julien Benhamou/ OnP

Q:芸術監督ジョゼ・マルティネスもあなたと同じくスペイン人ですね。

A:この間、『さすらう若者の歌』の後、舞台裏に来た彼と初めてスペイン語で会話しました。昨年の11月のコンクールの後にも彼が話しかけてくれて。こうした機会が得られるのはうれしいですね。彼の就任はカンパニー全体が高く評価しています。少しづつだけど、彼はオペラ座に変化をもたらすだろうって感じます。とても人間的で優しい人。ストレスなく自由に話ができる、という印象を受けます。彼は公演もしょっちゅう会場で見てくれていて・・・ダンサーたちにとって、望んでいた芸術監督の基準をすべて彼は満たしているといえます。若いダンサーたちを前進させようとしてることも感じられてうれしいです。

Q:来シーズンのプログラムが発表されました。何を踊りたいですか。

A:僕の一番のお気に入りバレエはイリ・キリアンの『小さな死』なんです。キリアンはとても好きな振付家で、この作品が12月にオペラ・ガルニエで踊られるので・・・。初めてコンテンポラリー作品を踊ったのはクリスタル・パイトの『ボディ&ソウル』で、この時にクラシックのコードを壊した振付が気に入りました。コンテンポラリー作品も踊ってみたいですね。

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