オペラ座のエトワールになったオニール 八菜に聞く、最新インタビュー

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Interview de Hannah O'Neill, nouvelle Danseuse Étoile de l'Opéra national de Paris

3月2日の夜「バレエ・インペリアル」を踊ってエトワールに任命されたオニール八菜さんにバランシン・シリーズ終了後にお話を伺った。

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「バレエ・インペリアル」
© Agathe Poupeney / Opéra national de Paris

――エトワール任命おめでとうございます。

八菜 ありがとうございます。もう任命から1週間と二日経ちました。

――長かったバランシン・シリーズもようやく終わりましたね。

八菜 ストライキ(年金改革反対の)で一回だけ休演(3月7日)になりましたが、無事終わりました。全公演で舞台に立たなかったのは二日間だけです(17回のシリーズ中、15回出演)。

――任命直後にオペラ座広報のエヴリーヌ・パリスさんから届いたメールには「エトワールに任命されるに値する仕事をしてきた」とありました。6年前にプルミエール・ダンスーズに昇進した後、フランス人のベテラン バレエ評論家ジャックリーヌ・チュイユーさんに八菜さんのことを聞いたら、「すぐエトワールになってもいいダンサーだ」と言われたのをよく覚えています。エトワールになって今のお気持ちは。

八菜 このタイミングでエトワールになる運命だったのかな、と思っています。これでよかったのかな、という感じです。

――ジョゼ・マルティネスが12月初めに舞踊監督に正式に就任して、最初に任命したエトワールになったわけですね。就任から三ヶ月以内という早い時期の任命です。

八菜 そうですね。

――ジョゼ・マルティネスはダンサー全員と会って話をしたのですが、八菜さんの場合はどんな感じでしたか。

八菜 すごく話しやすかったです。それにコミュニケーションが取れるということだけでも、今までとは違っていました。
プルミエール・ダンスーズたちの階級(クラス)をどのように変えていきたいか、という話がありました。エトワールに向けての話は全然ありませんでした。でも話を聞いてすごくよかったです。1時間も話して、私がやってきたことを知りたかったのだと思います。「どんな役をやったか」とか、そういう感じですね。「これだけ(プルミエール・ダンスーズとして)踊ってきたので、どんな役でもチャレンジさせてください」と伝えました。あとはコーチの話でした。「私はフロランス・クレール先生のレッスンを受けてきて、これからもそうしたい」と言いました。ジョゼはステファン(・ブリヨン)とアリス(・ルナヴァン)のアデューの時は二回とも来ていて、その時と『マイヤリング』の時も私のことを見ていてくれました。
プルミエール・ダンスーズとして踊っていた時にはマニュエル(・ルグリ)、『ジゼル』の時にイザベル(・ゲラン)、それからイザベル(・シャラヴォラ)といった人たちはすれ違った時に「良かったよ」と声をかけてくれました。私、あんまり自分から(そういう人々を)探しに行く方じゃないので、すれ違ったらほめてもらえた、という感じでした。これまで、あまり他の人たちの批評は気にしないできました。
フロランス・クレール先生にはずっと支えていただきました。スジェの昇級試験の時『ライモンダ』で初めて習い、そのあとマチアスとドロテが組んだ『ラ・バヤデール』のガムザッティを踊ったとき、彼女がオペラ座のコーチだったんです。クレール先生は「何があっても八菜のそばにいてあげるからね」と言ってくださって、本当に心の支えでした。

――オペラ座のダンサーで個人的に親しいのは。

八菜 オペラ座ダンサーで一番仲の良い友だちはスジェのキャロリーヌ・オズモンです。エトワールになって初めての舞台(3月4日のバランシン・プログラム)をマチュー(・ガニオ)と踊ることができたのはうれしかったです。

――残念ながらもうガニオの引退まであまり時間がありませんね。

八菜 ええ、あと2年だけです。(また一緒に踊る)機会があるといいのですが・・・

――「前から一度は踊りたい、と思っていたのに引退してしまった」と、昨年の夏頃に八菜さんが嘆いていたステファン・ブリヨンとは、秋に『マイヤリング』で共演できましたね。

八菜 願いが叶ってやっと踊ることができました。マチアス(・エイマン)とは何度か踊っていますし、ユゴー(・マルシャン)とジェルマン(・ルーヴェ)とはかなり踊っています。

――エトワールになってからのパートナーは。

八菜 誰とこれから組むことになるんでしょうね(微笑)・・・まだ、全然わからないです。

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「フー・ケアーズ」
© Agathe Poupeney / Opéra national de Paris

――マクレガー振付の『ダンテ・プロジェクト』でベアトリーチェをやる時のダンテ役の相手は。

八菜 ポール(・マルク)とジェルマン(・ルーヴェ)の二人がダンテなので、多分ジェルマンです。ベアトリーチェの役を踊るのは初めてです。
それからカロリン・カールソン振付の『シーニュ』に出ます。一回だけ前に踊っているんですけど、あまりよく覚えていないんですよね。ダブルキャストで私とキャロリン(・オズモン)の二人が交替で踊ります。

――マクレガーとカールソンの間は予定なしですか。

八菜 ありません。「モーリス・ベジャールプログラム」は『ダンテ・プロジェクト』と、マクミラン振付『マノン』は『シーニュ』と時期が重なっているので。
『マノン』の可能性はゼロです。踊ったことはなくて、今回どうしても踊りたいという気持ちがない訳じゃないんですけど、次回でいいです。

――エトワールになったので、もう代役(ランプラサント、アンダースタディ)はないんですね。

八菜 ないです。

――でも、今回のバランシン振付『バレエ・インペリアル』にしても、リハーサル開始の時までは第2ソリストだったのが、ジョゼ(・マルティネス)から「第1ソリストも準備して」と言われたのでしたね。八菜さんは「絶対(第1ソリスト)を踊ることはない」とシリーズ開始前にはおっしゃっていましたが、結局この役でエトワールになったわけですから、ひょっとすると『マノン』も・・

八菜 ふふふ(笑)。(『バレエ・インペリアル』の第1ソリストは)ポール(・マルク)、トマ(・ドッキール)とマルク(・モロー)の三人のパートナーと踊りました。ポールとの最初の練習は舞台に出る前日でした。一日だけの練習でした。

――それではパートナーシップは簡単ではなかったでしょうね。

八菜 でも、ポールは本当に上手なので、全然大丈夫でしたが、トマとは、私の方が舞台なれしているので、立場が反対になって(私が)リードしました。トマとの最初はちょっと緊張しましたが、二回目は一応ちゃんとできました。そして最後がマルク(・モロー)とでした。(エトワール任命後は)一回だけマルクと踊りました。もう一回はストで公演がつぶれてしまいました。

――昇進直後の報道ではエトワールになった「実感がわかない」ということでした。偶然お母様(オニール純栄さん)がベニョワール(平土間横の桟敷席)の端の席におられたけれど、アレクサンドル・ネーフ総監督が出てきても、「最初は何のことだかわからなかった」そうですね。八菜さんの姿はその席からは見えなかった。

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© 三光洋

八菜 マイクが出てきた瞬間は「何かが起こるんだな」とは思いましたが、頭が真っ白になって何も考えていませんでした。

オニール純栄 普通だったら、みんな総監督が出てくるとモジモジするから八菜の顔を見たらわかるかな、と思ったんですけれど、八菜は全然自分のことじゃないみたいな感じで、ボーッと立っていたから、「違うんだな」と最初は思いました。そうしたらいきなり・・・

八菜 マルク(・モロー)は男の子のエトワールが足りないし、舞台前に何も言われなかったんですけれど、「何かありそうだ」と思ったらしくて、(総監督が)舞台に出てきた瞬間にはマルクは絶対自分だと思っていたらしいんです。それが私(=八菜)の名前が呼ばれたからドスンとなって、それからまさかの二人目で呼ばれて、ジェットコースターのように低いところからまた高いところに持ち上げられたような気分になったみたいです。

――彼はどんな人柄ですか。

八菜 マルクはすごく派手な人です。

純栄 彼は昨日(3月10日)見たら、やはりジョゼが選ぶだけあって上手なダンサーだと思いました。

八菜 ナチュラルで、変なクセはないですね。

――八菜さんがパリに来てからだいぶ時間が経ちましたね。

八菜 もう11年半です。ちょうどキャリアの半分まできました。あと12年です。オペラ座では二年間が契約社員(シュルニュメレール)、コリフェ一年、スジェ一年、そしてプルミエール・ダンスーズは六年です。

――八菜さんは最初、コール・ド・バレエで出てきた時にひときわ目に付くダンサーで、もうその時からいつかはエトワールになる人だと思っていました。ローラ(・エケ)さんのように『白鳥の湖』でエトワールになって皆から期待されていたのに大怪我をして、ずっと休んでいるうちに時間が過ぎてしまったケースもあります。八菜さんにはこれから頑張っていただきたいですね。

八菜 頑張ります。

――来シーズンはずらっと出番がありそうですね。クラシックの演目が一つ増えたそうですが・・・

八菜 多分『白鳥の湖』じゃないですか。白鳥を踊れることを期待しています(笑)。

――パートナーを選べるのだったらマチアス・エイマンでしょうか。それともマチュー・ガニオでしょうか。

八菜 バレエにもよりますけど、『白鳥の湖』ならジェルマン(・ルーヴェ)とやりたいですね。
マチューとは『ジゼル』を踊るのが私の夢です(笑)。それは夢なので・・・マチアスともまた舞台にいっしょに立ちたいですね。マチアスと私の夢はアシュトン振付の『マルグリットとアルマン』を二人で踊ることです。オペラ座のレパートリーにはないんですけど。マーゴット・フォンテーンとヌレエフが踊った作品です。
オペラ座では『椿姫』もそのうち上演するんじゃないでしょうか。

――これから二・三年でエトワールが次々に引退しますね。

八菜 ミリアム(・ウールド=ブラーム)が来年で、その次にリュドミラ(・パリエロ)、ローラ(・エケ)、ドロテ(・ジルベール)、それからマチュー(・ガニオ)と五人です。エミリー(・コゼット)は今シーズンで終わりです。エミリーのアデュー公演はないと思います。

――最近は全然舞台に出てきていませんね。さびしいです。

八菜 出てないです。アリス(・ルナヴァン)は『ボレロ』(「モーリス・ベジャールの夕べ」)でアデューとなります。

――これだけの人数が引退すると、新しいエトワールが八菜さんの後にも間もなく任命されるでしょうね。

八菜 若い子がたくさん出てくると思います。

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「フー・ケアーズ」
© Agathe Poupeney / Opéra national de Paris

――八菜さんが注目している若手は。

八菜 今まではエトワールがソロをやって、できない時に私たちプルミエール・ダンスーズがソロの役に出されていましたが、これからは若手の子たちが時々踊るという時期になると思います。

――顔馴染みのエトワールがいなくなって、大幅な入れ替えになりますね。マチュー・ガニオが引退してしまうとかなり変わりますね。

八菜 そうですね。

――八菜さんは去年のシーズンの途中からほとんどエトワール並みの仕事をこなしてきましたね。『赤と黒』、『マイヤリング』と大作でヒロインを踊っていたのですから。

八菜 そうですかね(笑)。

――同じ役を踊っても、エトワールとして、となると違いがあるのではないでしょうか。

八菜 そうですね。

――八菜さんは大きな怪我がなくて踊ってこられましたね。

八菜 京都で一回あっただけです。

――怪我にだけはどうか気をつけていただきたいです。

八菜 ちょうど大人になった時にエトワールになることができて、タイミング的にはちょうどよかったのかな、と思っています。前に苦労しておいてよかったです。エトワールになってこれから苦労する、というふうに全然感じないので。

――この十二年間で、どの時期が一番大変でしたか。

八菜 やっぱりプルミエール・ダンスーズになってからでしょうね。なってから最初は若かったのでプレッシャーを感じて、自分らしい踊りができなかった訳ではないんですけど、こうちょっと、固まった感じだったのが苦労の一つです。それから二つ目は長い間、やりたい役がなかなか回ってこないことでした。でも、自分が踊りたいと思うように踊れるようになってからはけっこう楽になりました。コロナの頃からでしょうか。日本公演に行く前の『ジゼル』でミルタを踊ったのが2019年の秋で、日本公演をやって戻ってきたらロック・ダウンになったんです。そのあたりで気持ちが吹っ切れました。コロナが治まりだしてからは結構いろいろな役をやりました。「どうしてこの人は私のことが好きじゃないんだろう」といったような雑念にとらわれないで、踊りだけに集中できるようになって、すごく気持ちが楽になりました。22歳から25、26歳までが大変でした。それと若くてスジェだった時に、『白鳥の湖』『ラ・バヤデール』のガムザッティとたくさん役を踊ったときは楽ではありませんでした。それからちょっとストップがかかりましたけど。

――ギヨーム・ジョップはプルミエール・ダンスールをやらないでいきなりエトワールに任命されましたが、どう思われますか。

八菜 彼は神経質ではなく、メンタル的にはあまりブレない感じですね。でもこれからが大変でしょうね。パートナーとしてはすごく力持ちで支えるのが上手いから、女の子たちは「ギヨームと踊ったら全然大丈夫」という感じです。それでこれまでもたくさん役を踊ってきたんだと思います。

――ポルテというのは『マイヤリング』でも大変でしたからね。

八菜 あれはみんな大変でした。ステファン(・ブリヨン)は大丈夫でしたけど。みんなが「大変だ」というのである日ステファンに聞いてみたら「難しいことは難しいけれど、まあ大丈夫」と言うのを聞いて、「ああこの人はパートナーとして本当に上手なんだな」と思いました。

――エトワールとしてどのような気持ちで舞台に立たれるのでしょうか。

八菜 これから一つ一つ役を作っていって、後で振り返って後悔することのない踊りをしていきたいです。
よくバランシンがあっていると言われますけれど、ミックスのソワレで公演最後でのノミネートではなくて、前半終わったところでというアティピックな(普通とちがっていた)ところがよかったです。

――八菜さんはこれからクラシック中心でやって行かれますか。

八菜 いいえ、両方ともやりたいです。コンテンポラリーで今まで一緒にやって感動した、一番私の踊り全体にプラスになった作品はM(ミカエラ)役で出演したマッツ・エクの『カルメン』です。エクはクリエーションはもうやらないと思いますが、再演があるといいですね。木田真理子さんが踊った『ジュリエットとロメオ』はすてきな作品ですね。体には大変ですけれど。

――マッツ・エクも前はもっと上演されていた気がしますけど。

八菜 ナチョ・ドゥアトも私がカンパニーに入ってからは一度もやっていません。ジョゼがこれからどんな作品を取り上げていくかが楽しみです。ともかくオペラ座で(クラシックとコンテンポラリーの)どちらもできる、という人は少ないので、そうなれるように頑張ります。

――ずいぶん代役をこなしてこられましたね。今回もアマンディーヌ(・アルビッソン)がシリーズ途中で降板しましたね。

八菜 彼女は怪我で、代わりはエロイーズ(・ブルドン)がやりました。リュドミラ(・パリエロ)がその次で足が痛くなったので、『フー・ケアーズ?』の方が楽なので、両方できなくなると困るから『バレエ・インペリアル』はやめて、私が踊りました。それからヴァランティーヌ(・コラサンテ)がいなくなって、この理由はちょっとわかりません。
ヴァランティーヌは素顔は明るい子で、すごい頑張り屋さんです。

――誰かが役を急に降りた時に八菜さんが舞台に立つことがよくありましたね。

八菜 そうですね。

――(パリ・オペラ座にとっては)なくてはならない存在ですね。エトワールとしての活躍に期待しています。今日は大変お忙しい中、長い時間を割いていただき、本当にありがとうございました。

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