ジェルマン・ルーヴェとユーゴ・マルシャンが踊った『さすらう若者の歌』ほか、パトリック・デュポンへのオマージュが捧げられた、パリ・オペラ座バレエ

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris  パリ・オペラ座バレエ団

Hommage à Patrick Dupond 「パトリック・デュポンへのオマージュ」
「Défilé du Ballet」 「Vaslaw」John Neumeier「Le Chant du compagnon érrant」Maurice Béjart「Etudes」Harald Lander
「デフィレ」、『ワスラフ』ジョン・ノイマイヤー:振付、『さすらう若者の歌』モーリス・ベジャール:振付、「エチュード」ハラルド・ランダー:振付

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2月21日ガラ公演「デフィレ」引退したエトワールたちが現役エトワールの後方に並んだ
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

ガルニエ宮で2月21日から三日間、スペクタクル「パトリック・デュポンへのオマージュ」が行われた。2021年3月5日に61歳で急逝した1980年代オペラ座のトップスターに捧げられた追悼公演である。2月23日の最終日を見た。
まずヴァンサン・コルディエが撮影した5分間の記録映画「パトリック・デュポンへのオマージュ」が上演されてから「デフィレ」となった。映画には国立映像センター(INA)とオペラ座のビデオの抜粋が使用され、デュポンが踊った『ワスラフ』(ノイマイヤー振付)、『さすらう若者の歌』(ベジャール振付)、『ドン・キホーテ』(ヌレエフ振付)などの名舞台を振り返ることができた。
通常は、秋にバレエ学校生徒からコール・ド・バレエ、エトワールに至るオペラ座ダンサーが勢揃いするのだが、初日2月21日のパリ・オペラ座振興会(AROP)の貸切公演では引退したエトワールたちも参加した。パトリック・デュポンのパートナーだったモニク・ルディエール、イザベラ・ゲラン、彼のプティット・メールだったクロード・ベッシー、シリル・アタナソフといった人々が久しぶりにガルミエ宮の舞台を踏んだ。元エトワールにデフィレに参加してもらうことは1990年10月3日にヌレエフの後任として舞踊監督に就任したパトリック・デュポンの創案だ。
2月23日は通常のデフィレだったが、男性のエトワールがポール・マルク、ジェルマン・ルーヴェ、ユゴー・マルシャン、マチュー・ガニオの四人だけだったのはやはり寂しい。ずっと舞台に立っていないマチアス・エイマンは今回も姿を見せなかった。(この後、3月2日にマルク・モローがエトワールに任命された)

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2月21日ガラ公演の「デフィレ」現役エトワールと引退したエトワール
© Yonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

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「ワスラフ」マルク・モロー
© Yonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

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「ワスラフ」マルク・モロー ローラ・エケ アルチュス・ラヴォー
© Yonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

休憩をはさんでジョン・ノイマイヤー(1942生)が1979年にハンブルク・バレエの「ニジンスキー・ガラ」のために、当時20歳のデュポンのために振付けた『ワスラフ』となった。ノイマイヤーは若いデュポンを見てニジンスキーの再来と感じたという。デュポンは一年後にこの作品を踊ってオペラ座のエトワールに任命されている。
『ワスラフ』は言うまでもなくワスラフ・ニジンスキーのことだが、偶然に生まれた作品だとノイマイヤーは述懐している。「タイトルロールを踊ったパトリック・デュポンのリハーサル進行中に、ニジンスキーの魂から何かが忍び寄ってきて、それは期せずして『ワスラフ」という、上品で、可愛らしく親しみのもてる作品となりました。」後にノイマイヤーが振付けた2幕の大作『ニジンスキー』とは違って、抽象的で場所や時間の設定はなく、舞台にはグランド・ピアノが一台置かれただけの抽象的な作品だ。「フィガロ紙」のアリアーヌ・バヴリエ記者によると「ノイマイヤーは『ワスラフ』で美、孤独、天才の特異性と天才であるがゆえの疎外について考究している。」
ダヴィッド・フレの弾くバッハの「平均律曲集」と「フランス組曲」(この二曲を使って作品を作るのがニジンスキーの夢だったという)が流れる中で、パ・ド・ドゥが踊られるが、ワスラフ役のマルク・モローは半裸で最初は全く動かないが、突然動きだしてアカデミックな動きの男女とは対照的な、角のある踊りを見せた。ノイマイヤーについての著作もある「コンセールクラシック誌」のジャックリーヌ・チュイユー記者は2月22日に一晩だけワスラフを踊った客演のアレクサンドル・トゥルーシュに衝撃を受けた。2018年のハンブルク・バレエ団の日本ツアーで「ニジンスキー」の主役を演じた33歳のダンサーだ。トゥルーシュはハンブルクのバレエ学校で学んでから同バレエ団に入団し、二十年間ノイマイヤーの世界にふれてきた。「自らをさいなむ程に精神を集中し、動かないでいるところでも振付家の意図を雄弁に表現していた。他のダンサーたちが整った動きを見せている中にあって、観客の関心を自分一人に引きつけた。彼はダンスによって身体が表現できる世界の深さを体現していた。」

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「ワスラフ」マルク・モロー アルチュス・ラヴォー ローラ・エケ
© Yonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

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「ワスラフ」オニール 八菜 ダニエル・ストークス ロクサーヌ・ストヤノフ フロラン・メラック
© Yonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

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「さすらう若者の歌」ユーゴ・マルシャン、ジェルマン・ルーヴェ
© Yonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

『ワスラフ』に続いたのはモーリス・ベジャール(1927・2007)振付の『さすらう若者の歌』だった。グスタフ・マーラーが歌手のヨハンナ・リヒターとの別れを振り返って書いたリート(歌曲)には、苦悩する若者とそれに無関心な自然とが対比的に描きこまれている。アメリカのバリトン、シーン・マイケル・プラムの歌に乗って、ジェルマン・ルーヴェ(赤のソリスト)とユーゴ・マルシャン(青のソリスト)が踊った。
ルーヴェはさすらう若者の孤独を繊細な動きによって、かつてパトリック・デュポンがルドルフ・ヌレエフの最後の舞台となった夕べに踊った作品が、未だに見る人の心に強く訴える力を失っていないことを見せてくれた。ルーヴェとマルシャンの呼吸はよくあっていて、二人のエトワールが互いに相手に対して信頼感を抱いていることが客席からも感じ取れた。この作品は4月21日から5月28日までの「モーリス・ベジャールプログラム」でも取り上げられ、ルーヴェ&マルシャン、ガニオ&ブザール、キルシャー&ソーガール、ジョップ&モロー、メラック&マルシャンの組み合わせが予定されている。

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「さすらう若者の歌」マチュー・ガニオ
© Yonathan Kellerman/ Opéra national de Parisz

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「さすらう若者の歌」
ジェルマン・ルーヴェ、ユーゴ・マルシャン
© Yonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

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「さすらう若者の歌」
ジェルマン・ルーヴェ、ユーゴ・マルシャン
© Yonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

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マチュー・ガニオ、オードリック・ベザール
© Yonathan Kellerman/ Opéra national de Parisz

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マチュー・ガニオ、オードリック・ベザール
© Yonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

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マチュー・ガニオ、オードリック・ベザール
© Yonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

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「エチュード」ヴァランティーヌ・コラサンテ
© Yonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

2度目の休憩の後はデンマークの振付家ハラルド・ランダー(1905・1971)の『エチュード』だった。パトリック・デュポンがヴァルナ・コンクールでソロを踊って金賞を獲得した作品である。
ピアノの初級教本によく使われるチェルニー作曲の「エチュード」をオーケストラ版にした音楽をバックにして、バレエの練習風景が舞台上に展開された。フラッペ、フェッテ、ジェテといったクラシック・バレエのテクニックが次々に繰り出され、巧みな照明にくっきりと浮かび上がった。黒のダンサーたちを影絵のようにシルエットだけ見せる場面のように、美しいところが多く見られて、全体の構成という点でもまとまりの良い作品である。
安定したテクニックを持ったヴァランティーヌ・コラサンテ、常に役に全力で取り組んでいるポール・マルクのエトワール二人も熱の入った演技を見せ、スジェのギヨーム・ジョップが高い跳躍で客席を沸かせた。
こうして記録映画と「デフィレ」、そしてパトリック・デュポンと関係の深い三つの作品が並び、ダンサーと演奏家がいずれも全力投球した結果、充実したオマージュとなった。
(2024年2月23日 ガルニエ宮)

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「エチュード」
©Yonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

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「エチュード」ヴァランティーヌ・コラサンテ ポール・マルク ギヨーム・ジョップ
© Yonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

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「エチュード」ヴァランティーヌ・コラサンテ ポール・マルク
©Yonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

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「エチュード」ポール・マルク
© Yonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

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「エチュード」エロイーズ・ブルトン
©Yonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

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「エチュード」ギヨーム・ジョップ
© Yonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

映画「パトリック・デュポンへのオマージュ」
監督 ヴァンサン・コルディエ(2023年制作)
「デフィレ」
音楽:ベルリオーズ オペラ「トロイアの人々」第1幕より行進曲
構成:セルジュ・リファール アルベール・アヴェリーヌ
チュチュとエトワールの髪飾り制作:シャネル
『ワスラフ』
振付:ジョン・ノイマイヤー(1979年7月21日 ハンブルク初演 1980年10月30日 パリ・オペラ座バレエ団レパートリー入り)
音楽:バッハ
ピアノ演奏:ダヴィッド・フレ
<配役>
ワスラフ:マルク・モロー
第1パ・ド・ドゥ:ロクサーヌ・ストヤノフ フロラン・メラック
第2パ・ド・ドゥ:エレオノール・ゲリノー ニコラウス・チュドリン
第3パ・ド・ドゥ:オニール 八菜 ダニエル・ストークス
ヴァリエーション:オードリック・ブザール
第4パ・ド・ドゥとワスラフとのトリオ:ローラ・エケ アルチュス・ラヴォー
『さすらう若者の歌』
振付:モーリス・ベジャール(1971年3月11日 ブリュッセル フォーレスト・ナショナル初演 2003年1月20日 パリ・オペラ座バレエ団レパートリー入り)
音楽:マーラー「さすらう若者の歌」
バリトン歌手 シーン・マイケル・プラム
配役:ジェルマン・ルーヴェ ユゴー・マルシャン
『エチュード』
振付:ハラルド・ランダー(1948年1月15日 デンマーク王立バレエ団によりコペンハーゲン王立劇場初演1952年11月19日 パリ・オペラ座バレエ団 レパートリー入り)
音楽:チェルニー「ピアノのためのエチュード」
編曲・オーケストレーション:クヌーズオーエ・リスエア
<配役>
ヴァランティーヌ・コラサンテ ポール・マルク ギヨーム・ジョップ
白の女性ダンサー:カミーユ・ボン ナイス・デュボスク クララ・ムーセーニュ 桑原沙希 他
黒の女性ダンサー:ディアーヌ・アデラック アポリーヌ・アンクティル 他
タンデュ:ジュリア・コーガン アリシア・ヒディンガ アンジェリック・ブロス
フォンデュ:アポリーヌ・アンクティル カミーユ・カラザンス グロリア・プーボー
グラン・バットマン:アデル・ベレム ソフィア・ロゾリニ ジューリア・シベラ
ダンサー:フロリモン・ロリユー アンドレア・サーリ ダニエル・ストークス 他
シルフィード: ロードリーヌ・ショール サラ・バルテーズ フォースティーヌ・ドゥブラバント
演奏:ミハイル・アグレスト指揮 パリ・オペラ座管弦楽団

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