ミリアム・ウルド=ブラーム、ドロテ・ジルベールが好演し、スジェに昇進したばかりのギヨーム・ジョップが客席を沸かせたパリ・オペラ座『白鳥の湖』

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団

"Le Lac des Cygnes" Rudolf NOUREEV
『白鳥の湖』ルドルフ・ヌレエフ:振付

パリ・オペラ座バレエ団のクリスマス公演『白鳥の湖』がバスチーユ・オペラで12月10日から1月1日まで上演された。前回の2019年2・3月以来、ほぼ3年ぶりの公演である。
今回オデット&オディール、ジークフリート王子はヴァランティーヌ・コラサンテとポール・マルク、ドロテ・ジルベールとギヨーム・ジョップ、ミリアム・ウルド=ブラームとマルク・モロー、エロイーズ・ブルドンとパブロ・ルガサ、アマンディーヌ・アルビッソンとジェレミー・ルー=ケールの五組だったが、そのうちドロテ・ジルベールとギヨーム・ジョップとミリアム・ウルド=ブラームとマルク・モローの2組を見ることができた。

今回の特徴は男性エトワールがポール・マルク一人だったことで、この事態は『白鳥の湖』の前の公演だった『マイヤリング』で難役のルドルフを踊ったマチュー・ガニオとユゴー・マルシャンの二人が体調を崩し、ジェルマン・ルーヴェが本人のたっての希望で同時期にガルニエ宮で行われた『コンタクトホーフ』に出演したためだった。
残る4人のジークフリートはいずれも初役で、最年少のギヨーム・ジョップは前回の昇給試験でスジェに進んだばかりの22歳、プルミエール・ダンスールのパブロ・ルガサが26歳、プルミエール・ダンスールのジェレミー・ルー・ケールが29歳、ヌレエフ作品の主役は初めてのプルミエール・ダンスールのマルク・モローが36歳だ。現在、オペラ座のエトワールは女性が9人に対し、男性はわずか5人と少ない。ジークフリートに起用された4人の中から新しいエトワールが今年誕生する可能性は大きい。

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© Yonathan-Kellerman/ Opéra national de Paris

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© Yonathan-Kellerman/ Opéra national de Paris

最初に見たのは今回がおそらく最後のオデット&オディールとなるミリアム・ウルド=ブラームが踊った12月20日の公演だった。ミリアム・ウルド=ブラームはオペラ座が作成したクリップで役作りについて語っている。
「『白鳥の湖』には神秘性とお伽噺の側面があります。ヒロインは日中は鳥に変身し、人間世界の掟には束縛されません。夜が来ると欲望を持った人間の女性に戻りますが、また日が上れば白鳥になることを知っています。オデットは人が触れることのできない、神秘的な存在です。女性で白鳥というリアルな面と非現実的な物語という面とが重なっているのです。彼女は失った自由を懸命に取り戻そうとしています。
今回のリハーサルはヌレエフ時代のエトワールだったフローランス・クレールが指導してくれました。彼女は黒鳥の意地悪さ、残酷さをよりいっそう強調するように私に求めました。わずかな時間で黒鳥から純粋で打ちひしがれた白鳥に戻るのです。すでに知っている役ですが、今の自分として再発見しようと思って練習しました。第4幕には繊細さと力強さの両面がありますが、内面からくる感情を身体で表現するのは容易ではありません。実人生では経験することのない物語だけに、登場人物の中に入り込み、100パーセント生きることで役を作りました」と語っている。

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ミリアム・ウールド・ブラームとマルク・モロー
© Yonathan-Kellerman/ Opéra national de Paris

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ミリアム・ウールド・ブラーム
© Yonathan-Kellerman/ Opéra national de Paris

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ミリアム・ウールド・ブラーム
© Yonathan-Kellerman/ Opéra national de Paris

これだけ役柄に踏み込んでいるだけに、他のダンサーにはない独特の詩情がミリアムが舞台に現れると周囲に放射された。細い、しなやかな腕は人間のものとは思えず、身体全体が空中に漂っているかのような印象を与えた。第3幕のオディールにもっと残酷さ、冷ややかさが欲しいと願う人もいたようだが、白鳥と黒鳥の対比は視線や動きの自然さの違いによって明快に描かれていた。16日、20日、25日と三回ヒロインを踊ったミリアムだが、28日には降板し、エロイーズ・ブルドンが代役に立った。怪我が重くないことを祈るばかりた。
マルク・モローは品の良い貴公子で誠実に相手役を支えようとする心遣いは伝わってきたが、演技がこじんまりとしていて広がりが今一つで、ミリアムの本来のパートナーであるマチアス・エイマンの持つ強烈な存在感には遠かった。アクセル・マリアーノはケープを巧みに扱い、ロットバルト役に慣れた演技だったが、2019年にフランソワ・アリュが見せた不気味で鋭い視線やエネルギーが横溢した破格の跳躍には及ばなかった。

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ドロテ・ジルベール、ギヨーム・ジョップ
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ドロテ・ジルベール
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パブロ・ルガサ
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ドロテ・ジルベール
© Yonathan-Kellerman/ Opéra national de Paris

12月23日のオデット&オディールはドロテ・ジルベールだった。技術的には特に第3場において(軸足の動かないグラン・フェッテはいつもながら見事)ミリアムよりも安定していて隙がなく、オディールの悪魔性が見事に表出されていて、バレエ評論家や観客から絶賛された。ただし、筆者個人としては、ミリアムのオデットにあるはかなさ、悲哀が感じられず、胸が熱くなることはなかった。
相手役のギヨーム・ジョップはまず、すらりとした肢体とあどけなさの残る表情が目についた。スジェに昇進したばかりで、未熟な部分があるとは言え、伸びやかな動きと優れた身体能力は誰の目にも明らかで、客席が沸いた。夢の世界にいる雰囲気もそれなりに出ており、舞台を重ねれば文句のないジークフリートに成長するだろう。
パブロ・ルガサはアクセル・マリアーノよりも悪党らしい凄みはあったが、ヌレエフは父親代わりの側面を持つ教師ヴォルフガングと悪魔ロットバルトとを同じ人物と設定している。これから演技を深めて役の両義性を出して欲しいものだ。
コール・ド・バレエは湖の場面で32羽の白鳥がよく揃い、舞台に華やぎを与え、満員の客席から大きな拍手で迎えられていた。
9月のシーズン開幕からオペラ、バレエ公演を演奏してきたパリ・オペラ管弦楽団は前回2019年と比べ精彩に欠いた感があった。これは団員の疲労や休暇前でエキストラが入ったということだけでなく、指揮がマリンスキー歌劇場でしばしばピットに入っているヴァリー・オフシアニコフではなく、ヴェロ・ペーンに代わったからだろう。ダンサーに観客の目が集中するバレエ公演でも指揮者が果たしている役割は大きい。
オデットとオディールの代役でマチアス・エイマンとリハーサルをしていたオニール八菜は第1キャストでパ・ド・トロワやスペイン舞踊を踊って高い評価を受けたが、2016年以来の2度目のヒロインは次回に持ち越された。
ヒロイン役ではプルミエール・ダンスーズのエロイーズ・ブルドンがシリーズ後半の12月26日と28日に登場し、彼女のファンから喝采された。
(2022年12月20日、23日 ガルニエ宮)

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© Yonathan-Kellerman/ Opéra national de Paris

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© Yonathan-Kellerman/ Opéra national de Paris

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© Svetlana Loboff / Opéra national de Paris

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© Svetlana Loboff / Opéra national de Paris

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© Yonathan-Kellerman/ Opéra national de Paris

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© Yonathan-Kellerman/ Opéra national de Paris

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© Svetlana Loboff / Opéra national de Paris

『白鳥の湖』4幕バレエ
音楽:チャイコフスキー(1877年)
振付:ルドルフ・ヌレエフ(1984年12月20日 パリ・オペラ座)
原振付:マリウス・プティパ、レフ・イワノフ
装置:エジオ・フリジェリオ
衣装:フランカ・スカルチアピーノ
照明:ヴィニチオ・ケリ
<配役>(12月20日・23日)
オデット&オディール:ミリアム・ウルド=ブラーム/ドロテ・ジルベール
ジークフリート王子:マルク・モロー/ギヨーム・ジョップ
ロットバルト:アクセル・マリアノ/パブロ・ルガサ
第1幕
パ・ド・トロワ:ビアンカ・スキュダモア ナイス・デュボスク アンドレア・サーリ/オーバーヌ・フィリベール シルヴィア・サン・マルタン アントワーヌ・キルシャー
第2幕
4羽の小白鳥:ブルーエン・バッティストーニ マリーヌ・ガニオ イネス・マッキントシュ ジェニファー・ヴィゾッキ/ブルーエン・バッティストーニ イネス・マッキントシュ ジェニファー・ヴィゾッキ アンブル・キアルコッソ
4羽の大白鳥:ロクサーヌ・ストヤノフ カミーユ・ボン ビアンカ・スキュダモア ホヒュン・カン/エロイーズ・ブルドン ロクサーヌ・ストヤノフ カミーユ・ボン セリア・ドゥルイ
第3幕
チャルダーシュ:ブルーエン・バッティストーニ アントワーヌ・キルシャー他/オーバーヌ・フィリベール ジャック・ガツトット 他
スペイン舞踊:カミーユ・ボン ロール=アデライド・ブーコー パブロ・ルガサ グレゴリー・ドミニアック/カミーユ・ボン ナイス・デュボスク ヤン・シャイユー アントニオ・コンフォルティ
ナポリ舞踊:シルヴィア・サン・マルタン ユゴー・ヴィオレッティ 他/マリーヌ・ガニオ アンドレア・サーリ 他
演奏:ヴェロ・ペーン指揮 パリ・オペラ座管弦楽団

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