オニール八菜インタビュー「どうしても踊りたかった『マイヤリング』で、一生忘れられない素晴らしい経験をしました」

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

――『マイヤリング』ではマリーとラリッシュ侯爵夫人役を躍られました。とても素晴らしい舞台でした。お疲れ様でした。マクミランの振付けた『マイヤリング』は映画とはだいぶ違いますね。映画のイメージがあったので。映画だとドヌーブやヘップバーンといった女性の方にカメラが向きますけど、マクミランでは全てがルドルフに焦点が当てられていますね。女性はルドルフを描くために存在しているように見えました。

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© 三光洋

八菜 男性の主人公の周りにずらっと女性が取り囲んでいるというバレエ作品は、他にはあまりないですよね。だからリハーサルも面白かったです。毎回男性一人に5人の女性がいて、なんだかおもしろい光景でした。

――クロード・アネの小説を読む前から舞台を見て、これは『ハムレット』をマクミランが下敷きにしているな、と思いました。そういうイメージがあったのは3人の中ではステファン(・ビュリオン)でした。頭蓋骨を自分の机にいつも置いて、死に思いを馳せている男性でした。そういう人間としてステファンが捉えたのではないか、と見ていて思いました。
八菜さんにとってマリーはどんな女性でしょうか。

八菜 私のイメージ的には若い女の子で、王子様のいる世界にどうしても入り込みたいという夢があります。それでルドルフのところに行けた。ルドルフと一緒にいられるのがすごく嬉しくて、王子様と死ぬ方が、普通の人といるよりもすごいことだ、という考えですね。だから彼のためなら何でもする。ルドルフは一人では自殺できなかったので、マリーは責任を持って最後までいっしょに死ぬ、という気持ちがはっきりしていました。

――二人が死の観念に囚われていることが、最初にホーフブルク宮殿のルドルフのところにマリーが入っていく時、すでにはっきり描かれていました。妻のステファニーとは正反対で、拳銃を自分で手にして空に向けて撃ちますね。最初からルドルフと同じ種類の人間だということではないでしょうか。

八菜 そうです。

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オニール 八菜
© Ann Ray / Opera national de Paris

――ヴェッツェラ家はマクミラン作品では男爵家となっていますが、本来なら宮廷には入れない階級なんですね。八菜さんは宮殿での舞踏会の場面で、初めて来たという感じが出ていましたね。

八菜 それは頭の中に入れて舞台に立ちました。宮殿に来たのが初めてで、ここにいられるだけでいい。この世界に入って行きたい、という気持ちを出そうとしました。

――リュドミラ(・パリエロ)さんも子供っぽい感じをはっきり出そうとしていましたね。

八菜 最初出てくる時は10歳という設定なので、その後の場面では(年齢も違っていて)人物像も変わっていきますね。

――10歳ですか。実際の歴史では16歳で出会って、17歳で亡くなっていますね。

八菜 ステファンと他のルドルフを踊ったダンサーとが違っていたのは、他の人たちのルドルフはすでにマリーに興味を持ち始めていますが、ステファンは頭の中では「10歳の子には全然興味がない」という風に考えています。マリーの顔を上げて見ても「それで」という感じでやっていました。最初に彼の考えが変わったのは、馬車から出てくるところで、大人の女性になってハッとするとするのですね。

――八菜さんもそこで、「どう、昔の私とは違うのよ」という感じが出ていました。

八菜 ふふ(笑)。

――実在のマリーはウィーンでは多くの貴族から声がかかり、お母さんがロンドンの社交界に連れて行ったら、そこでも引く手数多だったということです。しかし、マリーの頭の中にはルドルフしかなかったそうです。

八菜 マリーは変わっていますよね。

――プログラムに掲載されている写真を見ると、芯の強い女性と感じられます。

八菜 とっても芯の強い娘(こ)だと思います。結構、自分勝手です。映画のイメージとは違いますね。私が作りたかったマリーはああいう(映画のような)イメージではなかったですね。

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オニール 八菜、ステファン・ビュリオン © Ann Ray / Opera national de Paris

――全部で何日間舞台に立ったんでしょうか。

八菜 本当は八回の予定だったんですが、一回大道具方のスト(フランス全土でのゼネスト)で中止になったので七回です。他にもソロの役を二つやっていた人は結構多かったですよ。でもマリーは実際に出る場面はそれほど多くなくても、精神的には重い役でした。とても疲れました。

――マリーとラリッシュ侯爵夫人とをうまく演じ分けておられましたね。

八菜 そうですね。周りのキャラクターがガラッと変わったので自分の役に入りやすかったです。
ラリッシュは彼女が結果としてみんなを動かしていますね。そういう役も面白かったです。

――マイヤリングの悲劇は彼女が引き起こした、と言ってもよいかもしれません。

八菜 うふふ。(笑)

――ステファン・ビュリオンがルドルフを踊った夜は、舞台が終わってからずっと興奮が冷めないで寝られませんでした。

八菜 舞台を楽しんでいただけて良かったです。

――もうすぐ『白鳥の湖』が始まりますね。

八菜 第1配役はヴァランティーヌ(・コラサンテ)とポール(・マルク)ですよ。

――ユゴー(・マルシャン)とマチアス(・エイマン)が降板してしまったそうですね。

八菜 ええ、マチュー(・ガニオ)もです。エトワールはポール(・マルク)しか踊らないんです。

――女性の方は10月初めにオペラ座が発表した通りですか。

八菜 リュドミラ(・パリエロ)以外はそうです。ヴァランティーヌ(・コラサンテ)とポール(・マルク)、第2キャストがドロテ(・ジルベール)とギヨーム(・ジョップ)、第3キャストがミリアム(・ウールド=ブラーム)とマルク・モロー、第4キャストがエロイーズ(・ブルドン)とパブロ(・ルガサ)です。最後がアマンディーヌ(・アルビッソン)です。

――八菜さんは代役ですか。

八菜 まだ今の所はそうです。

――舞台起用はオーレリーさんが辞めてから変わったのでしょうか。

八菜 あまり変わってないです。

――ジョゼ・マルティネスが監督に決まった正式な通知は、どのようにしてダンサーたちになされたのでしょうか。

八菜 10月28日のスタジオでの全員が集まったミーティングの時に、アレクサンダー・ネーフさん(総監督)が発表しました。その場にジョゼ・マルティネスもいました。

――正式就任は12月5日ですが、マルティネスは監督に決まってから、今までにどのようなことをしましたか。オペラ座のダンサーたちに、どのように接していますか。

八菜 まだ(舞踊監督の任期が)始まっていないので、特にはありません。今はパリにいないのですが、パリにいる時は公演を見にきてくれたり、リハーサルもちょこちょこと見てくれています。ダンサーたち一人一人と面接をしたい、と言ってもう始まっていますが、それ以外には私にはわかりません。

――八菜さんとの面接はもうありましたか。

八菜 私はまだです。「12月にパリに戻ってきたら会いましょうね」と言われました。公演の後、ちょこちょこっとは言ってくれましたが、まとまった話はまだ全然していません。

――マルティネスが舞踊監督となったことについてのダンサーたちはどう受けとめてていますか。彼の人柄についてはどう評価されていますか。

八菜 ダンサーたちと話しやすい人という感じはすごくします。でも実際に始まっていないので、まだわからないです。彼になったのでダンサーたちは満足しているんじゃないでしょうか。前は舞踊監督がいない感じだったので、誰になっても決まればいい、というふうに思っていました。バンジャマン・ミルピエさんは監督の時(現場に)いましたけど。

――今後、マルティネス監督になってどのようなプログラムの上演が期待されるでしょうか。

八菜 プログラムは監督の趣味が影響するので、新しいものが出てくるだろうとは思います。でも、具体的にはまだわかりません。彼は最初の一年、二年で大切なのはダンサーのそばにいることで、全体がバレエ団として一体となるようにしたい、と思っておられるようです。(ジョゼが監督をしていた)スペインとは違ってオペラ座は予算も大きいので、発表されるまではプログラムのことはわかりません。どんなプログラムにしようと思っているのか、全くわからないんです。

――近年まで、オペラ座のダンサーとして踊っていたので、ダンサーの環境を良くしてくれる可能性は感じられるでしょうか。

八菜 私はジョゼのことはあまりよく知らないのですけれど、彼はエトワールの時もカンパニーの全員と仲良くしていたと聞いています。そういう意味で、「エトワールだけを大事にする」というのではないと思います。コール・ド・バレエの団員もバレエ団の一員だと思えるようにしようと考えているのではないでしょうか。

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オニール 八菜、ステファン・ビュリオン © Ann Ray / Opera national de Paris

――オニールさんは振付を作るとか、考えられていますか。

八菜 一切ないです。今はないけれど、先のことはわかりません。10年後くらいにもう一度聞いていただければ・・・

――交代劇について、オーレリーはどうしてこのタイミングで辞表を提出したのか。マルティネスと引き継ぎみたいなことはしたのでしょうか。

八菜 フランソワ・アリュの任命の日から2週間病気で休暇をとって、それからもう少し後に辞表を出したのだと思います。引き継ぎは多分ないのではないでしょうか。7月には(オーレリー・デュポンの舞踊監督の任期が)終わっていて、ジョゼが着任するのは12月で、この間は誰もいません。

――ダンサーとして、オニールさんが最も期待している今シーズンの演目は何ですか。

八菜 踊りたかった『マイヤリング』はもうできました。マクミランの振付はナラティフ(ドラマを物語っていく)という面で上手くできているなと思いました。振付がお話になっているので、それ以上やらなくていい。それだけで十分にパワフルですね。今回、イレク・ムハメドフ(1990年から英国ロイヤル・バレエ団でケネス・マクミランの多くの作品を踊った名ダンサー)から指導を受けましたが、素晴らしい方で彼がルドルフを踊ったビデオは何度も見ました。(『マイヤリング』以降でというのに答えるのは)難しいですね・・・。

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オニール 八菜、ステファン・ビュリオン © Ann Ray / Opera national de Paris

――ダンサーとして、最近、一番感じていることは何ですか。

八菜 一生忘れられない素晴らしい経験を『マイヤリング』ですることができました。ただ、初めてなのに、全く初めてだなんて思えないほどピッタリと息の合ったステファン(・ビュリオン)がもう引退しているので、これからは彼とは踊れないのは本当に残念でなりません。彼は年が経っても老けた感じにならないタイプだと思います。もう招待ダンサーとしても戻ってこないと思います。まだこれだけ踊れるのにもう終わり、というのが悲しいです。
マチアス・エイマンは一応、来年出てくることにはなっています。マチューは『マイヤリング』で怪我をしたのでジークフリートは踊りません。ユゴーは前から痛めていたところが『マイヤリング』が終わったら「もう限界」となり、降板しました。『白鳥の湖』のジークフリートはたくさん踊るので、『マイヤリング』はできたけれど、今の状態では無理なのでしょう。

――『白鳥の湖』に出演されるとしたら、誰と踊ることになりますかね。

八菜 今はともかく踊りたいので踊れれば嬉しいです。ユゴー、マチュー、今回はピナ・バウシュの演目に出ていて、ジェルマン(・ルーヴェ)は踊れませんけれど・・・。

――フランソワ・アリュはエトワールに任命されながら、いまだに契約書にサインしていないそうですが。

八菜 どうなんでしょうか、難しいのでないですか。どうなっちゃうでしょう。ハテナです。(結局フランソワ・アリュは11月23日にオペラ座バレエ団を退団した)
オペラ座バレエ団の今の男性ダンサーというと、ギヨーム・ジョッブはこれからいいダンサーにはなっていくと思いますけど、まだ若いです。ロメオみたいな若い役は踊れても・・・。マチューは38歳でもう数年だけです。ジェルマンは同い年ですから・・・。新しい世代にも期待したいです。

----本日は大変にお忙しいところお時間をとっていただきまして、ありがとうございました。

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