パリ・オペラ座バレエの新作公演、いよいよ大詰め新しい舞踊監督の選考に関する情報

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団

" Cri de coeur " Alan Lucien Øyen 『心の叫び』アラン・ルシアン・オイエン:振付

ガルニエ宮でのパリ・オペラ座バレエ団のシーズン開幕演目はアラン・ルシアン・オイエン振付の新作『心の叫び」だった。9月20日から10月13日まで16公演が行われた。
オイエンは1978年、作曲家グリークを生んだノルウェーの大都市ベルゲンに生まれた。現在44歳。
母親が『人形の家』で知られるイプセンが創立した小さな劇場で働く着付け係だったため、7歳から演劇に親しんだ。こうしてイプセンのようなクラシックな演劇だけでなく、ジョン・フォスのような現代劇作家の作品を見る機会にも恵まれた。17歳からハンガリーのダンス教師に学び、国立オスロ芸術学校を卒業後、ダンサーとしてノルウェー国立現代舞踊団で過ごした。2004年から振付作品を発表し、現在はダンスと演劇の両面で活躍している。
2008年にハノーヴァーで初演された『そして・・・キャロリン』は、2021年3月16日にクレマンス・グロスとアンドレア・サーリが踊ってパリ・オペラ座バレエ団のレパートリーに入っている。なお2018年にはピナ・バウシュ没後、初めてヴッパタール舞踊団の新作となった『ボブさん、良い旅を』(ボン・ボワヤージュ・ボブ)を振付けている。

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© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

『心の叫び』の出発点は脳神経外科医で末期癌に罹って亡くなったポール・カラニシの『吐息が(ただの)空気となる時』(邦訳は『いま、希望を語ろう 末期がんの医師が家族と見つけた生きる意味』)だ。そのために病気と死が主題となっている。当初の予定では2020年に初演されるはずだったが、コロナの蔓延によりすでに始まっていたリハーサルが中止された。その後、2年半の中断を経て、ようやく日の目を見ることになった。オイエンは2022年に発表されたベトナム系米詩人オーシャン・ブオン(1988年生)の詩集『時は母なり』からも刺激を受けたという。

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© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

リハーサルでオペラ座のダンサーたちが自分たち自身について語った姿も加えられて、休憩を含め2時間50分(前半75分、後半70分)という大作となった。
病気の若い女性、謎めいた母親(エレナ・ピコン)、「誰でもない人」と名付けられた友人といった人物が登場し、不治の病、不安定な愛情、親しい人に見捨てられた孤独、複雑な両親との関係、といった多様な人生の様相が描かれ、最後に死が訪れる。
客席に入ると、ガルニエ宮の舞台が一番奥まで見通せた。天井からは映写用のスクリーンが吊るされ、リアルタイムで撮影された白黒映像が流れる。ダンサーたちは時として二つの金縁の巨大な枠の中に入り、あたかも絵画に描かれて人物たちのような様にも見える。パリの自然博物館にある剥製の動物を本来の生態にいるかのように展示しているジオラマの手法に想を得て、オイエンは人間の本質をジオラマのシリーズによって明るみに出そうとしたらしい。場面はかなりひんぱんに変わり、場面ごとに枠組みを大道具方が移動していたが、度重なる転換は時間的な空白を生み、ドラマの円滑な進展に少なからず水を差した。
スペクタクルはピナ・バウシュのタンツテアターに範を仰ぎ、言葉と動作とを一体化している。動きはマッツ・エクやラッセル・マリファントの手法が取り入れられ、変化に富んでいた。ダンサーでは主役の若い病気の女性を演じたマリオン・バルボーが豊かな表情と繊細な動きによって圧倒的な存在感を示した。渾身の演技は死の場面で頂点に達した。バルボーは今春封切られたセドリック・クラピッシュ監督のバレエ映画『一体となって』(En corps)でも主役を演じている。
ピナ・バウシュの『カフェ・ミュラー』に出演したエレナ・ピコンは登場するだけで、特異に雰囲気を醸し出していた。
緻密に観察された現実と想像とを織り合わせ、死を見据えながら生きることの意味を33人のコール・ド・バレエの身体と言葉によって問う野心的なアプローチから生まれた舞台には、不可思議な魅力があったことは間違いない。しかし、台詞が長く、ありふれている部分が多かったことやあまりにも多くの要素を盛り込んだ結果として、何が行われているのかが不明瞭になった部分があったことも否定できない。そのため、かなりの数の観客が休憩時間だけでなく、公演中に席を立ってしまい、フランスのバレエ批評も評価が真っ二つに分かれた。
再演されるのであれば、テキストから余剰な部分を外し、全体をよりコンパクトにまとめることが望まれる。
(2022年9月22日 ガルニエ宮)

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© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

パリ・オペラ座バレエの新しい舞踊監督の選考が進行中

『心の叫び』でパリ・オペラ座バレエ団の新シーズンはスタートしたが、6月16日のオーレリー・デュポン前舞踊監督(在任期間は6年)の辞任から、すでに四ヶ月近い時間が過ぎてしまっている。夏のバカンスが終わると、パリのバレエファンは新監督の発表を待ち侘びていた。

アレクサンドル・ネーフ総監督が任命したバレエ監督の選考委員会は元オペラ座取締役会長ベルナール・スティルンが委員長で、カロリン・カールソンとアンジュラン・プレルジョカージュという現代振付家、元エトワールのシャルル・ジュードから構成され、8月12日までにオペラ座に応募した候補者の願書を読み、9月初めに面接する人物を決め、それからネーフ総監督が決定するというプロセスを踏むことになっていた。
9月6日に有力日刊紙『フィガロ』が「パリ・オペラ座バレエ団が監督を必死になって探している」と題したアリアーヌ・バヴリエ記者の署名記事を発表した。
記事は「ステファン・リスナー前総監督がバンジャマン・ミルピエ、次いでオーレリー・デュポンを軽々しく任命した」ことが現在の状況を招いたと批判し、今回任命される新総監督に求められていることを元プルミエ・ダンスールで、現在ボルドー・バレエ団の監督を務めているエリック・キエレに聞いている。
「新しい舞踊監督はオペラ座の公演を、バレエ団の中心に据え直さなければならない。ダンサーたちは傑出しているが、本の出版、企業広告、「スターとのダンス」、日本を始めとする海外ツアーといったオペラ座以外での活動に手を出してしまっている。」とキエレは語っている。注(「スターとのダンス」"Danse avec les stars" ダンス・アヴェック・レ・スターは、フランスのテレビ局TF!が放映している人気番組で、映画、スポーツ、モデル、テレビ、シャンソンなどのスターが、ダンスのプロとデュオを踊って、専門家が採点するというもの。最近ではフランソワ・アリュが出演しており、彼はこの番組に出ることを理由にオペラ座の公演への出演を拒否し、エトワールとしての契約書類に署名を拒んでいる)

オペラ座の舞踊監督には、フランス国内外から約15名の応募者があったが、その中には現在は他のバレエ団の監督を務めている元エトワール、コール・ド・バレエのメンバーだった元ダンサー、フランス語の話せない外国のバレエ団のトップといった人たちが入っている。しかし、次期バレエ監督に最適と思われたローラン・イレールとマニュエル・ルグリの名前はない。イレールは最近、2017年から務めていたモスクワの国立モスクワ音楽劇場バレエ団の監督をウクライナ戦争勃発によって辞任したが、ミュンヘンのバイエルン州立バレエ団の芸術監督に任命され、「この職に留まる」と発言している。ルグリはネーフ総監督がオペラ座に就任した時にプロジェクトを提出しているにも関わらず、デュポン退陣の時点で招聘されなかったので今回応募しなかった。
フランス国立ラン歌劇場バレエ団を率いるブリュノー・ブーシェ、今シーズンパリで『トゥルーズ・ロートレック』を上演するカピトル歌劇場バレエ団のカダール・ベラルビ、スペイン国立ダンス・カンパニーの監督でオペラ座で『天井桟敷の人々』を振付けたジョゼ・マルティネーズの三人が有力というのが、前記バヴリエ記者の見方だ。
9月30日になると、経済日刊紙『レゼコー』がフィリップ・ノワゼット記者の記事を掲載した。ノワゼット記者は前述のバヴリエ記者が挙げた名前以外に、スウェーデン王立バレエ団監督ニコラ・ル=リッシュ、ローマ歌劇場バレエ団監督のエレオノーラ・アバニャートに加え、「オペラ座首脳陣はオペラ座以外からの人材を求めているらしい」として、アンジェ・コンテンポラリー・ダンス国立センターの振付家ノエ・スリエ、オルレアン国立振付センターで活動しているモード・ル=プラデックというコンテンポラリー部門の女性の名前も挙げている。外国人では振付家のアレクセイ・ラトマンスキーやNYCBの振付家ジャスティン・ペック、ノルウェー国立バレエ団の監督イングリッド・ロレンツェン、ロンドンにあるランバートのブノワ・スワン・プーファーなども言及されている。
しかし、秋が深まりつつあるにも関わらず、10月20日時点でオペラ座からの発表はない。10月25日にケネス・マクミラン振付の『うたかたの恋』の初日の幕が開くまでに、新しい舞踊監督の名前が発表されるかどうかは予断を許さない。

『心の叫び』全2幕
振付:アラン・ルシアン・オイエン(2022年 パリ・オペラ座委嘱作品世界初演)
振付協力:ダニエル・プロイエット
音響デザイン:グナール・インヴァー
装置:アレクサンダー・イールス
衣装:スティーヌ・ショーグレン
照明とビデオ:マーティン・フラック
ドラマトゥルギーとテキスト:アンドリュー・ウェイル
特別出演:エレナ・ピコン
音楽は録音を使用
配役:
マリオン・バルボー、レティツィア・ガローニ、クレマンス・グロス、カロリーヌ・オズモン、イダ・ヴイキンコスキ、アレクサンドル・ガス、アクセル・イボ、アントワーヌ・キルシャー、シモン・ル・ボルニュ、ファヴィアン・レヴィヨン、ダニエル・ストークス 他 合計33名のコール・ド・バレエ

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