メンデルスゾーンの音楽とともに「夢想と現実」の世界が夢幻的に描き出された、パリ・オペラ座のバランシン振付『真夏の夜の夢』

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団

"LE SONGE D'UNE NUIT D'ETE " George BALANCHINE
『真夏の夜の夢』ジョージ・バランシン:振付

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ミリアム=ウルド・ブラーム& ジェルマン・ルーヴェ(ディヴェルティスマン)
© Yonathan Kellerman / Opéra national de Paris

バスチーユ・オペラのパリ・オペラ座バレエ団のシーズン最終演目はジョージ・バランシン(1904・1983)振付の『真夏の夜の夢』だった。6月18日から7月16日まで17公演が行われた。

この作品がシェークスピアの数多い喜劇の中で最も多くの振付家を惹きつけてきたのは、男女の恋人三組(アテネの大公シーシアスとアマゾン族の女王ヒポリタ、ハーミアとライサンダー、ヘレナとディミートリアス)と、狂言芝居をするおどけた職人たち、オベロンを王にいただく妖精たち、という三つの異なる世界が精巧に織りなされているからだろう。十九世紀にはマリウス・プティパが1866年に『タイターニア』、1876年に『真夏の夜の夢』、二十世紀に入るとミハイル・フォーキンが1906年に『ある真夏の夜の夢』、1924年には『妖精たち』を振付けている。

1962年に、ニューヨーク・シティ・バレエ団の81名のダンサーのためにバランシンが振付けた『真夏の夜の夢』が初演された。装置と照明はデイヴィッド・ハイズ、衣装はバーバラ・カリンスカが手がけた。このバランシン作品は、バンジャマン・ミルピエ前舞踊監督の意向でパリ・オペラ座のレパートリーに2017年に入っている。1977年にはジョン・ノイマイヤーがハンブルク・バレエ団のために新作を振付けた。貴族たちにはメンデルスゾーン、妖精たちにはジョルジェ・リゲッティ、職人たちには手回し風琴の音楽を使うことで、三つの世界を音のレベルでも差異化した。ノイマイヤーの『真夏の夜の夢』は1982年にバランシン作品に先立って、パリ・オペラ座バレエ団のレパートリーに入っている。

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ローラ・エケ、トマ・ドッキール(ディヴェルティスマン)
© Yonathan Kellerman / Opéra national de Paris

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マルク・モロー(オベロン)
© Yonathan Kellerman / Opéra national de Paris

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オニール八菜(タイターニア)
© Yonathan Kellerman / Opéra national de Paris

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オニール八菜(タイターニア)
© Yonathan Kellerman / Opéra national de Paris

バランシン作品の特徴ではシェークスピアが描いた三つの世界のうち、妖精の世界を前面に出し、職人たちによる劇中劇は最小限にしている点がまず目に付く。醜悪なロバに変身した織屋のニック・ボトムにタイターニアが恋心を抱いて踊る滑稽なパ・ド・ドゥを見せるためだけではないか、と思ってしまうほどだ。
次いで、純粋なダンスをたっぷりを見せるために、アテネのシーシアス公爵の館で繰り広げられる第2幕の大半を三組の婚礼に割いている。シェークスピアのドラマの重層性を犠牲にしても女性ダンサーたちの魅力を舞台に開花させている。また音楽にメンデルスゾーンだけを使うことで、夢幻性と華やぎにあふれた舞台を生み出すとともに、作品に統一感を与えている。

前回はエレオノーラ・アバニャート、マリオン・バルボー、オニール八菜がタイターニアに扮したが、今回はリュドミラ・パリエロ、オニール八菜、エヴ・グランステンだった。このうち前者二人の舞台を見た。

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リュドミラ・パリエロ(タイターニア)
© Yonathan Kellerman / Opéra national de Paris

リュドミラ・パリエロはキャリアを始めたサンチアゴ・バレエ団で『真夏の夜の夢』に出演しているが、パリ・オペラ座では初めてだった。オペラ座のトレーラーでパリエロは次のように語っている。
「タイターニアの役柄を理解するには、舞台の周囲で起きていることをすべて把握する必要があります。バランシンは、愛のさまざまな様相を複数の登場人物を通じて表現しています。現実の世界の人物と非現実(=夢想)の世界の人物とがいますが、妖精の女王であるタイターニアは非現実の世界の人物です。夫のオベロンと第1幕第1場では喧嘩をします。相手の持っているものを所有したい、というのは愛の感情の一つです。(タイターニアの持っているインド人少年をオベロンは自分の小姓にすることを望む)ボトムが変身したロバとのパ・ド・ドゥでは、妙薬によって相手が本当は誰かを知らずに夢中になリます。「愛は盲目」ということですね。現実の世界の人物(=人間)も口論し、別離や再会があります。人物が各場面でどんな状況にいるかが分かれば、バランシンが求めていた感情をつかみ、それを表現できます。タイターニアは非現実の世界にいますから、動きによって硬さのない、浮遊するような感じを出します。第2幕のディヴェルティスマンでは視線、パートナーの身体への触れ方といったことによって、もっと人間の女性として実在感のあるように演技します。現実と夢想という二つの世界を表現するのはダンサーにとって大変刺激的です。」と語っている。ソリストとしての長い経験に裏打ちされ、役を考え抜いた繊細な演技はオベロン役のポール・マルクの行き届いたサポートとも相まって、幻想的な雰囲気を醸し出した。

バランシンを得意としているオニール八菜は、タイターニアでマルク・モローを相手に踊った。二度目の共演とあって余裕があり、「踊りを楽しむことができ、踊りながら工夫をしていくことができた」という。彼女は、今回はタイターニアだけでなくハーミアも演じた。ライサンダー役のパブロ・ルガサを相手に、「若い、人生を楽しんでいる女の子」を生き生きと踊っていた。二つの役を交互に演じることで、作品に対する理解が深まったであろう。

アンドレア・サーリとオーレリアン・ゲが演じた、茶目っ気たっぷりの妖精パックが舞台狭しと飛び跳ね、エロイーズ・ブルドンもアマゾンの女王ヒポリタらしい優雅さがあった。第2幕のディヴェルティスマンでは気品あふれるジェルマン・ルーヴェと、あくまでも軽やかなミリアム・ウルド=ブラームが洗練されたパ・ド・ドゥを見せてくれた。

2017年に新たに作られたクリスチャン・ラクロワの衣装と装置は幻想的な空間を構成し、客席では身を乗り出して舞台に見入っている子供たちの姿が目についた。
バランシン作品は音楽は極めて重要だが、今回は英国ロイヤル・バレエやニューヨーク・シティ・バレエで活躍しているアンドレア・クインが、きびきびとした指揮でパリ・オペラ管弦楽団を導き、メンデルスゾーンの音楽の魅力をたっぷり聞かせてくれた。
(2022年6月21、29日 バスチーユ・オペラ)

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オーレリアン・ゲ(パック)
© Yonathan Kellerman / Opéra national de Paris

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セリア・ドゥルィ(ヒポリタ)
© Yonathan Kellerman / Opéra national de Paris

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蝶々たち と オペラ座バレエ学校生徒
© Yonathan Kellerman / Opéra national de Paris

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アンドレア・サーリ(パック)
© Yonathan Kellerman / Opéra national de Paris

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ポール・マルク(オベロン)
© Yonathan Kellerman / Opéra national de Paris

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エロイーズ・ブルドン(イポリタ)
© Yonathan Kellerman / Opéra national de Paris

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「真夏の夜の夢」第2幕より
© Yonathan Kellerman / Opéra national de Paris

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「真夏の夜の夢」第2幕より
© Yonathan Kellerman / Opéra national de Paris

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セリア・ドゥルィ(ヒポリタ)、フロリアン・マニュネ(シーシアス)
© Yonathan Kellerman / Opéra national de Paris

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パブロ・レガサ(オベロン)(他日公演)
© Yonathan Kellerman / Opéra national de Paris

『真夏の夜の夢』シェークスピア原作
振付:ジョージ・バランシン(1962年)
1962年 ニューヨーク・シティ・センターでNYCB初演
本公演指導:サンドラ・ジェニングズ
音楽:メンデルスゾーン(『真夏の夜の夢』(序曲 作品21、1826年、舞台音楽 作品61、1843年、『アタリ―』序曲 作品74、1845年、『麗しきメリュジーヌ』作品32、1833年、『ヴァルプルギスの夜』作品60、1832年、『弦楽のためのシンフォニア第9番』1823年、『故郷への帰還』序曲、作品89、1829年
衣装・装置:クリスチャン・ラクロワ(衣装はバーバラ・カリンスカのオリジナル図案による)
照明:ジェニファー・ティプトン
サイモン・ヒューイット指揮 パリ・オペラ管弦楽団・合唱団
合唱指揮:ジョゼ=ルイ・バッソ
声楽ソリスト:ブランヴェラ・レーネルト、アンヌ=ソフィー・デュクレ

配役(6月21日/29日)
タイターニア:リュドミラ・パリエロ/オニール 八菜
オベロン:ポール・マルク/マルク・モロー
パック:アンドレア・サーリ/オーレリアン・ゲ
ハーミア:オニール 八菜/シルヴィア・サン=マルタン
ライサンダー:パブロ・ルガサ/フロリモン・ロリユー
ヘレナ:ローラ・エケ/エヴ・グランステン
ディミートリアス:オードリック・ブザール/アルチュス・ラヴォー
ヒポリタ:エロイーズ・ブルドン/セリア・ドゥルィ
シーシアス:ヤニック・ビッテンクール/フロリアン・マニュネ
ボトム:シリル・シュークルーン/ジャン=バティスト・シャヴィニエ
タイターニアの騎士:フロリアン・マニュネ/ジェレミー=ルー・ケール
蝶々:シルヴィア・サン=マルタン/オーベール・フィリベール
ディヴェルティスマン:ミリアム・ウルド=ブラーム、ジェルマン・ルーヴェ/ローラ・エケ、トマ・ドッキー

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