アリス・ルナヴァンのアデュー公演となるはずだったパリ・オペラ座バレエの『ジゼル』3公演を観て

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団

"Giselle " Jean Coralli, Jules Perrot
『ジゼル』ジャン・コラリ、ジュール・ペロー:振付

ガルニエ宮のパリ・オペラ座バレエ団のシーズン閉幕公演『ジゼル』が、6月25日から7月16日まで上演された。2020年(1月から2月)以来、2年半振りの上演である。7月16日の最終公演で1841年6月28日のサル・ペルチエ劇場(当時のパリ・オペラ座劇場)で初演されてから180年余で275回公演に到達して、人気に翳りはない。
今回のシリーズでジゼルはドロテ・ジルベール(4回)、アリス・ルナヴァン(5回)、セ・ウン・パク(4回)、ミリアム・ウルド=ブラーム(2回)の四人が踊った。相手役はジルベールがユゴー・マルシャン、ルナヴァンがマチュー・ガニオ、パクがポール・マルク、ウルド=ブラームがジェルマン・ルーヴェだった。ウィリーの女王ミルタはヴァランティーヌ・コラサント(6回)、オニール 八菜(4回)、ロクサーヌ・ストヤノフ(4回)、カミーユ・ボン(1回)だった。ミルタ役にロクサーヌ・ストヤノフが4回起用されたことは、2017年にカルポー賞、2020年にAROP賞を受賞しており、プルミエール・ダンスーズへのオペラ座首脳陣の期待が感じられる。

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ドロテ・ジルベール、ユゴー・マルシャン
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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ドロテ・ジルベール、ユゴー・マルシャン
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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ドロテ・ジルベール、ユゴー・マルシャン
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

このうち、ジルベール/マルシャン、ルナヴァン/ガニオ、ウルド=ブラーム/ルーヴェの三組を見ることができた。
第1キャストのドロテ・ジルベールは安定したテクニックに支えられて、腕の動きや顔の表情によってジゼルの感情を隙なく表現していた。また、しばしばパートナーを組んでいるユゴー・マルシャンともよく息が合っていた。マルシャンは、婚約者がありながら身分違いの村娘と遊んでいるアルブレヒトの軽さを、それとなく感じさせていた。

7月13日がアデュー公演となるはずだったアリス・ルナヴァンは、リハーサルの指導にあたったモニク・ルディエールだけでなく、オーレリー・デュポンからの指導も受けて万全の準備を整えた。相手役のマチュー・ガニオとも息がよく合い、村娘の真率な純情が細かな仕草や身振り、視線に衒うことなく自然に表されていた。狂乱の場も迫真の演技で、幸せの頂点から絶望のどん底に落とされた村娘の命の糸が切れたことが、誰にも手に取るように伝わった。それだけに、第2幕の細かなグリッサードで移動し始めたところで、膝に怪我をして退場したのは気の毒な限りだった。マチュー・ガニオは舞台を重ねて完成の域に達した演技を見せるとともに、パートナーとしても細やかな気配りが行き届いており、舞台袖から四人のアルブレヒトを見たオニール八菜が「最高のアルブレヒト」と評したのもなるほどと頷けた。

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アリス・ルナヴァン
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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アリス・ルナヴァン、マチュー・ガニオ
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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アリス・ルナヴァン
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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アリス・ルナヴァン、マチュー・ガニオ
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

最終日を踊ったミリアム・ウルド=ブラームは心から恋人を愛し、踊りが大好きという村娘らしい自然な天真爛漫さがたくまずして表現されていた。そして、バチルドが恋人の婚約者だとわかった瞬間の瞳の翳り、数呼吸置いて笑い出した時には見ていて背筋に冷たいものが走った。このバレエの台本を書いた作家テオフィル・ゴーチエの、ハインリッヒ・ハイネ(原案となった物語の作者)への手紙を読んだ人は、彼の描いたヒロインが舞台に顕現したかのような錯覚を覚えただろう。相手役のジェルマン・ルーヴェは貴公子らしい風貌で役柄に合っていただけでなく、真剣なジゼルに対して軽い遊び心で接していたものの、恋人の死によって自分の想いが深いものだったことに気付いて、深く悔悟するアルブレヒトの人物像をこまやかに描き出していた。
日程の都合で見逃してしまったが、セ・ウン・パクについては「ダンス・ヨーロッパ誌」のバレエ評論家フランソワ・ファルグが「演技を内面化したアプローチで他のダンサーと一線を画していて、今回のシリーズで最高のジゼルだった」と絶賛していたことも付け加えておきたい。

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ドロテ・ジルベール
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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ヴァンランティーヌ・コラサンテ
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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オニール 八菜
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

三組の個性の異なる組み合わせは、いずれも見応えがあった。第1幕のジゼルの女友達たちや葡萄を収穫する村の男女たち、第2幕で霧の立ち込めた森を飛び回るウィリーたちを踊ったコール・ド・バレエもよく揃っていて、高水準の舞台を構成した。マリーヌ・ガニオ、ジャック・ガストット、イネス・マッキントッシュとアントワーヌ・キルシャー、ブルーエン・バッティストーニ、アクセル・マリアーノという三組によるペザントのパ・ド・ドゥにも暖かい拍手が送られていた。ブルーエン・バッティストーニは7月13日にアリス・ルナヴァンが負傷した後、初役ながら急きょ代役としてジゼルを踊って幕を途中で下さずに公演を無事終了させた。
ミルタ役の二人ではヴァランティーヌ・コラサントは女性の残酷さを表し、オニール 八菜は妖精ウィリーの女王らしい気品を感じさせた。
いずれにせよコール・ド・バレエもよく整っていて、ソリストたちの個性は異なりながら完成度の高い演技によって緊迫感が舞台にあふれていた。
アメリカ人の若手ベンジャミン・シュヴァルツはエネルギッシュであるとともに、叙情的な曲想もていねいに引き出してパリ・オペラ管弦楽団の団員たちからも拍手を送られた。アリス・ルナヴァンが怪我をした際にも動じることなく指揮を続け、当惑していた舞台上のダンサーたちをきちんとまとめたのには頭が下がった。
(2022年6月27日、7月13、16日 ガルニエ宮)

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© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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ドロテ・ジルベール
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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アリス・ルナヴァン
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オニール 八菜
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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マリーヌ・ガニオ、ジャック・ガストット
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ヴァランティーヌ・コラサンテ
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ドロテ・ジルベール、ユゴー・マルシャン
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ドロテ・ジルベール、ユゴー・マルシャン
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オニール 八菜
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© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

『ジゼル』
リヴレット テオフィル・ゴーチエ、ジュール・アンリ=ヴェルノワ・ド・サンジョルジュ
音楽 アドルフ・アダン
振付 ジャン・コラリ、ジュール・ペロー
アダプテーション パトリス・バール、ウージェーヌ・ポリヤコフ
装置・衣装 アレクサンドル・ブノワ
ベンジャミン・シュヴァルツ指揮パリ・オペラ座管弦楽団

配役(6月27日、7月13日、7月16日)
ジゼル:ドロテ・ジルベール/アリス・ルナヴァン(負傷)→ブルーエン・バッティストーニ/ミリアム=ウルド・ブラーム
アルブレヒト:ユゴー・マルシャン/マチュー・ガニオ/ジェルマン・ルーヴェ
ミルタ:オニール 八菜/オニール 八菜/ヴァランティーヌ・コラサンテ
ヒラリオン:ファビアン・レヴィヨン/アレクサンドル・ガス/フロラン・メラック
ヴィルフリート:アドリアン・ボデ/アドリアン・ボデ/マクシム・トマ
ベルト:アネモーヌ・アルノー/ベアトリス・アルノー/ローレーヌ・レヴィ
クルランド公:ヤン・シャイユー/グレゴリー・ドミニアック/ヤン・シャイユー
バチルド:オーレリア・ベレ/オーレリア・ベレ/マリオン・ゴーチエ・ド・シャルナセ
ペザントのパド・ドゥ:マリーヌ・ガニオ、ジャック・ガストット/イレーヌ・マッキントッシュ、アントワーヌ・キルシャー/ブルーエン・バッティストーニ、アクセル・マリアノ
二人のウィリー:マリーヌ・ガニオ、イネス・マッキントッシュ/オーレリア・ベレ、シャルリーヌ・ギーゼンダンナー/アリス・カトネ、ナイス・デュボスク

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