速報!アリス・ルナヴァンがアデュー公演『ジゼル』第2幕で負傷、アデュー公演は次シーズンに延期された

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

エトワールのアリス・ルナヴァン(1980年7月19日パリ郊外サン・クルー生)は、42歳の誕生日目前の7月13日夜『ジゼル』でアデューする予定だった。貴賓席(オーケストラ席後方の高くなったバルコンの一列目)にはブリジット・ルフェーヴル元舞踊監督、アリス・ルナヴァンが2013年12月20日にエトワールに任命された時に踊った『ル・パルク』を振付けたアンジュラン・プレルジョカージュ、オーレリー・デュポンといった人々が座っていた。会場にはエレオノーラ・アバニャート、ジョゼ・マルティネス、バンジャマン・ペッシュといった元エトワールたちやドロテ・ジルベール、ユゴー・マルシャンら現役エトワールの姿も見られた。

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「ジゼル」アリス・ルナヴァン(過去の公演より)
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

アデュー公演らしい華やぎと緊張感のある雰囲気の中で舞台は予定通りに始まった。アルブレヒト役のマチュー・ガニオが舞台左手にあるジゼルの家の扉を叩いて身を隠し、すぐにアリス・ルナヴァンが姿を現すと、会場から大きな拍手が沸き起こった。
出産、コロナ禍などが重なって、ここ四年間ほど舞台から遠ざかっていたアリスだが、『ジゼル』はオーレリー・デュポンからの指導も受けて万全の準備を整えた。6月28日を皮切りに7月4、8、11日と4回踊ってきただけに、相手役のマチュー・ガニオとも息がよく合い、村娘の真率な純情が細かな仕草や身振り、視線によく表されていた。ジゼルの女友だちたちや葡萄を収穫する村の男女たちに扮したコール・ド・バレエもよく揃っていた。イネス・マッキントッシュとアントワーヌ・キルシャーによるペザントのパ・ド・ドゥにも暖かい拍手が送られ、狂乱の場もアリスとマチューの迫真の演技によって極めて練度の高い舞台が生まれた。

休憩後の第2幕もオニール八菜の女王らしい毅然としたミルタに率いられたウィリーたちによって、ヒラリオン(アレクサンドル・ガス)が死へと導かれた。しばらくして、冥界に降りたばかりのジゼル(=アリス・ルナヴァン)が現れて、細かなグリッサードで移動し始めたところで、動きが止まった。アリス・ルナヴァンは演技を続けようと試みたが、体がついていかずそのままマチュー・ガニオを残して左袖に消えた。幕が降りるかもしれない、と思ったがアメリカ人の若手ベンジャミン・シュヴァルツは指揮を続け、舞台上のダンサーたちも踊りを中断しなかった。
それ以降の場面は公式の代役として準備をしていたスジェのブルーエン・バッティストーニが、急遽舞台に立ち、墓の前から地下に消えるまで破綻なくジゼルを演じて客席から喝采された。

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© 石山晃一郎

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© 石山晃一郎

カーテンコールは何事もなかったかのように行われた。何度かダンサーたちが呼び返された後、左手からアレクサンダー・ネーフ総監督とオーレリー・デュポンに左右から支えられて涙に暮れたアリス・ルナヴァンが登場すると、大きな拍手と歓声が客席から沸き起こった。相手役のマチュー・ガニオと抱擁してから、ガニオに抱きかかえられて舞台中央にアリスが進んだ。次いでネーフ総監督が観客に向かって「今までのキャリアで舞台上では一度も怪我をしなかったアリスが、今晩(はじめて)怪我をしてしまいました。アデューを来シーズンにやり直すことを私たち(ネーフとデュポン)が提案し、彼女が了承しました。」と述べると客席と舞台上の出演ダンサーたちから拍手と歓呼の声が起こった。次いでアリスがマイクを握り、
「うまく行きませんでした。準備をきちんとしていたのですが。
本当に大好きな役でアデューとなるはずだったのに。(踊っている最中に)何が起こったのか、全くわかりませんでした。ごめんなさい。」と語り、代役のブルーエンを讃え、「もう一度、飛行機の切符を買って、ホテルに泊って、(アデューの)お祭りに来てください。」
とユーモアを込めて観客に呼びかけ、床に手をつけるほど深くお辞儀をした。
https://fb.watch/ejKe4EQqNL/

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© 石山晃一郎

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© 石山晃一郎

アデューが公演中のダンサー本人の怪我で延期されるというのは前代未聞の事態だろう。アリス・ルナヴァンは1997年にオペラ座入団してから、コンテンポラリー・ダンスで評価を得て33歳でエトワールに昇進した遅咲きの花だった。そして昇進後に、再度クラシックの作品に立ち返り、精力的に取り組んできた。当夜は彼女のバレエへの限りない思いが、長年夢見てきたヒロインのジゼルと一体となって舞台と客席を包み込み、誰にとっても忘れ難いものとなった。
(2022年7月13日 ガルニエ宮)

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「ジゼル」アリス・ルナヴァン(過去の公演より)
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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「ジゼル」アリス・ルナヴァン(過去の公演より)
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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「ジゼル」アリス・ルナヴァン(過去の公演より)
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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「ジゼル」アリス・ルナヴァン(過去の公演より)
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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